第8話
俺はまず、人に優しくあるようにした。
知り合いはもちろん、知らない人にもなるべく優しくした。
電車やバスで席を譲るのは最初難しかったけど頑張った。一回、そんな年寄りやない、と怒られたけど続けた。
授業も真面目に受けるようにした。元々そんなにいくつも単位を落とす方じゃなかったけど、前よりもちゃんと教授の話を聞くようにした。
そしたら面白い授業をする人とつまんない人の差がはっきりと分かってちょっと面白かった。
フットボールのサークルはただの飲みサーだったから辞めた。飲み会はそれなりに楽しかったけど、今はアイコさんと夜ご飯を食べる方が楽しい。
代わりに放課後に児童を預かるボランティアサークルに入った。児童心理の授業が面白かったからちょっと気になってたんだ。
子供からの人気は上々だ。懐かれるって嬉しいもんだな。
「花房くん、人気すごいねー。これ、こころちゃんが渡しといてって。自分じゃ恥ずかしいから渡せないんだって」
そう言って、同じサークルの渡瀬さんはハートの折り紙を渡してくれた。開くと『いつもあそんでくれてありがとう。だいすき』と書かれていた。
「わー嬉しいな。こころちゃん今度木曜日来るよね、お返しの折り紙書かなくちゃな」
俺は水に濡れないようにボディバッグの中に折り紙をしまい、おやつの時間に子供たちがテーブルを拭く用のおしぼりを漂白剤の中から取り出し、絞っていった。
「いろいろ気がつくし、体力あるから子供たちとかけっこもできるし、花房くんが入ってくれてほんとに助かったよ。このサークル、大体教育学部の学生しか入らないのに、何か入るきっかけあったの?」
渡瀬さんは掃除機を物置きにしまいながら聞いた。放課後児童クラブの教室は狭く、水場と物置は同じ場所にあるのだ。
渡瀬さんは教育学部の二回生で、小学校の先生を目指しているらしい。
まさにこのサークルにぴったりの人だ。
部長よりもしっかりしているから大抵の問題は彼女に聞けば解決する。
「うーん、きっかけは授業だけど…… 俺、とにかくいい男になりたくて、いろいろしてみようと思って」
「なにそれ」
振り返ってドヤ顔で言うと、渡瀬さんは一つにまとめた髪を揺らして笑っていた。
渡瀬さんは少しふくよかで、メイクも薄いし髪もいつも一つ結びだ。
はっきり言って前までの俺なら、ないわ、と切り捨てている存在だ。
でも彼女は仕事ができる。俺に子供たちからの人気がすごいといってくれたが、渡瀬さんとは比べ物にならない。
親御さんや顧問からの信頼も厚く、次期部長は彼女だろう。
人当たりがよく、何か問題が起こっても冷静に対処してくれる。
そして、よく見るとかわいい顔で笑う。
あの笑顔で好きになる男もいるんじゃないだろうか。
こんなことに気がつけるようになるなんて自分でもびっくりしている。
多分俺は、今まで女の子を「メス」としてしか見ていなかったんだ。
そんなことをしているつもりはなかったのに、俺はやっと女の子を「女の子」として見ることができるようになったんだ。
これも全部、アイコさんのおかげだな。
「じゃあいい男として、これからも児童クラブをよろしくね」
「あ、それ隣の空き教室だよね。持っていくよ」
渡瀬さんは今月の教室の飾りが入った段ボールを二段重ねて持ち上げようとしていた。
「えーいいよ、このくらい持てるし」
「いいから」
俺は半ば強引に、段ボールを隣の教室まで運んだ。
「ありがと」
渡瀬さんの声からは、ほんのりと好意を感じる。
俺は確実に人から好意を持たれやすくなったと思う。心の中でガッツポーズをした。
確実に以前より人として、男として成長している。この調子でいけばアイコさんに相応しい男になれる日は近いだろうし、もしかしたら俺のアイコさんへの気持ち以上に、俺に惚れてくれるかもしれない!
一刻も早くアイコさんの顔が見たくて、締め作業を大急ぎでこなし、家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます