4% コボルトキングダムへようこそ!(1)
【パンパカパーン!!】
八回目のファンファーレがなった。
【言語の進捗率が80%になりましたよぉ〜】
この通りだ。俺はこの世界の言語をなんと八割も覚えることに成功した!!
とりあえず何があったのか説明する前に、今の状況を軽く整理しておこうと思う。
『じゃじゃーん!なんと俺は、コボルトキングダムにVIPで招待された!』
実際はそういうわけじゃないけどな?
グロウディアスの死骸は危険性がないか調査したいとのことでお預け状態。後から俺が入るために解剖とかはしないでくれるようだ。
この国の長老にグロウディアスのことを聞いたところ、どうやらバルガーディアスの段階で既に成体で、死骸を養分に成長する生態だそうだ。
それ以上詳しいことは長老でも分からないとのことで、後は入ってからのお楽しみ!
その後の処置は彼らに任せ、俺はこの周辺の情報収集を行おう!......としたが、交流しようにも言語がわからずに困っていた。
「本当にもう大丈夫なのですか?」
丸メガネをつけたお姉さんコボルトが俺にそういった。
大人のコボルトでも人の腰あたりしか身長がなく、ちょこんと椅子に座る姿は凛々しくもマスコットのように見えてしまう。
しかし全体的に肉付きがよく、とっても美味しそ......健康的な種族だと思う!
おっとりした口調から伸びる尖った犬歯が、俺のフェチをくすぐった。なんだこの種族。
このお姉さんは俺の教育係だった。みっちりと数時間、こうして一緒に濃密なお勉強をした仲だ。他意はない。
『おかげさまで、こうしてある程度の言語が分かるようになったってわけだな』
一言でこの世界の言語を語るなら、いくつかの単語と、簡単な語尾の組み合わせで成り立っている。
アで終わる言葉は強調。
ルは協調。
マは全体。
トは呼応。
タは冗長。
ノは否定。
ムは絶望。
そんな感じのニュアンスだ。
例えば、レーツゥという単語が見つけるという意味を持っているが、これが『レーツゥァ!』だと『発見した!』逆に、『レーツゥノ』なら『見失った』って意味に変わる。
まぁ、毎回そんなややこしい処理をするわけもなく、ちゃんと脳内翻訳が働いている。
ただ、この翻訳は完璧じゃない。
「本当にもうディトゥールアなのですか?」
みたいに、まだ覚えていない残りの二割が出てくると、誤訳した感じになっちゃうんだよな。因みに、発音が独特で合ってるか不安だが、ディトゥールアは大丈夫、安全、みたいな意味らしい。
当然、語尾を変えることで意味も反転する。なかなかに面白いルールだ。
「大丈夫」
俺の前脚からくにゃくにゃした青白い文字が浮かぶ。これは俺が編み出した文字の表示方法だ。魔法ではない。
こいつの正体は......≪浮遊糸≫!!
これで文字を描いて魔力を込めると、ネオンサインのようにボヤっと青白く光る。その性質を利用して無理やり文字を書いているってわけだ。
「失礼しました。では、長老にその旨をお伝えしますので......」
「ありがとう」
助かる。どうやら取り次をしてくれるらしい。
実際は先に話をしようとしたがこのザマ!だからまずは言語の習得をしたってわけだ。
その際に長老と軽く挨拶したが、まぁ、イメージ通りの長老だったな。髭もじゃの爺さんだ。優しい、聡明な目をしていたな。
『コボルトの服装について少し語らせてくれ!』
基本的には麻のような植物を織って出来た服だが、全体的に緩やかな服装が多い。
一枚の布を何層にも巻いて着こなすスタイルが普段着に多く、男も女も構わずスカートのようにひらひらしている。
この役場のような施設に向かう時も、男女構わずいろいろと見えそうで、結構ハラハラしていたのは内緒。
当然、正装のような服装もある。
国の外に出る時や、兵士、あとはこのコボルトの姉ちゃん、ウリマが来ているような装飾が施された制服?民族衣装?のような服のことだ。
なかなかに可憐かつ繊細で、彼らの技術力の高さが伺える。
「では、少しお待ちくださいね」
ウリマがお淑やかに席を立つと、穏やかな足取りで奥の部屋に消えていった。
この種族で背の高い人はいない。基本的この種族のおじさんも童顔で髭は生えてるけど不恰好だ。
強いていうならコボルト族の戦士隊長、グルードとダリルは屈強な顔つきをしていた。あれは猛者の顔だ。
因みに、ウリマは51歳らしい。
少し恥ずかしそうに答えてくれたが、これは人でいう二十代前半と変わらない。
コボルトの中では、比較的若い部類になる。
気になるレルは20歳とのこと。
『いや、成人男性じゃん!!』
なんて聞いた時思わずツッコミを入れた思い出がある。顎が鳴るだけでよかった。
この種族の平均寿命は120歳ほどで、寿命が長い分成熟も遅く、50歳でようやく成人になるらしい。その影響か肉体のピークも長く、戦士はそのほとんどが70歳越えなのだとさ。
長老は当然一番の長寿で196歳!人でいう、95歳みたいなレベルらしい。確かに長老だな。
この長老の年齢は彼らからすると偉業で、最大200年の寿命を全うする前に、そのほとんどが病か魔物によってあっさりと亡くなってしまうからだ。
実際にレルの両親は既に母親を病で、父親を魔物に襲われて失っている。それは珍しいことでもなく、子供も大人も似たような状況にあるという。
理由は不明だが、王を失ったこの国は境界線を捨て、今では大人も子供も分け隔てなく家族のような暮らしをしているみたいだ。つまり平和。
『まぁ、普通に一つの市と同じくらいの人口なんだけどな?』
この世界の国の規模感が不明だが、確かに一つの種族として見た場合は国レベルの規模感かもしれないな。
『ああ!あと、これも重要だろ?魔法!!』
ちょくちょく登場していた要素、魔法!!
残念だが今のところ俺が使えるものは存在せず、コボルトはあまり魔法に頼らない戦い方を好むようで発展はしていないようだ。
ただ!!属性なる要素を言語と一緒に教えてもらった!!
『魔法っていったらこれだよな?これ!』
属性は全部で六種類。火、水、土、風、闇、光の六つだ!!
この魔法にはランク?階級?みたいなのがあるらしいが、詳しくはコボルト達も知らないらしい。一応、グロウディアスが放った例の光線が、≪三芒級≫ってクラスの魔法とのことだ。
『3芒級??』
この三芒級は、完成した魔法陣に点々と現れていた三角形の数で判断できるらしい。
一瞬六芒星を頭に浮かべたが、それとはまた違う模様と配置になっている。
『よぐわがんね』
最初はそれでいいと思う。
ゲームなんてそんなもんだろ?
遊んでいけば勝手に身につく、それがゲームってもんだ。くどい説明よりまず操作!!チュートリアル!ボス戦!!
『また魔法陣を見る機会があったら、その時に詳しく見てみるか!』
そういうことだ。因みに属性を判断するのは簡単で、最終的な魔法陣の外側、通称!外縁の形と色の濃さで見分けることが可能とのことだ。
直近の光属性なら、あのトキトキしたイメージの模様が六角形のベースの周りに展開される。
水属性なら雫っぽいのイメージで、火も風も土も闇も同様にそれっぽい見た目をしているらしい。
魔法陣の色の濃さは魔力量の表れで、濃いほどエゲツナイ量が練り込まれている。
当然、練り込んだ方がダメージはヤバイ。
『まぁ、それだけ分かっても魔法は使えないんだけどなぁ?』
俺が魔法を使えないのには明確な理由があった。
魔法陣の構築のコツというか、適正がないからで、そもそもこのヴェスパニアの肉体は魔法を使えるように出来ていなかったのだ。
これが一番大きい理由だ。
どれだけ頭で理解しても天才の描く絵を真似できないのと同じように、この肉体はグロウディアスの魔法を模倣できない。
『ゲームの世界だろうが、異世界だろうが、現実でできないことが突然できるなんて甘えてんじゃねぇってことか?はぁぁ??』
確かに、環境が変われば変化もするが、だからと言って突然覚醒するわけでもない。
残酷だけど、俺は、俺なんだ。
モニターの前で攻略記事をまとめる、ただの管理人だ。
しかし絶望すること勿れ!!
諦めるにはまだ早い!!
ある筈だ、必ずある筈なんだ!!魔法の適性を持っている器が!!
どんな器でも引き継げる汎用の適正スキルが!!
ある...ある......ある筈だぁ!!間違いない。
うぉぉぉぉ!!早く使いたいぞ!!魔法!!
俺は!!お前を!!求めている!!
「守護者さま、お待たせいたして申し訳ありませんな」
奥からパタパタと長老が来た。名前はシギル。歳の割には元気な爺さんだ。
語尾で意味合いが変わる言語だから、そんな特徴的な語尾はつかないんだけど、俺のイメージで勝手にキャラ付けさせてくれ。
この爺さんの語尾は〜な!〜じゃ!これで行こう!!
「大丈夫」
「何か聞きたいことがあればどうぞ、申し付けくださいな」
この爺さんに聞きたかったことは、まず第一にレルが床に描いた絵の真相だった。
俺は例の角ばった人の絵をなんとか描く。
「それは...!!200年前、わしが生まれる遥か前、かつてのコボルトキングダムを先祖と共に、黒く轟く大槍から守られた守護者さまのお姿ですな」
「今はいないのか?」
「やはり、あなた様はまた別の守護者さまと......申し訳ないですじゃ、実在していたという記録しか、もう今は残されていないですな」
「他に、何か知っていることはないか?」
ゲームの選択肢を選ぶように、俺は淡々とそう返した。すると、長老シギルは思い出すように頭に手をトントンと叩くと、思いついたようにある話を始めた。
「ほっほ!ありますな!!これは、わしの祖父母から聞いた話ですじゃ。その姿はまるで岩の鎧を纏ったような姿で、いかなる攻撃をも跳ね返す、鉄壁の守りだった。その会話が思い出の一つにありますな」
「その鎧の守護者の名前は分かるか?」
「うぅむ......それが、そのお方は最後まで名乗らなかったそうなのですな。ただ一言、守護のアルマとだけ。申し訳がたちませんな...守護者さま」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「いえいえ!お役に立てたのであれば我々コボルトとしても光栄ですな。はて、守護者さまのお名前などは......」
俺の名前のことか?
分からない。その問題はそのままだった。
もしかしたら、その鎧の守護者も名前が分からなかったのかも知れないな。
「何かいい名はあるだろうか?」
「ほっほ!それはそれは、そうですな......ダーレンとかはどうですかな?コボルトの言葉で、守護者という意味ですじゃ」
「うーん......すまない、他にはないか?」
「そうですな......リーヴェスはどうですかな?羽を意味する言葉ですじゃ」
「そうだな......すまない、いまいち馴染まないな」
まるでゲームのキャラの名前をランダムな候補から決めるような状況になっているが、どれもスッキリしない。
ネタっぽいふざけた名前か、日本人っぽい、それっぽい響きの名前をゲームのネームには求めてしまう。
「うーむ、では!ワスミ!古代語で“共に歩む”を意味するこの言葉はどうですじゃ?レルが好んで使っている言葉ですな」
その言葉の響きを聞いた時、なんとなくだが腑に落ちた。
正確な発音はワァ・スゥ・ムィだったが、まぁ古代語だし、カタコトでも伝わるだろう。
和の響きがあって、それが俺の琴線に触れたのだろう。むしろそれ以外にいい感じの候補なかったし!繰り返されても困るからな!
「それがいい」
「ほっほ!守護者ワスミ、よい響きですな!」
「ああ、悪くない。ありがたく使わせて頂こう」
「光栄ですな!して、他に聞きたいことはないですかな?」
「そうだな、黒く轟く大槍について聞きたい」
「そうですな......ううむ、ワスミさまに今のこの国はどう映りますかな?」
「それは.........」
俺は回答を躊躇った。
街としての規模なら小さくないが、お世辞にも国という規模で大きいとは言えない。
それはこの国の長老シギルも感じていたことらしく、薄い笑みと物寂しい表情で語り出した。
「今では御伽話ですじゃ......200年前、かつてのコボルトの国には、今では考えられないほどの光と知恵に溢れておったそうですな。そして、それを統べる王がいた」
「王?」
気になっていたことだった。
「王、どんな種族でも必ず持っている種の要となる存在のことですな。我らコボルトはその要を、200年前に失ってしまった......」
「失う?失うと......どうなるんだ?」
「その種族は滅ぶ運命にある......そうですじゃ」
「そのことを知っているのは?」
俺がそう尋ねると、長老シギルは弱々しく首を横に振った。
誰も、あるいは、ほとんどそれを知るものはいない証だった。
「その運命こそ、黒く轟く大槍の正体だと、老いぼれは勝手に考えておりますな。それがどんな形で訪れるかは、わしにも......分からないのですな」
「なるほど......」
「そこで!かつての習わしに従って、わしらは近々この地を去ろうと思いますじゃ」
「去る?移動するのか?この規模を?」
「ほっほ!その通り...最悪を防ぐための移動ですな。この土地は、残されたコボルトにはあまりにも......厳しすぎるのですな」
「......ついていこうか?」
俺はそう提案する。長老シギルは迷いなくこう答える。
「感謝いたしますぞ!ですがご心配なく!既にどこに移動するかの目処と準備はこっそり整っておりますのじゃ!今回のグロウディアスの襲撃を理由にして、皆には納得してもらう予定ですな」
「仲間たちは聞き入れてくれるのか?」
「ほっほ!簡単ではないでしょうな。じゃが、それが老いぼれにできる最後の努めでしょうぞ」
「...わかった。必要あればまた呼んでくれ」
俺はその言葉を受け入れた。そういい放った長老シギルの目には、覚悟と諦めの感情が入っていた。
たまたま現れた部外者の力で、現在も生き残ってきた種族。その偶然が重ならなければ、既に滅んでいる可能性が高かった過去。
そして、その過去が、運命が、今まさにもう一度訪れようとしている今、そして未来。
それが、それこそが、長老シギルが抱え続ける憂いなんだろう。
まぁ、シリアスそうな割には元気だけどなこの爺さん。伊達に長生きはしていない。
「他に聞きたいことはありますかな?」
「そうだな......外に繋がる通路とかはないか?」
そろそろいいだろう。流石に一度くらい、外の世界を眺めてみるのも悪くはないと思うぞ?
この場所でやることも、やってないことも多いことは知っているが、寄り道したから進めるようになる道もあるってもんだ!
長老シギルは少し悩んだ後に一枚の紙を机に広げた。
その紙はとても現代のような色でもなく、ちり紙を集めたような色と出来だった。
「今いる場所がここになりますな」
そういって指を置いた場所は今いる役場のような建物の絵だった。どうやらコボルトキングダムの全体地図らしい。ん...?全体地図?
【パンパカパーン!】
「そしてこれが南の門になりますじゃ」
【コボルトキングダムのマッピングが完了しちゃいましたよぉ〜!なんだか味気ないですねぇ】
「この門から外へ出ることができるのですが、あまり勧めることはできませんな」
俺がマップを見たことで、それまで真っ黒に埋まっていたコボルトキングダムの地図が詳細な地形で埋まってしまった。
なぜか残念そうなファンファーレと長老の声が重なり、ディレイがかかったようにぐわんぐわんと聞こえる。
頼むから一人ずつ喋ってくれ!
「その南の門の外に問題でもあるのか?」
「そうですな......外に出て南、そこにはどんな種族も近づこうとしない魔境、人族から崩落国家プラセルと呼ばれる、大きく崩れた廃城がありますのじゃ」
「崩落国家プラセル?廃城?」
最高の響きだった。
誰も近づかないいわく付きの場所。廃城。ネーミングが伝える歴史に伝承。
大きく崩れた城なんて間違いなく何かヤバい奴が居座ってるか、ヤバい装備やアイテムが眠ってるに違いなかったからだ。
しまった...!!バルガー山脈のふもとを歩いて、すべての出入り口を確認しようとしただけなのに、思わぬ収穫を得てしまった!!
これは......行くしかないでしょ!!
「はいですじゃ......もう何千年、あるいは何万年と昔の話。神話に登場する、光の神に滅ぼされた国と言われておりますな」
「神話...?どんな神話だ?」
「面目ないですな...長く時を刻んだ老いぼれといえど、神話についてそれ以外何も知らないのですじゃ。あるいは人族であれば......そのことを研究している者もいるでしょうな」
「そうか......分かった...ありがとう」
俺は話を終わらせようとした。すると、長老はそんな俺に釘を刺すように言った。
「いくら守護者のワスミさまといえど、何の対策も無しに入れば二度と戻ることは叶わないでしょうな。くれぐれもお入りにならぬよう、この老いぼれはお願いしますぞ」
「あ、ああ、覚えておこう」
俺は長老シギルと秘書ウリマに礼と挨拶を終えると、役場を後にした。
久しぶりに外に出るが、やはり街の中は明るかった。
街灯には常に明かりが灯っていた。その正体は魔法で、魔道具という便利なアイテムらしい。
コボルトの街を歩いてみる。
街ゆく人がジロジロと俺を見る。当然か。
既にマップは埋まっているから歩く必要もなかったが、マップを買ったからといって観光しないなんてのは変だろう?
この国は山の中らしく全体が坂道になっており、役場はその一番上にあたる。
国の様子が一望できる。なかなかに幻想的な光景だった。
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