3% バルガー山脈(2)

跡地を抜けた先の通路に、何かが転がっていた。



『あれは......蛹?』



一言で表すなら、それが一番近いだろう。

それは黒と白で構成された物体で、どんぐりのような形状だ。

ずんぐりむっくりだが、銀杏のようにシャープな輪郭は俺の興味を引くには十分だった。



『......生きてるのか?』



ツンツン。脚先で軽くそれを、恐る恐るつついてみた。すると、ブリンブリンとそれは体を振った。



『うえぇ...蛹がケツ振ってるよ』



ツンツンツンツン!ふりふりふりふり!!

少し面白くなってきた。蛹をつついて遊んでいると、突如としてそれが鳴る。



ピロッ!


【イマチュニア 脅威度A】



今回はまともな発音だったな。どうやらこのSEは音源が何種類か用意されているらしい。

いや、そんなことはどうでもいい。なんで、こんな......こいつは脅威度が高いんだ?ただの蛹だろ??

......パキ!!



『お!?』



パキ...パキパキ...パキ!!

進化するのか?そう思った次には、ムクッ!それは殻を突き破って外へと出た。

そして、捩るように体を振って中から這い出ると、全身を現した。



『あ......ヤバいか?』



ぴろぉ!


【バルガーヴェスパニア 脅威度B】



再びそれが鳴る。そして、表示された名前が変わった。

白い蜂?いや、まだ乾いてないから白いだけだろう。

目の前で姿を現した蜂のような魔物。前に蜂みたいな魔物がいたって話をしたな?覚えていない?



『あの蛹がアイツの進化前なのか......』



実はちょくちょく遠目で見ていたが、実際に相手にしたことはない。

なぜなら、コイツらは基本的に何匹かの群れで行動していたからだ。つまり今の状況、コレは絶好のチャンスなのでは??

なぜコイツがここで孤立していたのかは疑問だが、空飛ぶ器が簡単に手に入るのでは??

段々と、目の前の魔物の体色が変化していく。早い!!

その魔物はついに羽を広げると、完全に乾くのを待っていた。

ブゥゥゥゥゥゥ...!!

想像よりそれは早く、既に奴は羽を小刻みに動かして飛ぶ準備を始めている。

やるなら、今しかない...!!



『えい!やっちゃえ!!おら毒を喰らえ!!ガブゥッ!!』



一番柔らかそうな腹部に一発お見舞いする!

因みにムカデに入って≪鋭い毒牙≫にスキルも強化済み!

追加のダメージとやらがどんなものかは不明だが、攻撃面でもあの時よりは断然上だ!!



≪...−9...≫



当然のように通常ダメージは0、そう思ったが案外ダメージが通った!?

ブゥゥゥゥゥゥ...!!それでも奴は怯むことなく羽を動かし続けた。

恐らくダメージが入ったのは偶然じゃない。奴の鎧のような体が、まだ完全に固まってないからだろう。

俺の噛んだ部分、その周囲が静かに溶け始める。



≪...−2...≫



毒のダメージは微々たるレベル!

しばらくすればそれも耐性が出来て対策されるだろう。これで倒すのは現実的じゃない。

ブゥゥゥゥゥゥ...!!

完全に体が固まった奴は、一段強く羽を動かして飛び立とうとしていた。俺に噛まれた一点が、痛々しく痕を見せていた。



『もう一度攻撃できるか...!?』



完全に動き出す前にその“弱点”に攻撃しようと考える。その時だった。



ぴろッ!!


【バルガーヴェスパニア 脅威度C】



ブゥゥゥゥゥ...!!

背後から、二つ目の羽音が聞こえた。

俺の全方位を囲む白黒の荒い視界の端には、大きく動く黒い塊が迫っていた。



『コイツの仲間...!?』



勝ち誇った気でいた。だが、イマチュニアの妙に強い脅威度設定をもっと考察するべきだった。

前方のヴェスパニア、後門のヴェスパニア。

完全に乾き切った奴は噛まれた恨みと言わんばかりに、俺にゆっくり視点を移す。

ブゥゥゥゥゥ...!!

ブゥゥゥゥゥ...!!

ブゥゥゥ...!!

ブゥゥゥゥゥゥゥ......!!

ブゥゥゥ...!!

ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン...!!

気づけば、周囲には六匹のバルガーヴェスパニアが集まってきていた。

全方位の視界に、合計七つの塊が蠢いている。きもい。



『......やっべ、囲まれちゃったよ』



コイツらが集まってきた理由はわからない。

元々コイツらが運んでいた蛹なのか、そういう生態なのか、攻撃された時にフェロモンか何かで呼んだのか。

まぁ、そんなことはどうでもいい。

現状絶望的な状況なのは変わらない。

弱点持ちの一体と、元気な六体の蜂の成虫に囲まれる、可哀想な一匹の雑魚蜘蛛。

いいだろう。その喧嘩...買ってやる!!

奴らの情報は遠目で見て既に集まっていた。

勝算?戦略?知らないね!今あるカードで攻略するだけよ。



ビィィィィィ...!!!



その一体が穴の針を剥き出しに、俺の胴体を貫こうと企んだ。

狙いは俺の弱点、つまり柔らかい腹部!!

ピョン!!バックステップで緊急回避!!

その針は俺を外すと、地面に深く突き刺さった。

目の前で針を抜こうともがく一体に攻撃を仕掛けたい!しかし!!

ビィィィィィ!!

ビゥィィィィィィ!!

迫り来る追撃がそれを許さない。

仲間のミスをカバーするように次々と迫る針!針!針!



『他勢に無勢すぎるだろ!!』



大声で文句をいう。しかし俺は無視された。

その間にも針を出し、突進するように迫る尻。全然嬉しくない尻!!

それらをギリギリまで引きつけて回避する!回避する!回避する!!

奴らの針が地面に突き刺り、僅かな隙が生まれた!本当に、僅かな隙だ。



『くっそ!上手く絡まねぇ』



その隙に糸を使い絡ませようとするが、奴らのツヤツヤした体表がそれを許さない。

ブゥゥゥゥゥゥ!!体を乾かしていた奴がついに俺に牙を剥く!!



『毒針をやめた!?』



そいつは同胞の失敗から学んでいた。

俺に毒針を向けることなく、黒く艶のある大顎を大きく広げ、俺を真っ直ぐに狙っていた。



『速っ...!!』



俺は咄嗟に空を蹴って上に逃げる。

ギリギリのところで鳴った、カチッ!という顎の音。なんとか真っ二つは避けられたらしい。

俺はお返しとばかりに粘着化した変質糸を奴の体にそれをくっつけようとした。

ガチガチガチガチ!!

しかし、その音がどこかで鳴ると、奴は死角から仕掛けた俺の攻撃を、ひらりと避けた。



『連携か......!!』



そう、そのガチガチという音は、仲間からの危険信号だった。

俺にとって、それは厄介な能力だった。



『それ系のスキルを持ってやがるな?』



集中的に一匹を狙っても無駄だ。

いくら死角から攻撃や糸の拘束を仕掛けても、仲間の合図によってそれが回避されてしまう状態にあった。



『はははは!初心者ゲーマーより連携が取れてるよ......』



針を抜いて飛び立つ魔物の群れ。

ブゥゥゥゥゥ...!!

ブゥゥゥゥゥ...!!

ブゥゥゥゥゥゥ...!!

ブィィィィィィ...!!

俺が攻撃を仕掛けた後、奴らは既に俺への追撃を開始していた。スピードも奴らが上手、ましては数で負けている状況だ。

MPは満タンだった21Pから、既に15Pまで減っている。

1Pの回復には約5分が必要...!!

俺に残されたMPは、多く見積もっても16Pだろう。流石にこの状況を5分以上はキツイ!!

ブス...!!ブスブス!!ブシュ...!!



≪...-5...≫



確実な手応えだった。そう感じた蜂たちの視線の先には、何もいない...!?

いや、何かがある!!針の先には、間違いなく何かが刺さっていた。

これは......脚ィィ!?



『おら喰らえ!!ガブッ!!』



俺は奴ら一匹の背中へ張り付いていた!!

俺は毒の唾液をプレゼントしようと、勢いよく腹部に齧り付く!!

この部位にダメージが通ることは確認済み......だが、おかしい!?ダメージ表記が出ない?いや、違う!!



『硬ッ!!嘘だろ?歯先が...!?』



敵の殻は俺の歯の硬さを優に越えていた。

俺の歯は文字通り歯こぼれし、先端は使い古したデザインナイフの刃先ように、見事に欠けていた。

もう、刺さらない。



『くそ!折角ムカデのスキル使って隙を作ったのによ!!』



ピロッ!


【多足】...脚部の痛覚を無効化する。また、HPを消費して自己再生を行う。



ハズレだと思っていたバルガーペンドピードのスキルだ。

脚を全部もぎ取り、瞬時に体力削って再生、コレで仮の虚像を作って油断を誘った。

脚は意外にも一瞬で生えたが、体力の三分の一が削られて割とマズイ。やっぱハズレじゃん!!



『じゃぁコイツだ!粘着糸!!』



ゲームの戦闘において大事なことがある。

例え一度目の攻撃が弾かれたとしても、その次の敵の攻撃を素直に受ける必要はないということだ。



『リカバリー力の見せ所!!≪粘着糸≫!!』



≪粘着糸≫が羽の付け根に引っ付いた!

動けない!動けない!?いや、動かない!!

羽の動作を封じられた蜂は地面で脚を、顎を動かして抵抗する。しかし、肝心の羽を拘束する糸を切ることは叶わない!!

ガチガチガチガチ!!

苦しむ仲間を救うべく、別の仲間が動こうとするも、う、動けない......!?



『ははっ!!攻撃に二の線、三の線は用意するもんだろ?妨害は基本だぜ?』



合計六体の魔物の針と腹部は、俺の粘着糸に絡まっていた。その内の一体は、更に羽の粘着糸に苦しんでいる。

連携して回避するなら、全員が狙うタイミングを逆に狙えばいいだけだ。



『さぁ、次のこの問題をどうしようか?』



そう、忘れてはいない。魔物の群れは全部で七体。

空中では、仲間の攻撃を見守っていた蛹あがりの奴が、警戒した様子で伺っていた。



あれはただの獲物じゃない......



その魔物は成虫として産まれたばかりだった。

経験浅いその魔物も、本能的にそう悟った。それほどの光景だったからだ。

圧倒的な数の仲間が行動不能になり、自分がいなければ、彼らは既に敗北したといっても良かった。

自分たちが狩られる可能性のある獲物。それは、彼らにとってあり得ないことだった。

明確な体格の差、種族の力差、数の差、それは明らかに歴然とした差だった筈だ!!

だが、現状あの獲物はそこにいて、今は自分と目があっている。

溶けた体の一部が疼く。

そうだ、あれは挑んできた。あれは、逃げるだけの弱者ではない、あれは狩るもの、即ち強者!!

ブゥゥゥゥゥゥッ!!勢いよく迫る!!

その魔物にそれ以上の武器は無かった。



仲間を守る...獲物を狩る...!!



羽音が鳴り響く空洞の中、一匹のバルガーヴェスパニアは顎を広げ、急下降で狙いを定めた。

問題ない。ダメージを与える手段を敵は持っていない!!本能がそう判断した。

獲物は動かない。いや、何か動いているが、何か理解出来ない。

関係ない!!顎を思いっきり閉める!!

ブチンッ!!そんな音が鳴る筈だった。

ガチンッ!!その音すらも鳴らなかった。

何の音も、鳴らなかった。

獲物がいない?

視界にいない?

顎が......動かない!?開かない!!何か、何かが挟まって......!!

その状況にパニックになった、その僅かな後だった。



≪...-9...≫

≪...-2...≫

≪...-9...≫

≪...-2...≫

≪...-9...≫

≪...-2...≫



腹部に激しい違和感が走った。

痛みを感じることはないが、徐々に感覚が無くなっていく。



≪...-9...≫

≪...-2...≫

≪...-9...≫

≪...-2...≫

≪...-9...≫

≪...-2...≫



動けなかった。

羽が動かない。

脚が動かない。

体が、体が動かない。

動かない。

動けない。

徐々に視界が歪んでいった。

掠れていく。

何が起きたのかも分からない。

腹部に攻撃されているのだろう。しかし、それで良かった。



ブスッ!ブスブスブスブスッッ!!



歪み掠れた視界には、既に敵の罠から次々と抜け出した仲間の姿が見えていた。

次の瞬間、フロートスタルタスには五つの風穴が空いた。

こうして二つの視界が完全に消えた。



『お互いにHPは...0だ』



針が刺さったまま、構うことなく体を曲げると、押し合うように

ムシャムシャと、奴らは勝ち誇った様子で俺の旧友を食い終わろうとしていた。

仲間の死を悲しむ素振りもなく。

さて、俺はお互いのHPが0といった。それがどういうことか。



『お前たちには分からないだろうなぁっ!?はい!ブッスゥゥゥゥゥッッ!!』



≪...-113...≫



ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!

はははは!!そう、コレだ!これを待っていた!!正直な話、限界だったんだよ!その器はなぁ!?見たまえ!このダメージ数を!!



『この!!圧倒的な火力の針を!!』



俺は羽を手に入れた。その圧倒的な機動力に感動していた。視界は蜘蛛の時よりも最悪だが、それ以上に自由だった。

数と連携に苦しんだが、一体だけなら何の問題もない!粘着糸を、顎なり針なり体なりにMPがあるだけ絡ませて、あとは弱点を攻めるだけ。



『アイツの仲間が復活しないうちに仕留められるかヒヤヒヤしたけどな!はははははは!』



かつての同胞に刺された衝撃はデカかったらしく、敵は状況を理解出来ていなかった。

俺を新たな敵と判断するも、もう遅い。

連携は一回の裏切りによって崩されてしまった。

攻撃するかしないかの判断に迷い、また他の仲間も疑って滅茶苦茶な状態混乱パーティーに陥っていた。

このパーティ、実はリーダーがいないのだ。



『初心者より少し上程度の統率で勝てると思ってんのか?舐めんなよ?俺は攻略版の管理人だぞ!?最強を束ねていた俺に、が敵う訳なかろう!!』



ブスッッ!!


≪...-88...≫


ブスブスッ!!


≪...-85...≫

≪...-88...≫


ブスブスブスゥゥ!!


≪...-87...≫

≪...-85...≫

≪...-88...≫



続く連撃!それによってようやく全員が俺を敵と認識するも、もがくばかりで動くことが出来ない...!?



『抜けないだろ!?動かないだろ??針も顎も!!』



ただフロートスタルタスは朽ち果て、奴らの餌になったわけじゃ無い!!

MPは全て使っている。つまり、使ということだ!!

俺は、自分の体にもそれを括りつけていた。あの時、すでにフロートスタルタスは動けない状態だったのだよ。



『おーと!それだけじゃないよ蜂さん!!今ならなんと!”粘硬変化“の糸付き!!発射した時はベタベタで、時間が経つと接着剤の様に固まる糸だ!多分だけどな?』



その効果は想像だった。粘硬変化の糸。

なんだかんだで実際に試したことが一度も無かったからだ。しかし、同時に確信もしていた、あの渓谷で先輩スタルタスに糸をくっつけられた時の経験からだ。

奴はダンゴムシだった俺を引っ付けた。それは間違いなく粘着質の糸だった。しかし、その後に硬質化した。

その証拠に、俺はあの糸を噛み切ろうとした時、顎にくっつくことはなかった。むしろ、キリキリと音を立てるほどの強度を誇っていた。そういうことだと察した。



『ゲーマーの、更に攻略に暇を捧げる奴なら誰だってそう察するだろう?』



ブスッ...!!


≪...-88...≫



それが、最後のダメージ表記だった。既に五体が力尽きていた。

こいつらのHPは大体200P前後。最高でも今のこの体なら、四回で仕留められる程度の相手だった。

ましては拘束して動けない相手だ。脅威も何も考えることもなく、ただただ俺は丁寧な攻撃を与えた。

やがて羽音が1つになった。



【パンパカパーン!!】


『おっ!今度は何の進捗だ?』


【.........】



また、ただのファンファーレかよ!!

何なんだろうな?まぁ、悪い気はしない。見えないトロフィーのSEとでもしとくか!



『≪銅トロフィー 糸の申し子≫......的な?』



そんな表記はない。単なる妄想だ。

今ではその器は、糸から羽へと変貌していた。

俺は改めて四枚の羽を大きく広げると、それを試すようにその周辺を力強く飛び立った。

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