第4話

「散らかっててすいません…… 狭いんですけどこれ、一応クッションなんで敷いてその辺に座ってください」


ざっと片付けただけの狭いワンルームは女の子を招けるような部屋じゃない。

一応消臭剤を撒いたけど変な匂いしないかな。


「ありがとう」


そう言ってクッションを受け取ったアイコさんはハルの顔をしていた。


暗めの茶髪で、ボブの髪の毛は最近伸ばしているらしく、肩より少し下くらいの長さだ。そんなところの再現まで完璧である。


もう今更驚かないけど、ハルの見た目だったら話しにくい。



「あの、それ止めてもらませんか」


「どれ?」


テレビの前に座ってベッドフレームにもたれかかっているハル、いや、アイコさんは笑顔で聞いた。


「その、見た目です。ハルの顔をしてること」


その瞬間、ふっと風がまつ毛にかかり、瞬きをすると、目の前には最初出会った時のアイコさんがそこにいた。


「さっきの造形が好きなんじゃないの?」


「いや、それ以前の問題というか……」


俺は机にアイコさん用の麦茶とお菓子を置いた。聞きたいことは山ほどあるが、どれから聞けばいいのか分からない。


「あの、お名前はなんですか」


「アイコだよ」


「そうじゃなくて、フルネームは……」


アイコさんは麦茶の入ったコップに口をつけた。



「私はアイコで、それ以上でも以下でもないの。ごめんね」


そう言ったアイコさんは少し寂しそうで、謝らせてしまったことに少し罪悪感を感じた。


「そんな申し訳なく感じなくていいよ」


麦茶を飲んだアイコさんは気に入ったのか、ご機嫌な様子でおかわりを注いでいた。



「心が読めるんですか」


俺は聞きたかったことの一つ目を聞いた。


「読めるという言い方が正しいのか分からないけれど、ヒトの考えていることは大体わかるよ」


それって、つまりどういうことなんだ。


「あなたは、人間ではないんですか。なんで顔を変えることができるんですか」


そう言うと空気が少し張り詰めたような気がした。


「人間というと、完全に君たちと同じではないけれど、でも決して遠い存在ではないんだよ。人間という言葉に完全に当てはめることはできないけれど、より私に近い言葉を知らないから表現ができないな。そして私は顔を変えているわけではなく、例えるなら角度によって違う形に見える模型のようなものなのよ」


アイコさんはゆっくりと、確かに言葉にしてくれたのに、俺は全然理解できなかった。



要するに普通の人間じゃないんだな。じゃあなんなんだ。


あの場に置き去りにするわけにはいかなかったから家に連れてきたけど、こんな得体の知れない生き物を住まわせて大丈夫なのか。

しかも女の子だし…… いや人間じゃないなら女の子じゃないんだけど、見た目は確かに可愛い女の子なんだ。


「ねえこれなに? 食べていいの?」


俺が無言でいろいろと考えていると、アイコさんがお茶うけから一つお菓子を取り出して言った。


「クッキーです。そんなにいいものじゃないけど、良かったら」


それは母が仕送りとして送ってくれた食料の一つだった。俺はあんまり甘いものが好きじゃないのに、その辺のスーパーで売っているであろうおやつも一緒に送ってきてくれる。正直ありがた迷惑だ。


アイコさんは珍しそうにまじまじと観察すると、端を慎重に破って中身を取り出し、丸々口の中に入れた。


「け、結構大きいのに一気に食べて大丈夫ですか。よかったら飲み物……」


「美味しい……! なにこれおいしいよ!」


アイコさんは勢いよくこちらを見ると、目をきらきら輝かせてそう言った。


「そ、そうですか?」


「うん。すごいね、こんな美味しいもの初めて食べた」


アイコさんはお茶請けのクッキーを全て食べ尽くす勢いで食べていった。

初めてこの人の自然な笑顔を見た気がした。口の端っこに食べかすをつけて、まるで小さな女の子のようだった。


「そんなに気に入ったのなら、また買ってきましょうか」


「いいの? 嬉しい!」


アイコさんは目を輝かせて笑った。その様子を見て、俺は黙って頷いた。



「君と一緒にいたら毎日美味しいもの食べれるね」


アイコさんは親指をぺろりと舐めた。


その時、何かが動いたことを確信した。確実に、心臓のど真ん中に何かがぶっ刺さった。


さっきのアイコさんは、間違いなく世界で一番可愛かった。


「……俺、花房祥太郎っていいます。名乗るの遅くてすみません。改めて、よろしくお願いします」


俺は手をアイコさんの方に伸ばした。


「知ってたよ」

「え?」


「呼んでいいって言われてなかったから。よろしくね、ショウタロ」

 

俺の手を掴んでくれた彼女の手は小さくて、しっとりと柔らかかった。


 

俺はクッキーのせいで、めちゃくちゃ可愛い笑顔のせいで、謎の生物を部屋に住まわせることに決めてしまった。


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