第3話

「遅くなってごめんね」

背よりも高い本棚がずらっと並ぶ本屋の奥に、アイコさんは立っていた。


「全然」

俺は持っていた本を棚に直しアイコさんの方に駆け寄った。


「あそこ入ろっか」

 

本屋を出た俺たちは、すぐそばにあった喫茶店に入った。

アイスコーヒーとカフェラテ、大きなアメリカンクッキーを頼んだ。アイコさんは甘党のようだ。


「ありがとう」

注文をし終えた俺にアイコさんは綺麗な声でお礼を言う。


「今週は、どうだった?」

俺は届いたコーヒーを啜りながら聞いた。

 

あれから俺は、アイコさんと何回かこうして会い、祥太郎についての話し合いをしている。

 

こういった関係は祥太郎にはバレない方がいい。

そう思い祥太郎にはアイコさんの話を振られても知らないフリをしている。

知らないフリと言っても、弁当を初めて持ってきたあの日から話題に上がることは無くなったけど。

 

「いつもと同じように、思い出話は続けているよ。ショウタロがどういう人間かは結構理解できたと思う」

アイコさんは上品にクッキーを齧った。

 

戦は敵を知ることから始める。ということで祥太郎のことを理解するために話をする、特に過去のことを中心にしようということになったのだ。

俺も、怪しまれない程度に役立ちそうなことを聞くようにはしている。


「タロは多分、私のことを好きになってくれたと思う」

アイコさんは静かにそう言う。


「そっか、よかった……」

俺はカップを置いた。

 

 

ん、ちょっと待って。祥太郎がアイコさんのことを好きになった。

じゃあもう目的は達成しているんじゃないのか。これ以上何があるっていうんだ。


「問題は、私がまだ愛を知れていないこと」

 

アイコさんはカフェラテをゆっくり飲み込んだ。


「この運命は、私が愛を知るまで終われない」

 

そう言ったアイコさんはとても寂しそうだった。


 

そうか、アイコさんの目的はただ男を好きにさせるだけじゃなくて、「運命」の「恋」をして「愛を知る」だったっけか。

 

と言うことは相手の気持ちだけじゃない、自分の気持ちがどうかってことも必要なわけだ。それって……



「めちゃくちゃ難しいことですね」

 

俺は思ったことをそのまま言ってしまった。

一瞬マズかったかなと思ったけれど、アイコさんは黙って頷いた。


「これからどうしよう」

 

アイコさんは暗い声で言った。

 

どうしようって言われても…… 気持ちの部分は他人がどうこうできる部分でもないしなあ。

 

俺はどう言ったらいいか分からなくて黙り込んでしまった。


「ごめんね、変なこと言って。そろそろ行こうか」

 

アイコさんはカフェラテを一気に飲みほした。

 

いつもこうやって話終わったあと、俺の部屋に移動する。

そこでハルちゃんになってもらってイチャイチャさせてもらっているのだ。

  

自分でも最低なことをさせているとは思う。

だけど辞められないくらい、アイコさんのハルちゃんは理想的なんだ。

 

ハルちゃんならこんなことを言うだろうな、こんなことをしてほしい、そう言ったことを全部してくれる。キス未満の範囲でだが。

 

俺はごめんね、ごめんねと心の中で繰り返しながら、アイコさんのハルちゃんを抱きしめ続けていた。


「いや、今日は、いいや」

 

俺は勇気を出して、震える声を抑えながら言った。


「ちょっと気晴らしに行こうよ」



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