第7話
シャワーから上がり部屋の方を覗くと、アイコさんはテレビを見ていた。
後ろ髪の隙間から白いうなじが覗いている。
洗面所に戻りタオルで体を拭いていると、鏡の自分と目が合った。
そんな顔してるつもりなかったのに鏡の自分はすごく機嫌の良さそうな顔をしていた。
慌てて真顔に直し、改めて鏡を見る。
イケメン……なのかもしれない。
そりゃアイドルや俳優には敵わないけど、多分そんなに悪くはないと思う。
高校の頃の彼女になんで好きになってくれたのか聞くと、顔がタイプだと言っていたし。
アイコさんと釣り合って見えるよな?
なんであんな可愛い子があんな奴といるんだって思われないだろうか。
アイコさんはかわいい。顔立ちは間違いなく可愛く、喋ると知的な声色から美人に見える。
料理が上手。彼女の料理を食べるようになってから体調が良くなった。
優しい。俺が嫌なことをされたことがない。嫌だという前に止める。
こういうことも、毎日はしない。いつもしたくなった時にしてくれる。考えていることがわかるからだろう。
アイコさんは多分、この世で一番理想的な彼女だ。
可愛くて優しくてエロい、そんな子に好かれてみたいっていう理想の具現化。
もう、めちゃくちゃアイコさんのことが好きだ。
この子の過去とか、俺のことをなんで気に入ってくれたんだとか、そんな疑問はずっとあるけれど、最近はもうそんなことどうでもいいくらい、彼女が好きという気持ちに支配されている。
ヤりたい。抜いてもらって終わりとか嫌だ。
でもできないらしい。身体の構造がソレに対応していないらしい。
「人間でいう性は、女性のそれに近いんだけどね」
欲に負けて押し倒してしまったとき、アイコさんはそう言った。そして代わりに、と言って咥えてくれるようになったのだ。
やっぱり言っていることはよく分からなかったけど、できない、その事実だけ理解した。
大体、女の子の時の見た目が可愛すぎるんだ。あんなにここまでしてもらって耐えろとか無理だろ。
全部俺のものにしたい。あの白い肌も薄い唇も、全部全身で感じたい。
抜いてもらうのは気持ちいいけど、最後までするのはまた違う、征服欲が満たされるというか、より深くまで相手を感じられるというか、とにかく気持ち良さとはまた別の欲が満たされるんだ。それが欲しい。
彼女を自分のものにして、俺も彼女のものにしてもらう。そうして一つになって、昼も夜もそうして過ごす。そんな妄想を繰り返し擦り倒し、ふとした瞬間我に帰る。
あれ、でもそれって、お互いの気持ちが同じじゃないと意味なくないか? って。
「タロ、手つないで」
アイスクリームの入った袋をぶら下げたアイコさんは俺の腕を掴んでそう言った。
上目遣いが可愛くて、俺はまた興奮しそうになった。
今日はいつもと違って、アイコさんがアイスを食べたいと言ったので一緒に買いに行くことにした。
夜に出歩くのは良くない気がしたけど、近くのコンビニだから大丈夫だろう。
アイコさんはご機嫌な様子で、鼻歌を歌いながら道路の端の盛り上がった部分を歩いている。
いろんなことに詳しいのにすごく初歩的なことを知らなかったり、いつもは落ち着いているのにたまに子供っぽくなったり、そういうところを見るたび俺は胸がぎゅっと苦しくなるんだ。
でも、たまに引っかかる。この子の存在はあまりにも俺にとって都合が良すぎるんじゃないかって。
「タロ?」
俺は手を繋いだままアイコさんを見つめる。
彼女は何の目的があって俺と一緒にいるんだろう。
俺の命を少しずつ奪い取っていく死神だったり、体を乗っ取る悪魔だったりするんだろうか。
「こっち見て」
そう言うとアイコさんはしゃがんだ。彼女の視線の先には雑草があった。
アイコさんは隣にしゃがんだ俺の目をじっと見つめると、ふっと雑草に息を吹きかけた。
すると、その周辺がぽうっと明るくなり、草根をかきわけていくつかの花がにょきにょき生えてきた。
小ぶりの黄色と紫の花は生き生きと咲き誇り、その周りには小さい蝶が浮遊している。明かりは次第に輝きを増し、ダイヤモンドダストのようにチラチラと舞っている。
まるでアイコさんの吹き掛けた場所にだけ、綺麗なスノードームができているみたいだった。
「きれいでしょ」
アイコさんはそう言って笑った。
明かりに照らされたアイコさんの顔は清らかで、汚れを知らない天使のようだった。
今わかった。この子は、どうしようもない俺を救うために現れた天使なんだ。
「うん」
俺はそう言ってアイコさんを抱きしめた。
「どうしたの?」
「今までごめんね」
アイコさんは不思議そうにしている。とりあえず、といった感じで俺の後頭部に手を回し、よしよししてくれている。
「俺、いい男になるから」
彼女が何者でも関係ない。俺はちゃんと、この人にふさわしい人間になりたい。
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