第2話

清潔なシーツの香りって洗剤の香りとは違うと思う。


メルヘンチックに言うと、おひさまの香り。安心の象徴。


夢のない有識者様がそれはダニの死骸の匂いだって言ったらしいけど、それでも好き。


なんか女の子を連想するじゃん。

おひさまに白に女の子って、なんであんな親和性あるんだろ。

幸せってそういうことなんじゃないだろうか。



……そうだ、俺、家のシーツもう一ヶ月以上洗ってない。なんの匂いだこれ。



「どこだよここ⁉︎」



掛け布団を退けて勢いよく体を起こすと、明らかに自分の部屋ではない空間が広がっていた。


デカいベッドにデカいテレビ、しかも壁掛けタイプだ。

左にはウォーターサーバーまであって、ここまでは普通のホテルなんだけど、左のテーブルには表紙の硬い、分厚いファイルがあって、ベッドサイドにはティッシュ箱と小さい箱と、エグみのあるピンク色をした小型家電が置かれている。



これはまるでホテルというか、その……



「ラブホテルだよ」


声の方を見ると、髪の毛の濡れた、昨日の女が全裸で立っていた。


「うわぁっ⁉︎」


「おはよう」


女は相変わらず綺麗な声で喋った。


「ふ、服を着てください!」

真っ白でピンクだった、真っ白でピンクだった……!


「着たよ」


「え?」



早すぎると思って警戒しながら振り向くと、本当に服を着て立っていた。

しかも髪の毛は乾いていて、昨日とは違う白のワンピースを着ていた。



彼女が美しすぎるだけに、より一層不気味な感じがした。


「よく寝れた?」


この人の笑顔は不思議だ。

綺麗な顔を崩さない微笑みなんだけど、なんというか目が笑っていないというか、どこかもっと遠くを見ている気がする。



「えと、よく寝れたとは思うんですけど、それ以上に聞きたいことがいろいろあって……」

「たくさん飲んで、泣いて、吐くからコウキ君と一緒にここに運んだんだよ」


そういうと女の子は俺の後ろを指さした。



「うわっお前居たのかよ!」


俺の寝ていたベッドの隣に、放心状態で座っている光輝がいた。

さっき部屋を見回したときは俺しかいなかったのに。



「祥太郎、ありがとう。貴様のお陰で俺は幸せとは何たるやを理解した」


光輝は満足し切って安らかで仏のような顔をしている。

眼鏡の奥の目が妙に綺麗で気色悪い。


「はあ? お前まさかあの女と……」


「違う。俺とあの方の関係はそんな下品なものじゃない。あとあんなに親切にしてくださった人にあの女ってやめろ。アイコさんっていうらしい。名前まで綺麗だよなあ」


光輝はぽーっとした顔でアイコという女性を見つめている。



こいつはもうダメだ。完全にのぼせ上がっている。



「コウキ君は先帰るんだよね?」


「えっ、なんで。一緒に出ようぜ。そう、二人には迷惑をかけたみたいだからさ、一緒にお礼もしたいし」


昨日何があったか覚えていないからアイコさんがどんな人かも分からないし、二人っきりになるのは正直怖い。


「いや、俺は先帰るよ。じゃあな、ちゃんとお礼はしろよ」



そう言うと、普段はノロいくせにさっさと荷物をまとめ出て行ってしまった。


俺はその背中を呆然と見ているしかできなかった。

 


なんだよあいつ…… あれ、そういえばあいつ、金払ってないのに出なかったか?


「それじゃ、私たちも出ようか」


ワンピースの上に黒いカーディガンを羽織ったアイコさんは、口の端をきゅっと上げて笑顔を作った。

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