第5話

アイコさんと出会ってから一ヶ月が過ぎた。


アイコさんとの生活は驚くほど楽しかった。

 


まず、料理がすごく上手だった。作ってくれるものは一般的な家庭料理なのだけど、味がとにかく美味しかった。

少し薄味の上品な味付けで、食べたことはないけれど料亭の味だと思った。



「できたよ」

 

アイコさんは柔らかい声で、ベッドの上に座っている俺に声をかける。


「うわ、うまそー」


鍋の中には筑前煮があって、ほんのりとカレーのようなスパイシーな香りがする。

アイコさんは筑前煮の中にカレー粉を少し混ぜる。それがめちゃくちゃ美味いんだ。

そういった料理のアレンジができるのは本当に料理が上手い証拠だと思う。

 


任せきりにするのが悪くて手伝おうとしたことがあるけれど、絶対にさせてくれなかった。

男子厨房に入るべからず、だそうだ。案外古風な考え方をしている。



「いただきます」


テレビの前の小さいテーブルに料理を並べて一緒に食べる。家で誰かと温かいご飯を食べることって、こんなに幸せなことだっけ。


 

ちらっと目を遣ると、向かい側に座っているアイコさんは上品に料理を食べ進めていた。その姿はもう見慣れているはずなのに、それでもやっぱり可愛かった。

 


別にご飯なんか作らなくていいからと言ったけれど、じゃあいつもなに食べているのかと言ったら半額の惣菜かチェーン店の牛丼やうどんなので、アイコさんが栄養のバランスのために作らせて欲しいと言ってくれた。




「人間は特定の栄養素を確実に食事から摂取できると確信して合成機能を放棄したんだよ。人間が食事をする意味は栄養の摂取のためなのに、バランスが悪くては意味がないの。栄養というのは複雑に作用し合っているから、片方が欠けたらもう片方も機能しない、なんてこともあるんだよ。さらにサプリメントは同一の栄養素でも複数ある種類の一部しか配合しておらず……」




だそうだ。この先は覚えていない。なんでこんなに栄養に詳しいのかも知らない。


しかも、彼女自身は別にごはんを食べなくていいそうだ。「栄養の合成機能」というものが備わっているらしい。


難しい話はよく分からなかったけれど、今の俺には大学に持っていくお弁当に入っている、ハートの卵焼きだけで十分だった。




「え、お前なんで弁当なんか持ってきてんだよ。って、これ完全に愛妻弁当じゃん。ちくしょーすぐ女ができるって知ってたら慰めなんかしなかったのによー」

 

光輝は学食のラーメンを啜りながら文句を言っている。


「実はさ、今アイコさんと住んでて、作ってもらってるんだ」


「え? 誰だよアイコさんって。お前の女関係を全部把握してる前提で話すなよ」


一応こいつには言わないといけないと思い、名前を出したけれど、イラついた声でそう言われた。


アイコさんは記憶を消すこともできるのかもしれない。

もうそれ以上はややこしくなるだけだと思い、何も言わなかった。



「おいおい花房、いいもん食ってんじゃん。ちょっと食わせろよー、うっわうま!」

「勝手に食べんな」



そんなわけで、同期の中では俺への新婚イジりが定着した。

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