第7話

「びっくりしたよー男の子連れてくるなら言ってくれたらいいのに。私はいいけどハルは心の準備がいるもんねー」


ギャルっぽい喋り方で派手な見た目の女の子が笑いながら言った。

高山一夏と名乗った彼女は大学からのハルちゃんの友達らしい。

このサークルで知り合ったのだとか。いろいろと説明しながらも手は止めず、高山さんはテキパキとお茶を出してくれた。


「ごめんね。でもハルちゃんも女の子相手だと慣れてきたから、次は男の子かなって思って」

 

アイコさんはお茶のおかわりを注ぎながら言った。

 

俺たちは机を向かい合わせにくっつけて大きくした机を囲うように座っている。白い机は落書きなどで薄汚れていた。


 

状況が飲み込めないんだけど。

なんでこの三人が親しげに喋っていているんだ。なんで俺はここに連れてこられたんだ。

 

だけど俺は聞くことができずにお茶を啜っていた。アイコさんの方をちらっと見たけど気付いてくれなかった。


「あれ、もしかして志波くんに事情を話してないの?」

それを察したのか、高山さんはそう言ってくれた。


「うん」

「えーダメじゃん! アイちゃんって秘密主義なところあるからなー」

高山さんは笑って言った。


「志波くん、わたしらハルの人見知り克服できるように特訓してるの。私は今のままでもいいと思ってるんだけど、ハルが直したいっていうからー」

 

快活な声で、深刻なことじゃなさそうに高山さんは言った。


「わたしらハルが浮気の疑惑がかけられた次の日に会ってるんだよね、花房君も一緒で。結局、浮気は誤解でむしろ花房君が正式に分かれる前にアイちゃんと付き合ってて、それもどうなんって思うけど、ハルも別れようと思ってたみたいだしアイちゃんもいい子だしまあいいかなって」

 

ハルちゃんは黙って頷く。


「そんで、しばらくしてから、一週間後くらいかな? アイちゃんがまたうちらに会いに来たんだよね。なんで付き合ってたかーとか、どういうところが好きだったのか聞きに。そっから仲良くなって、特にハルがすごい自分のことを話すようになって、ずっと悩んでた吃音? と人見知りを治そう、ってアイちゃんが協力してくれるようになったの」

 

アイコさんは表情を変えずにかりんとうを食べている。

一週間後、ってことは彼女たちが知り合ってから一か月以上は経っている訳だ。


みんなが仲良くなって、頻繁に会っていることを全然知らなかった。それがなぜかすごく恥ずかしかった。


「アイちゃん物知りだし優しいから、ハルも大分良くなったよね」

「うん。もう仲いい人ならどもることも無くなった、と思う」

ハルちゃんは静かに言った。

 

そんな悩みがあったんだ。静かな子だとは思っていたけどそんな事情があったんだ。

改めて、彼女のことを何も知らないんだな。


「ハルちゃんのそれは心理的なものから来るのだと思うの。緊張したら呂律が回らなくなる。だから緊張しなければいい。こうしていろんな人と話すことが大切だと思う」


アイコさんはいつもよりよく喋ると思った。当たり前のことかもしれないけれど、男子より女子とのほうが喋りやすいのかもしれない。


「同じ高校出身で、ショウタロウ君の友達の彼なら適役でしょう?」

アイコさんは俺の方を見て言った。


な、なんでそんなこと言うんだ。俺のことなんて覚えてないってずっと思ってたけれど、そう言われたら三年間も同じクラスだったのに悲しすぎる。そこをはっきりさせたくなかった。


「えーそうだったんだ! すごいじゃん」

高山さんは明るい声で言った。

や、やめてくれ。ハルちゃんのほう怖くて見れない。あっでも気になって目が勝手に動く……

しかし視界の隅にいるハルちゃんは予想と反して笑顔だった。


「うん。わたしたち三年間おなじクラスだったよね。わっ、わたし地味だったから覚えてないかもだけど……」

ハルちゃんは小さな声でそう言った。


天使だと思った。覚えているに決まってる、そう叫ぶのをこらえるのに必死だった。


「コウキ君もハルちゃんのこと覚えてたよ。お互い覚えていて良かった」

もごもごしている俺に代わってアイコさんはそう言ってくれた。


「これでやりやすいよね。どうしよう、いつものように作業しながらおしゃべりにする?」

「そーしよっか! あでも志波君できるかな?」

 高山さんは机の中をごそごそと探って紙の束を取り出した。


「作業って何するの?」

俺はやっと口を開いた。


「漫画制作! 一応うちら漫研だからね」


どさっと机の真ん中に置いた紙の束は原稿用紙だった。


「うちら未だに線画はアナログなんだよね。まあでもその方が作業しやすいでしょ。志波くんケシカケ頼んでいい? 鉛筆で書いてるところ消すだけで良いから」

「う、うん」

 

高山さんは手際よく原稿を渡してきた。すっかり彼女のペースに巻き込まれてしまっている。


ちょっと強引だけどまあいいか、今日はもうやることもないし。えっと、線を消しゴムで消すだけでいいんだな。


そう思い、俺は束になっている原稿用紙を一枚手に取り、表に返した。



そこには二人の男がキスしているシーンがでかでかと描かれていた。



「うぉっ!」


俺は思わず原稿から手を放してのけぞってしまった。


「あー乱暴に扱わないでよー」

高山さんはそう言いながら床に落ちた原稿を拾った。


「ご、ごめん」

「あ、このシーンか。ノンケにいきなりこれはきつかったかな、こっちこそごめんねー」

 

高山さんはハルちゃんに原稿を見せながらにやにやしている。原稿を見たハルちゃんも驚かずに口を隠して笑っていた。


「それは、高山さんが描いてる作品?」

俺はそうであってくれと願いながら聞いた。


「ううん、私とハルの合作。ハルはキャラ描くの上手いんだよ」

「そんな…… いっちゃんの設定が良いからだよ」

 

ハルちゃんは照れたように頬を赤らめて言った。


「誘い受けメリーバッドエンドこそ至高……ウフフフフ」

 

ハルちゃんは訳の分からない呪文を唱えていた。

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