第6話

「タロは兄弟いるの?」


「うん。二個下の弟がいるよ。そういえばあいつ今年受験だな」

 


ごはんを食べて食器を洗ってから、俺たちは一緒に風呂に入る。


「そういえばって、あんまり家族と会ってないの? ミヤギ県でしょ」

 

俺たちは狭いバスタブに向かい合って湯に浸かっている。

お風呂の入り方がわからないから教えて欲しいと言われ、その日からなんとなく一緒に入るようになった。



「そうだね…… 今年の夏休みも帰らなかったしな。正月は帰ろうかな」

 

アイコさんは俺の頬を両手で挟む。濡れた髪をまとめていて、あらわになった彼女のおでこは小さい。


「ミヤギってどんなところ?」


「うーん、そうだな。寒いけど意外と雪は降らないんだよ。東京まで新幹線一本で行けるし。田舎だけど、生活には困らないくらいの大きさの街だったなあ」

 

俺はアイコさんの手を撫でる。アイコさんの小さい手は俺の手の中にすっぽりとおさまってしまう。


「なんでトウキョウに来たの?」


「なんでかぁ。みんな進学してたし、なんとなく都会に行きたいなって。地元だといいところ少ないし…… なんか不真面目な理由でカッコ悪いな」

 

はは、と言いながら目を逸らす。笑って誤魔化したらもっと情けなくなるのに、それでも俺は笑ってしまうのだ。

 

 


俺はずっと中途半端な人間だった。勉強も運動もどれだけ頑張っても中の上。

顔は別に悪くはないようだけど、そこまでモテるわけではない。

カーストは二軍、毒にも薬にもならない存在。

 

別にそれでも良かったんだ、だってそれでも、毎日はそれなりに楽しい。



「ううん、そんなことないよ。タロのこと知れて嬉しい」

 

アイコさんはそう言いながら俺の髪の毛を撫でる。


「あ…… 結構な癖毛でしょ。今はスタイリング剤とかで何とかなるけど、小さい時はからかわれて大変だったな…… アイコさんはまっすぐサラサラでいいよね」

 

俺は情けない笑みを浮かべながら、アイコさんの髪の毛に手を伸ばす。水に濡れた髪の毛ははっきりと黒かった。


「私はタロの髪の毛のほうがすきだよ。ふわふわで気持ちいいよね」

 

アイコさんは俺を絶対に否定しない。俺は最近、それに甘えて、それに縋ってしまっている。


 

俺は光り輝くアイコさんの肌を見つめる。自分の目に溜まった涙のせいで、彼女はいつもより輝いている。

 

俺はアイコさんの手首を柔らかく持ち、上半身を彼女に近づける。

 

チャプ、という水音だけが浴槽を埋める。

 

俺達は静かに、まるで壊れてしまうものを極端に怖がるように、弱く静かな口付けをする。







 *

アイコさんは眠らなくても平気らしい。夜に家を出ようとした時は驚いた。


「だって寝床は一つしかないでしょ」

 

アイコさんは不思議そうな顔で言った。


いくら男の見た目になれるといっても、一人で夜の街をうろうろされると心配で眠れない。

 

俺はネットで安い布団を購入した。


小さい時、一軒家に住んでいたときは畳に布団を敷いて弟と寝ていたから、案外布団は好きなのだ。

 

元々あるベッドで一緒に寝てもいいかなと思ったのだけれど小さすぎてよく眠れない。

それに、一晩中一緒は色々キツい。



「もう寝ようか」

 

豆電球に設定して俺は布団を被った。


アイコさんは寝なくても平気だけど、眠ることもできるらしい。

この前寝る様子を観察していたけれど、寝つきがすごくよくてびっくりした。

スイッチが切れたように眠るんだ。



「今日は高校の話の続きが聞きたい」

 

アイコさんは掛け布団が好きみたいだ。

初めてベッドに入った時はクッキーを食べた時と同じ顔で笑っていた。



「別に面白い話はないけどなあ」


夜、俺は布団に、アイコさんは俺のベッドに入ると、電気を暗くして俺はアイコさんに思い出話をはじめる。

 

 

中学受験で失敗したこと、初恋の女の子に冷めた瞬間、ヤンキーのパシリにされそうになった話、初めての彼女の話。

 


アイコさんは優しい声で相槌を打つ。



「楽しそうだなあ」



話が終わるとアイコさんはそう言う。


しばらくの沈黙のあと、空気がほんのり熱く揺れたことがわかる。

 

アイコさんは何も言わない。俺は黙ってアイコさんを見つめる。



俺たちの意識が重なっただろう時、アイコさんはゆっくりと俺の頬に手を伸ばし、キスをする。


しばらく続けて、意識がぎゅーっと集まった頃、彼女の柔らかな手が俺の身体をなぞり始める。

 


する、とベッドから俺の布団の中に降り、掛け布団を被った状態で俺の股の間から顔を覗かせ、彼女は下半身を弄り始める。


「……う」


なるべく声を出さないようにしていても漏れてしまうほどにアイコさんは上手だ。



その様子をじっくりと観察してから、アイコさんは口に含む。


そこからは、もう何かを考える暇はない。


「……いっぱい出たね」


アイコさんは全てを綺麗に舐め取り、飲み込んでからそう言う。


「洗ってこなくちゃね」



このセリフまでがワンセット。俺たちの日常なのだ。


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