第9話

「ただいまー」

 

放課後児童クラブが終わって家に帰ると十八時半を回っていた。


「おかえり」

 

アイコさんは必ず玄関まで迎えにきてくれ、そこでおかえりのキスをする。


 

あの日から俺たちはキス以上のことは何もしていない。性欲の処理係みたいに思って欲しくなかったから。


「でもタロはソレをして欲しいんじゃないの?」

 

そこは我慢できるし、自分でどうにでもできるから。ずっとアイコさんは家にいるから、難しいっちゃ難しいんだけど。

 

アイコさんはきょとんとした顔で首を傾げたけど、タロが嫌ならしない、と言った。

 


ちょっと勿体無かったかなあ。いや、これが正しいんだ。




「準備できてるよ」

 

アイコさんは紺色のワンピースとシルバーのイヤリングを身につけ、髪の毛をハーフアップに束ねていた。

 

今日は一応、俺たちが一緒に住み始めて三ヶ月が経つ日だ。

だから記念に二人でどこかにご飯を食べに行こうと今朝言っていたのだ。

 

 

彼女が身につけている紺色のワンピースはウエストマークが高めに設定されていて凄くスタイルがよく見える。

足首まで伸びたフレアスカートは上品なのに、後ろのホックが涙開きのデザインになっていて、紺色と素肌の白の対比が美しくて、エロい。



「じゃあ行こっか」

 

俺は頭の中の邪念を振り払い、手を繋いでレストランへと出かけた。


レストランは普段は絶対入らないような、おしゃれなイタリアンに行った。

アイコさんと初めて会った居酒屋のエセイタリアンではなく、本物のイタリアンだった。少量ずつ運ばれてきて、とにかく遅い。けど美味しい。金持ちでモテそうな奴に教えてもらった店だ。



「おいしい」

 

アイコさんはご機嫌な様子で食べ進めている。最初、無機質だった目に最近は感情が宿っているように見える。


 

喜んでくれてるよね、連れてきて良かった。金かかるけど、貯金も少しはあるし。

やっぱりバイトしようかな。でも夜一緒に過ごせる時間が減るな。


 

ご機嫌な様子でご飯を食べ進めるアイコさんをよそに色々なことを考えていると、店員が新しい皿を持って近づいてきた。


「ありがとうございます」

 

俺はお礼を言って受け取った。

 

すると、アイコさんは食べる手を止め、こちらをじっと見つめてきた。

 

な、なんだろう。今日は特に紳士的に振る舞えてると思うんだけど。もしかして、かっこいい俺に惚れ直してくれたとかかな。


「タロはなんで、思ってもないのにお礼を言うの?」


妄想を繰り広げている俺をよそに、アイコさんは極めて冷たい声でそう言った。


「え……」

「目的が分からない。店員への感謝を本気で感じているわけでもなく、何か利益を求めての発言でもない。……かっこよく思われたい?誰に?」

 

アイコさんは俺の頭の中を読んでいるようだった。

こんなに頭の中を探られるように読まれるのは初めてだったから慌ててしまった。


「ち、違う、本当にありがたいと思ったからそれで……」

 

うろたえながら言い訳をしていると、突然腑に落ちたような顔でアイコさんは笑った。



「変なの。私にカッコなんかつけなくたってタロはかっこいいのに」

 

アイコさんは何もかも見透かす小悪魔のような顔で笑った。


 

俺は、蒸発してしまうんじゃないかと思うほど、首から上が熱くなっていた。


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