2% 序盤に出てくるヤバい奴(2)


『やっぱり、比較的見えやすいな』



辺りは暗かった。しかしスタルタス種は暗視を常備しており、ある程度の暗闇でも問題なく探索が可能だった。これはスキルとかでさえないらしい。

もしかしたら隠れスキルなのかも?

......と考えたが、それにしてはショボい。せめてなんか、疾風とか、風纏とか、そんなレベルを期待する。

そんなことを考えながら、街中にあるトンネルサイズの通路を進んで行くと、その道を塞ぐ黒い壁が俺の行手を遮った。



『ん?真っ黒な......壁??』



カンッカンッ!

モサモサとたくさん生えてる、毛だらけの脚の先で突いてみる。非常に甲高く軽い音が鳴り渡った。ゲームなら、


『この先に空間がありますよぉ〜』


といわんばかりの乾いた音だ。

だがなんだろう、同時に硬い殻を叩く音にも聞こえる。

重圧感...?いや視線!?ふと、上を向いた。



ピロッ!!


【カース・ハベルタス 脅威度B】



その黒い壁、それは”そいつ“の脚だった。

丸く、黒い胴体には無数の脚が伸びていた。

その脚先は常に床の石を突き刺し、それだけで驚異的な切れ味だと理解できる。

それは、一言で言えばザトウムシ!!

ザンッ...!!

その音の通り、まるで空気を切り裂くような音が鳴る。



『嘘じゃん......!!』



俺の目の前で、地面がパックリと割れていた。

いや、斬られている!!地面、岩だぞ!?アホみたいな切れ味してやがる...!!

次の瞬間、まるでタップダンスを披露するかのように、黒い壁もとい脚たちが動き出す!!

ヒュン!ヒュン!

風を切る音を肌で感じ取る。

ピリピリとした感覚に体が強張った。

それは鋭く、槍のような脚の連撃...!!



『ほあぁぁぁ!!うぉっ!そいっ!!』



それを持ち前のスピードでピョンピョンと、ギリギリでかわす!

俺の体表面と槍脚が擦れる!!擦れる!!

ギリギリダメージはない!

体液も漏れてないな!?ヨシ!!

耳代わりの無数の体毛が、そのたびに切られ、空中でふわふわと舞っていた。

ザンッ!ザンッ!

次々に地面に突き刺さる脚。

直感で分かる...コイツは......ヤベェ!!



『に、逃げたい!!ここから逃げたい!!』



ヒョイヒョイと蜘蛛特有のバックステップで距離を稼ぐ。だが、奴の足は長い!

逃すか!!そういわんばかりに追撃をかます!かます!!かましてくる!!

スピードは奴が上、僅かな遅れが命取りだ。

しかし、どれだけ動きを先読みし、回避に専念しても被弾することはある。

僅かに生まれた俺の隙。それを待っていた奴の一撃が、俺の中心を捉えた!!



ザシュッ!!



奴は手応えのない感触に違和感を持った。

突き刺した脚を持ち上げるが、そこに俺の姿はなかった。

俺は蜘蛛だ。そう、尻の穴から垂れた糸を操れば、空中でも動くことができる!!

さながら、今の俺はスパイダーマッ!!

天井、壁、床、その四方にビュンビュンと糸を貼り付けては、ヒュンヒュンと飛んでくる斬舞を、縦横無尽に交わしていく!!しかし!!



『MPの消費がヤベェ!!』



そう、この糸を生成する能力もスキル。当然のようにMPとやらを消費するし、使用回数には上限があった。

一回使うたびに1MPを要するこの技。

全MPが21Pしかないこの器にとっては、たった一本の糸が重い!!

回復する手段も分からない今、このまま回避し続けるのはジリ貧。

MPが消費されていく喪失感に襲われる。

感覚的に言えば、徐々に怠くなる感じだ。その度に速度や精度が落ちていく。

攻略どころじゃない!!



『いっそ、倒す......?』



さっきのバルカとかいうチートよりはマシだが、マシなだけだ。いいか?圧倒的に持ってるもんがちげぇ!!

PSで補えるか?ハハハ!バカ言うな。

モンスターズシリーズで、初期モンスターで、配合もなしに序盤のヤバい奴に挑むアホがいるか!?

ましては討伐ぞ??ゴリ押し捕獲じゃない!!

確かに、配合したステータス+プレイヤーの知識でFランがSSを凌駕することはあり得る。だが、それは計算された対戦の場合だ。ましてはゲームのな?配合もしてるし!!

Fラン同士の対人戦なら、それこそPSの戦いになるだろう。運もある。しかし!純粋な野生のFランクとBランクのステータスバトルでどうしろと?

序盤の強い、ヤバい奴になんの考えもなく挑む、そしてボコされて諦める。

そんなお約束の展開になってるって!!

マズイって!!好きにロードが出来ないんだって!!この器が壊れたら、俺はまたアルマからなんだぞ!?



『なんだろう、またゲームオーバーの文字が見えるな......?なんでここ、こんなにやばいんだ?この先に行くしか道ないしさぁ!!』



ごり押しは攻略じゃねぇ。

敵の動きやパターンを見切り、その上で完封してこそ攻略!

クレーンゲームでいえば、店員のアシスト使って攻略とかいってる状態。それ、攻略じゃないから!

ペイアウトを超過して、君というプレイヤーを、ゲームセンターの設定が攻略したからサービスしてくれてるんよ!!



『うわぁ〜こんなのも攻略できないんだぁ〜クスクス!ざこざこじゃぁ〜ん!どぉ?これなら取れるよねぇ〜?』



悔しいだろう?ああ、悔しい!!

俺は悔しい!乱獲してやる!!

乱獲して、ペイアウト率をぐちゃぐちゃにして分からせて......失礼。こんなことをやるから、地元のゲームセンターが次々と衰退するんだ。

まぁ、今のこれは側から見れば、一方的なリンチに過ぎない。いや、その認識すらないかもしれない。

人が家の中に虫がいるのを見て、邪魔だな〜と思ってなんとかするレベルの話だろう。

奴は相変わらず、その長い槍のような脚でチクチクと俺を攻撃してくる。

その度にそれをギリギリ見切って避ける。糸を床に使って一回!

奴の足元を潜り抜けて二回!!

そのまま≪浮遊糸≫で上に上がって三回!!

奴の周囲を回るように、糸を使って巧みにかわしていく!

歩く速度は遅いが、ハエトリグモのように、ピョンピョンと跳ねる瞬発力を活かして逃げる!逃げる!

そして、その時が来る。



『......足元がお留守だぞ!!』



一瞬の隙をついて再び足元に、そのバネを活かして飛び込んだ!!

奴は追いかけるように再び脚を伸ばそうと構えるが......動かない!?

そう、奴の脚には俺の吐いた糸が絡まっていた。

俺がなんの考えも無しに逃げ回ると思ったか?ここで使うのはスタルタス種固有のスキル...!!



『【変質糸】...だぁ!!』



コイツの効果の一つに硬質化があった。

MPの消耗が追加で2P増えるが、その分“丈夫な糸”が吐けるようになる。

奴の脚は鋭い。しかし、先端が鋭いだけで、それ以外は大したことはなかった。

針が刺せるのは先端だけ、それ以外は糸で巻こうが、糸が切れることはないのだ!!

ドッ...!!動けなくなった奴が、バランスを崩して足から崩れた。

モゴモゴと動くが、俺の何重にも巻いた硬質糸を千切るだけの力はない!!



『好機...!!』



丸っこい本体に飛び乗ってガブリッ!

脚が堅いのに対し、本体は比較的柔らかい。

奴は毒の耐性を持っていないのか、効果アリだ!!

しかし、こうなれば関係ない。

ひたすらに弱点を、君が力尽きるまで、噛み付くのをやめない!!!!



『ガブッ!ガブッ!』



ゲームのSEならやはり、ブシュッ!ジュシュッ!といった感じだ。

毒の追加ダメージもちゃんとあって、ボボボコみたいな音が聞こえる......ごめん、イメージだ。

実際はジュゥって音。酸で溶かすイメージだ。まぁ、ボボボコの方がそれっぽいから脳内ではそう再生しておく。



≪...0...≫


≪...-24...≫


≪...0...≫


≪...-24...≫



噛みつきのダメージはしっかりと0!

しかし!毒の固定ダメージ?が効いているのか、着実にHPを減らすことに成功していた!!

奴は内側から溶かされる痛み、あるいは感覚から逃れようとのたうちまわる。

僅かに動く脚をなんとか地面に突き刺し、全力で体を起こした!そして、脚を曲げ、球のような本体で、俺を叩きつけて潰そうとした...しかし!!



『いや、想定済みだよ?』



脚が思ったように曲がらない!?

そう、俺の糸は脚先だけでなく、関節までもを侵していたのだ!!緩衝材のような糸は関節の中で挟まり、上手く脚を曲げることができない!!

奴はそのまま勢いを殺され、ついにはその状態で固まってしまう。

ボボボコ......!!



≪...-24...≫



グジュグジュに毒で溶けていく柔らかな奴の体表。俺もそうだが、蜘蛛系は体が大きく、ブニブニで弱点。

これはこの世界でも、リアルの世界でも同じことだった。

既に数十分が経過したと思う。

ドサッ...!!奴は溶けた体表を見せたまま崩れ落ちた。中身がドロドロと溶け出し、とてもじゃないが入っても動くようには見えない。

勝った......俺は勝ったのだ!!格上の魔物に!!



『よ、ようやく力尽きやがったか!!』



流石に推定Bランクの魔物。体力が多くて長引いた。

だが、徐々に力が抜けていき、カースハベルタスは力尽きた。



【パンパカパーン!】



キタ!恐らくレベルアップ!そうだよな?これだけ格上の相手を倒したんだ。



【......】



しかし、それ以上はなかった。



『ただのファンファーレかよ!!ありがとうよ!!』



まぁいい、これでコイツに憑依して、動かなくてもせめて≪スキル≫と≪魔物図鑑≫の進捗を頂いて...!?

倒れた奴の近くにトコトコと歩いて近づいていくその時だった。俺は直感でそれを感じ取る。

視線?殺気?いや、これは...!!

寒気がする音。カサカサという音。

そういえば、俺はコイツの脚に邪魔されてこの場所をよく見ていなかった。

恐る恐る音のなる場所、上の方をみた。



『嘘......だろ!?いや、それは......!!』



上には黒い塊が渦を成して蠢いていた。

ひっきりなしに中央の目を動かして詳細を探る。渦の中央にはブラックホールのように黒い巨大な球があった。よく見ると、その周辺の全ての黒色が静かに動いている。

悍ましいその光景に、立たないはずの鳥肌がゾワゾウと巻き上がる感覚に襲われた。

その無数の黒い塊たちは、その大きな黒い球体を中心に、びっしりと隙間なく張り付いていた。



ピロッ!!ピロロロロロロロロ......ッ!!



ブワァーと、一斉に名前が表示されていく。

俺の視界を全て埋める勢いで、それが展開されていく。

頭が痛い。割れるような情報量だ。


--


【カースハベルタス 脅威度B】


【カースハベルタス 脅威度A】


【カースハベルタス 脅威度B】


【カースハベルタス 脅威度B】


【カースハベルタス 脅威度A】


【カースハベルタス 脅威度A】


【カースハベルタス 脅威度B】


【カースハベルタス 脅威度B】


--


【ドゥームドハベルタス 脅威度A】


【ドゥームドハベルタス 脅威度A】


【ドゥームドハベルタス 脅威度B】


【ドゥームドハベルタス 脅威度B】


【ドゥームドハベルタス 脅威度A】


【ドゥームドハベルタス 脅威度S】


【ドゥームドハベルタス 脅威度A】


【ドゥームドハベルタス 脅威度A】


--


【デスハベルタス 脅威度 S】


【デスハベルタス 脅威度 S】


【デスハベルタス 脅威度 S】


【デスハベルタス 脅威度 S】


【デスハベルタス 脅威度 S】


--


さっき戦った敵、カースハベルタスはこの中では雑魚の部類でしかなかった。

今俺がいるまさにモンスターハウスは、それを遥かに凌駕する量を誇っていた。

更によく見ると、モゴモゴと蠢いて右回りに移動している。本当に気持ちが悪い。

それ以上の大きさの個体、進化個体、上位個体に、俺は、脚が、動かない。

その威圧感に、俺は思考を止めざるを得なかった。

ははは!!久しぶりだな、いつぶりだったか......ゲームに恐怖した瞬間は!!

何がやばいって、びっしりくっついるコイツらの数もそうだ。でも、問題はそれだけじゃない。



『あの黒い、でかい中心の球......最終進化じゃね?』



ピロッ!


【ザトウヌシ 脅威度 不明】



その威圧感からは想像もできないようなライトな名前だった。

確かに見た目はザトウムシだ。



『ザトウヌシって!!いや、逆に強者のネームド感あるな?』



その部屋の全貌は奴らに覆われて見えなかった。

一斉に俺を見つめる視線。

唯一俺を見ていない親玉のザトウヌシ。

奴らの数匹が俺に向かって、カチカチと鋭い脚を伸ばして近づいてきていた。

しかし、未だ攻撃の素振りはなし。



『退路!たーいーろ!!どこかに退路は...!?』



どうやってここから逃げるかを考える。

例え目の前で力尽きているカースハベルタス、この器に乗り換えても、


「オマエモキョウカラカゾクダ!」


みたいにはならないことは容易に想像がつく!!だって食べてる!!その死骸、既に俺の目の前で食べてる!!

俺に近づいていたんじゃない!これを食いに来てただけ!?



『さて......どうしよう』



不安を抱えながらソロソロと動く。

いざという時のために糸を床にくっつけている。例え何かあっても、糸を戻して緊急離脱が出来るようにな。

俺の無数にある目がそれを警戒する。

奴らは意外にも襲ってこない。

恐らく、今はまだ警戒状態。あるいは雑魚は眼中にないのだろう。



『よく考えたら、アイツと戯れてる時も何もしてこなかったしな......』



そう考えていると、少し先に頼りなく光る通路が見えてくる。

あれだ!あそこに入るしかない!!

慌てず、ゆっくりと着実にそこに向かって進んでいく。大丈夫、特に何も異変はない。

左を向くと、黒い柱のような巨大な脚が見える。親玉の脚だった。それが合計で八本。部屋を支える支柱のように刺さっている。

まさか、動かないんじゃなくて動けないのか?

そんな悠長なことを考える。現実逃避だ。

しかし何事もなく、そのまま目的としていた通路に入ることに成功!!

ここは狭く、奴らは入ってこれないだろう。



『あーよかったぁぁ!!ちっこい体で良かったぁ!!』



なるほど、でかけりゃいいってもんでもないことを学んだ。上手いバランスだと思う。

デカイ=強い=自由度マイナス!

チッコイ=弱い=自由度サイコー!

この山脈ではこの考えで行こう。

そう考えるとあのバルカ......奴の器は魅力的といえるな。いや、そういう意味じゃないよ?そういう意味だけどさ。

デカ過ぎず、小さ過ぎない丁度いいサイズ感だ。体目当てと言われても仕方ない。



『まぁ、いずれアイツもコイツも攻略することになる......か』



先を目指そう。

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