1-3 素敵なお誘い

 とある中学校の教室の中。とっくに下校時刻は過ぎ、雑談をする生徒や部活に勤しむ生徒で学校は賑やかだ。


(昨日は散々は目にあった……)

 

 自分の教室で机に突っ伏している生徒が1人。いつものように路上で小遣いを稼ぎ、帰ろうと思ったら不審者に追いかけられ……そんな昨日のことを思い出していた。

 顔を見られたが、名前は適当に思いついた教師の名前を言ったし、そこまでしつこそうな人でもなかったからもう来ないだろう。

 今日は大人しく家に帰って曲でも作ろう。そう思って立ち上がると、教室を出る生徒とは逆に入って来る先生の姿が見えた。

 

「……アーラ、この後暇か?」

「いえ、忙しいです」

「じゃあ少しだけでいい。時間作ってくれ」

 

 強制なら最初から聞くんじゃねぇよ。などと心の中で悪態をついた生徒は、それを隠して笑顔で「分かりました」と返事をした。次々と帰っていくクラスメイトの後ろ姿を見て、しぶしぶ立ち上がる。

 

「……お前、昨日変な奴に会ったか?」

「え?」

「ソイツに俺の名前教えただろ」

「え、なんで知ってるんですか? もしかして先生も……」

「誰がお前のストーカーなんかするかよ。お前が会った奴が俺の知り合いなんだよ。そんで、見事に嘘がバレたわけだ」

「…………最悪……」

 

 今度は本音が声に出てしまった。生徒はもう嫌悪感を隠すことなく、教師の隣を歩く。今この状況でその話をするということは、間違いなくあの不審者が関係しているということだ。

 

「お察しの通り、ソイツからの呼び出しだよ。なんか頼みたいことがあるんだと。詳しい話は俺も知らない」

「その人、学校に来てるってことですか? 一体何者……」

「まぁ、ちょっとした地位のある奴さ」

 

 行き着いたのは、職員室のさらに奥。少し豪華な応接間だ。初めて入るその部屋に、生徒はドキドキしながら扉をくぐった。

 案の定、そこには昨日見た長髪の綺麗な顔をした不審者がいた。その人はよそ行きの笑顔で生徒に微笑みかける。

 

「こんにちは。昨夜はどうも」

「……こんにちは」

「コイツで合ってるのか? この学校で魔法石の耳飾りをつけた奴はコイツしかいないが……」

「あぁ、大正解だ」

 

 不審者と教師に促されて、生徒はふかふかのソファに腰をかけた。教室の椅子とはまったく違う体が沈む感覚に、少しだけテンションが上がる。

 普段入れない場所に入れたということだけは、この不審者に感謝しよう。そう思って、生徒は不審者に微笑みかけた。

 

「? なんだか、昨夜とは少し雰囲が違うな」

「そうか? アーラはいつもこんな感じだぞ?」

「……君はアーラというのか、本当の名前が知れて嬉しいよ」

「あ、そうだ。お前なぁ、知らない奴に名前聞かれて、咄嗟に教師の名前言うってどんな思考回路してんだ。相手がコイツだったからいいものの、本当に不審者だったら先生どうなってたか」

「すみませんでしたー」

「よし、謝れて偉いな」

「……甘やかしすぎじゃないか?」

 

 隣に座った生徒の頭を撫でる教師。その光景が普通じゃないと思ったのか、不審者は眉をひそめた。しかし、生徒は嫌がる様子もなく、満足そうに笑っている。

 

「……まぁ、いいか。それで、今日呼んだのは君に少し頼みたいことがあるからなんだ」

 

 自身の指を絡めて、話し始めた不審者は真っ直ぐに生徒の目を見た。空気が少し変わったことを感じ取ったのか、生徒と教師はふざけたような態度を変えて座り直す。

 

「君は、魔法が得意なのかな?」

「? ……いえ、人魔共学に通える程度の魔力操作は出来ますが、得意というわけではありません」

「ふむ……では、その耳飾りは?」

「これは、祖母がくれたもので、魔力切れしても人型を保っていられるようにと魔法をかけてくれているそうです」

「なるほど、じゃあお祖母様は魔法が得意なのかな?」

「趣味の範囲内ではありましたけど……あの、まだボクが魔法使ってたって言いたいんですか? 本当に心当たりないんですけど」

「いや、個人的に君のことを知りたいだけだよ」

 

 質問に対して、平然と口からでまかせを言う。顎に手を当てて、何かを考えている様子の不審者に生徒はまた変なことを言い出すのじゃないかと気が気じゃなかった。しかし、出てきたのはもっと予想外な言葉だ。

 これには、知り合いだという教師も少し驚いた顔をする。しばらく黙った後、不審者はパッと顔を上げて再び笑顔を作った。

 

「正直、君のことを調べるのは簡単なんだよ。こちらの立場としてはね」

「え、怖……先生、この人本当に知り合いなんですか?」

「……あぁ、一応な。まぁ、言いたいことは分かる。ちょっとワケありなんだ。気にしないでくれ」

「別にいいですけど……名前も知らない人に身辺調査されてるのは、少し嫌ですね」

「そういえば、名前を言っていなかったね。自分は繋里ツグサト マキナ。よろしく」

「! 繋里ツグサトって……確か……」

「さすがのお前でも知ってるか。そうだ、コイツは繋里ツグサト家の頭首。日本の陸を統べる龍族のトップだ」

 

 生徒、基アーラは不審者の苗字を聞いてとても驚いた様子だ。何故ならば、繋里ツグサトという苗字は、この世界にたった1つしかない名家の苗字。どれだけ勉強の出来ない人でも、その苗字だけは聞いたことがあるだろう。

 我が国の領土の所有権を持ち、陸の魔力を操るほどの伝説の魔法を使うことが出来る。陸の統治者。

 

 ───そして、神とも崇められる"龍"の一族。

 

「あぁ、そんなに身構えなくても大丈夫。頭首と言っても、形だけなので」

「そういう話じゃないだろう。てか、頭首様がこんなところに1人で来てもいいのか?」

「別に大丈夫だろう? 君がいるしね」

「……ソーデスカ」

 

 知り合い同士だと言う教師リベラと龍族マキナ。しかし、そんな2人の会話からはただの知り合いだとは思えない雰囲気を感じる。アーラは、改めてこの場にいる大人たちを観察することにした。

 

「……あの、それでボクに頼みたいことってなんですか?」

「そうだね、本題に行こうか。近年……いや、もう何年も前から我らの惑星で問題になっていることは何か知っているかな?」

「? ……少子高齢化……?」

「ははっ、それもそうなんだけど……社会科教師なら、分かるよね?」

「……んなもんたくさんあるだろ」

「例えば?」

「……人魔差別、とか?」

「そうだね、環境汚染だね」

 

 教師が間違えるのかよ、という目でリベラの方を見るアーラ。それを「こっち見んな」と言って、リベラはアーラの目を手で覆った。アーラが前を見ると、手も退かされる。

 

「その環境汚染を改善するために自動車をガソリンではなく魔力で動かす、という研究が行われているのは知っているかな?」

「ニュースで見た気がしなくもないですけど……自動車を動かすほどの魔力を生産するのが大変なんですよね?」

「そう。無から有は生まれない。エネルギーは、必ず何かしらを消費する。魔人の君なら分かると思うけど、魔人は体内で生命エネルギーを魔力として変換して利用している。

 だから、生命エネルギーに代わる代替品を見つけ出して数多くの魔法器具が開発されている。でも、その代替品では限られた魔力しか得られないんだ」

 

 人間は昔から、自分たちには無いものを欲する。そのためにいつも研究に研究を重ね、発明を繰り返してきた。その素晴らしさは、誰しもがよく分かっている。

 その欲は、やはり魔力にも向けられるようで、科学の発展とともに魔力の自給自足化がされてきた。しかし、発展とはそうそう上手くいくものではない。現在の社会では、魔力の大量生産という壁にぶち当たっているのだ。

 

「魔力自動車の開発を活発に行っているのが、ユタカグループ。最近、そのユタカグループが不審な動きを見せているんだ」

「不審……? どんな風に?」

「まぁ、色々と……それで、今回君には、ユタカグループが募集してるバイトに参加して欲しくてね」

「バイト……ですか」

「ちょっと待て。うちはいついかなる時もバイト禁止だぞ」

「理由があれば大丈夫だろう? それに、これはただのバイトじゃない」

 

 秘密裏に行うならまだしも、教師の目の前で堂々と校則を破るような発言をされたら、リベラも黙ってはいない。それを見越したように、マキナは提案をした。

 神様には似合わない悪い顔をしてマキナは笑う。先程までの優しい微笑みとは程遠くて、アーラは肩をビクつかせた。

 

「これは正式な求人じゃない。"裏"バイトだ」

「……んなもん、尚更やらせるわけにはいかない。帰ってくれ」

「嫌だね」

「あのなぁ……危険だと分かってて生徒を送り出す教師がどこにいる。校則違反以前の問題だ。大体、なんでアーラなんだ。お前んとこなら、もっと優秀な部下がいるだろ」


 生徒を守るように肩を抱く教師。その様子を見て、マキナは歪めた口を元に戻した。しかし、最初の礼儀正しい態度はどこにも感じられない。ただ無表情に2人を見つめている。

 

「……まさか、何の脅し材料もなしにオレがこんな話をすると思うか?」

「……お前、どんな弱み握られてんだ」

「君だって、前科者にはなりたくないだろう? 高校受験を控えたその身で」

「だから、ボクは魔法なんて……」

 

 アーラがそう言いかけた時──────


 突然、床がガラスのようにパリンと音を立てて割れた。正確には、床に施されていた魔法が反応したのだ。

 宙を舞う魔法のカケラがキラキラと輝いて空中に消える。そのカケラを通して見た両者の顔は、驚くでもなくただ静かに睨み合っていた。

 

「おい、なんだこれ。お前ら何した」

「ちょっとした警報が作動しただけさ。何も怖がる必要はない」

「別に怖がってなんか……アーラ、大丈夫か?」

「ははっ、そんな顔をするな。龍を騙そうとしたその勇気だけは褒めてやろう。お前は敵を見誤った、ただそれだけだ」

「……そうみたいですね」


 今まで、アーラの本気の嘘を見破った者はいなかった。自分は嘘をつく才能があるのだと自負する程度には完璧だったはずなのだが……

 果たして目の前のこの龍は、一体いつからどこまで嘘だと分かっているのだろうか。アーラは、今度こそ本気でこの龍を観察する姿勢に入った。

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