1-13 違和感の理由
人間と魔物が共生し始めてから数百年。人間の生活に魔物が合わせる形で変化してきた世界では、魔法の必要性というものが限られた場面のみのものとなった。
それに伴い、魔法の発展は著しく衰退し、使用者は激減。魔法というもの自体の使用難易度が高いことからも、現在では魔法使いという役職は希少性の高い高給取りと認識されるようになっている。
────というのは、とても都合の良い建前だ。
実際は、自分たちと共生したいのならば、脅威となる事象を全て取り除き、規制しろ……などという人間の主張を全面的に受け入れたことにより、魔物は魔法を捨てたのだ。
それほどまでに、人間の団結力と頭脳、そして精神力が魔物を上回っていた。
(……こちらからしてみれば、人間そのものが脅威なのだがな)
「マキナ様、あの方の潜入は順調そうですね」
「…………あぁ、そうだな」
大きな金魚鉢の水面に映る、大企業の内情。運の悪い子供を潜入させた秘密の巣窟では、想像以上の収穫が得られた。
「……こちらが仕掛けた監視術式にあの方は気づいていない様子ですが、本当にマキナ様の仰ったような実力が?」
「じゃあ、お前はアイツをどう見る」
「申し訳ありません。あなた様を疑うつもりは……」
「別にいい。オレはただ気になるんだ。他の者から見たアイツは、一体どんな奴なのか」
従者は、簡易な術にも気が付かない子供を見て、主人の発言を疑問視するようなことを口走った。しかし、すぐにマズイと思ったのか、勢いよく頭を下げる。
確かに主人は機嫌を悪くしていた。だが、それは従者の言葉にでも行動にでもない。目の前に映る、協力者の様子に気分を害されていたのだ。
「…………失礼ですが、この状況から判断するワタクシの意見は……少なくとも手練とは思えないということです」
「だよな。オレもそう思う」
「? しかし、以前は……」
「あぁ、あの時は何物にも形容しがたいオーラを感じた。だが……」
「映像だから……とかですかね? それにしても、防御魔法はお粗末に見えますし、先程の特殊魔法もそれほど驚異には思えません」
子供を評価するその人は、龍そのもの。たかが特殊魔法ごときでは驚きもしない。そもそも、出会った頃からこの子供は妙な魔法を使っていた。それも加味すると、目の前に見える現状は、つまらないの一言で片付けられてしまう。
「……映像では分からない、何かが起こってるのか」
そんな主人の呟きに、従者は首を傾げた。水面に映し出されているものは、その場の魔力の流れでさえも鮮明に見える、一流の魔法だ。
実際、現場の魔力の流れは異常であり、その原因は掴めている。あとはそれさえどうにかすれば、この問題は解決する。裏では、すでに部下たちが作戦を練り始めていた。
「ここに来て、アーラとの連絡手段をなくしていたことが仇になってきたな」
「何故ですか? あの方のおかげで、問題解決の算段はついています。今更連絡する必要などないでしょう?」
「作戦は一旦中止だ。アーラと連絡をとってくれ。何か見落としがある」
この主人は、時々こういうことを言う。何も根拠の無い"嫌な予感"。組織を動かすトップが、個人の意見で無茶苦茶を言うのはやめて欲しいのだが……これがまたハズレた事がないから何も言えない。
呆れたような、困ったような顔をして、従者は「かしこまりました」と言い、部屋を出て行った。そんな姿を見ることなく、主人は水面を見つめ続ける。
「真水じゃ見たいもんも見えねぇぞ」
声と同時に、映像が途切れた。突然のことに主人は驚くこともなく背もたれに体重をかけた。そして、声のする方へと視線を向けた。
そこには、机の上に腰掛け、流し目でこちらを見る青年が1人。金魚鉢を悠々と泳いでいた金魚は、たちまちその青年の方へと引かれ、口をパクパクさせている。
「……今日は1人か、片割れ」
「オレはいつだって1人だ。んな事より、お前に1つ聞きたいことがある」
独断の権化のような青年が、自分に何かを聞きに来るなんて珍しいこともあったものだ。しかも、わざわざ自分から足を運ぶなんて……
そんなことを考えているのがバレたのか、青年は目の前の魔人を睨みつける。せっかくの端正な顔立ちがもったいない。
「……お前んとこの潜入班、一体どうなってんだ」
「別にどうもしないさ、あの子には好きにやってもらっているだけだ」
「…………そうか」
聞きたいことは"1つ"と言ったが、きっとこれが本題なわけではないだろう。こんな所まで来たそれなりの理由がある。主人はそれをなんとなく察していた。
「妙だよな、この場所」
「お前もそう思うか」
「あぁ……だが、こちらはこの映像しか手がかりがなくてな。良ければ、そちらの情報を教えてくれないか?」
「対価は?」
「うちの部下を何人か貸そう」
最初からそれが狙いだったのだろう、とでも言いたげな視線を青年に向ける。それが気に食わなかったのか、青年は目を逸らしながら、「……成立だ」と呟いた。
陸海空と、それぞれを統べている3つの龍族。陸の龍は人脈、海の龍は魔法、空の龍は知識……と時代と共に勝ち取った得意分野があるのだ。
そんな人を動かすのが得意な陸の龍が紹介する部下など、使えないわけがない。そして、魔法に精通している"海の龍"が持つ情報もまた、有力なものになる。
「ユタカグループ第3工場の地下に広がるこの場所には、自然の魔力を盗んで育てた世界樹のようなナニかを中心として、壁面に魔獣の檻が並んでいる」
「魔獣に餌をやるだけの簡単な仕事。だが、疑問な点が複数点ある。まず1つ、魔獣の異様な攻撃性。2つ、募集要項の魔力操作ができる魔人という条件。3つ、魔法の質の低下……だな?」
「あぁ、そうだ」
疑問の1つ目と2つ目は、おそらく繋がっているのだろう。魔獣を相手にするのなら、魔力を持たない人間の方が扱いやすい。しかし、あの攻撃性を考えると、対抗手段を持っている人材でなければいけない。
耐久性を
「……魔力操作って、そこそこの魔力がある奴じゃないと苦戦しないよな」
「? そうだな、魔力が多ければ多いほど操作は難しい。この5人も、それなりに魔力はあるようだし」
「1人は魔力操作だけに意識がいきすぎて、魔法を使うまでに至っていない。てことは、魔法を使えるかどうかはさほど重要ではないんだ。それっておかしくないか?」
魔獣から身を守るために魔力のある者を雇用したのなら、魔法が使える者でなければいけないはずだ。それなのに、条件は"魔力操作が出来る者"ただそれだけ。では、考えられる企業側の意図とは。
「…………魔力が目当てか」
「あぁ、そう考えるのが妥当だろう」
「じゃあ、この報告書の疑問も晴れるな」
そう言って、青年は机の上にある1枚の紙を置いた。そこには、メモ書きのように書き殴られた文字がある。それをゆっくり読んでいくと、どんどん主人の顔が曇っていった。
「あの場所は、中心に向かって魔力が集まっている。排水溝に流れる水のように。その中心には、さっきも言った世界樹のようなナニかがある。アレは地面から、水から、光から魔力を吸い取り、あの場所にいる生物からも魔力を吸い出してる」
「……そんなことができるのか?」
「いるだけじゃそうはならない。その報告書にある、人格の歪曲と魔法の歪曲。あの空間にある全てが、妙に歪んでいることが報告された」
報告書を書いた人物は、全て気がついているのだ。あの場所の違和感に。しかし、その理由が分からず、調査を続けると締めている。
これで分かった3つ目の疑問の答え。
「魔法の質が低下したんじゃない。ナニかの力によって、放たれた魔法が歪んでるのか」
「そういうことだな。お前のとこのガキも気づいてるんじゃないか?」
「いや、おそらく……」
主人は、もう一度水面に視線を向ける。そこには、ただひたすらに業務を行う子供の姿。それを見たトップたちは何を思うのだろうか。
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