第10話

「おいしかったね」

 

店を出て、俺たちは近くのスーパーに入った。

明日の食事の買い出しとアイスを買うためだ。


「そうだね」

 

俺はさっきの出来事を引きずって、ぎこちない態度のままだった。

 

 

確かにアイコさんの前では格好良くいたくて頑張っていた。

でもお礼っていう、人として当たり前のことをカッコつけだと言われてしまうことに納得がいかなかった。

 

でも、確かに男友達と外食をするときや、実家で母親の飯を食べるときにお礼なんて言わない。

 

そして昔、高校の学食で毎回オバちゃんに大声でお礼を言うラグビー部が嫌いだった。

 

受け取る時にあざーっす、とはっきりいうんだ。オバちゃんも、あんたたちみたいな気持ちのいい子だとご飯作るの楽しいわと言っていた。

 

しかし俺は知っている、掃き溜めにいた鶴の存在を。

 

調理場に一人だけ飛び抜けて美人な人がいた。若い未亡人らしく、影のある笑顔が素敵な人だった。

あの人がいない日、あいつらの声色は明らかに違っていた。オバちゃん世代の人たちが思うほど、スポーツマンの人格はよくない。

 


俺もさっき、アイコさんへのパフォーマンスをしていたのか。あの鬱陶しかった連中と同じ存在になったのか。




「タロ、これも」

 

アイコさんはおやつをかごに追加していく。最近彼女の間食量が増えた気がする。

 

まだ家にも残ってるし、少し減らした方がいいんじゃない。

 

アイコさんにそう言おうとした瞬間、びたん! という床と柔らかい肉の接触音が店内に響いた。



「うわーんままー‼︎」



目の前で三歳くらいの男の子がこけて泣き出した。

男の子の手には知育菓子とキャラクターのチョコレートがしっかり握られていた。

 


しょうがない子だな、おやつを買ってもらおうと一人でここまで来たんだろうけど、勝手にママから離れるのがいけないんだぞ。

 

そう思い、俺は男の子に近づこうとした瞬間、アイコさんはまるでそこには何もないかのようにカートを押し、素通りしてどこかへ行ってしまった。


 

俺は呆気に取られ、しばらくぽかんとしていたけれど、男の子の泣き声で我に帰り、地べたに寝転んで泣いている男の子を抱き起こした。


「大丈夫か坊主、ママはどこかわかるか?」

 

男の子は泣き止まないので、落ち着くまで一緒にいてやることにした。


 

俺はさっきの光景を頭の中でもう一度再生した。

 

なんというか、本当にびっくりしたんだ。

 

うまく言えないけれど、女の子がそんなことをするはずがないって思っていた。

ショックというか、さっきの光景が現実だってうまく信じることができなかった。


 

俺は男の子の背中をさすりながらぼんやりと思う。


やっぱりアイコさんは「女の子」ではないんだなって。





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