1-19 求めるモノ

 疑問ばかりが浮かび、不安が募る。そんな気持ちを誤魔化すように、魔法の練習に打ち込んでいる3人。

 

「んぐぐぐ……!」

「おー、ティッシュくらいにはなったんじゃないか?」

「は!? コピー用紙くらいだろ!!」

 

 どんぐりの背比べとはまさにこの事だろう。まだまだ不安定なアークの防御魔法は、地道に制度を上げていた。そんな時……

 

「っ!?」

 

 突然、破裂音のような音が鳴り響き、全員が顔を上げた。しかし、音の出処は分からない。とりあえず、何か異変が起こっていることを理解した3人は互いに近づこうと足を動かす。


 その瞬間だった……

 

 キーンッ……!!──────────

 

 昨日聞いた不愉快な音。

 今度は空耳なんかじゃなく、脳ミソを揺らすほどの音量で聞こえてくる。それは3人とも同じだったようで、思わず耳を塞いで地面に突っ伏した。

 頭が割れそうな音の中で、「うグッ……」という苦しむ仲間の声が聞こえる。アークが顔を上げた先にいたのは、まだ幼い中学生。

 

(子供に……苦しい思いは、させない……っ!)

 

 謎の使命感を持つアークは、自分の耳が壊れるのも厭わずにアーラに向かって手を伸ばした。だが、そんなアークの視界に映った自身の手は、人のモノではなかった。

 

「……は」

「っ……! クソっ!!」

 

 前にも起こった変身魔法の強制解除。2匹の獣が姿を現し、アーラはそれを歪んだ視界で確認した。まだ音は鳴っているが、動けないほどじゃない。

 元の姿に戻った2人も同じらしい。だが、1人だけ様子がおかしかった。それは、前と同じ……ではなく、何かに怯えているような……

 

「! おい、アーク!!」

「……大丈夫です。気を失っているだけみたいなので。それよりも、この音は……っ」

 

 2人が異変に気がついた時には、アークはまるで電池が切れたおもちゃのようにその場に倒れ込んでしまった。慌てて駆け寄ると、どうやら気絶しているだけということが分かった。

 呼吸と脈をアーラが確認している間、魔獣の姿となったルプスは辺りを見渡していた。そのため、誰よりも早く気がついた。

 

 魔獣のゲートが開いていることに。

 

「マジか……」

「あの2人は無事ですか?」

「んなこた後だ! アーラ! その猫しっかり掴んでろよ!!」

「は? 何言って……」

 

 ルプスがそう叫んだ瞬間、アーラの目にも現状が映った。それを理解する前に、首根っこをルプスに咥えられて体が宙に浮いた。咄嗟にアークのことを掴んだが、何をしようというのだろうか。

 チラッと見えたルプスの顔は、とても焦っているのと同時に覚悟を決めたことが伝わってきた。

 

 アークを掴んでいる手に力を込めて、アーラは真っ直ぐ前を見る。全身に感じる風圧と、接近する壁のせいですぐに目を閉じてしまったが、聞こえてきたのは何かが壊れる轟音。

 その衝撃から、さらに目を強く閉じてしまったアーラは後悔する。何故なら、さっきまで締まっていたはずの首の苦しさがなくなったから。代わりに感じた新たな浮遊感。それと、モフモフの毛が体を包んだ。

 

「緊急事態だ、これくらい許されるだろ」

「……許される、のか?」

 

 咥えていたアーラを投げ飛ばし、自身の背中に乗せたルプスは諦めたかのように言い放った。後ろを振り返れば、無惨に切り裂かれた扉が落ちている。立派なその爪は、鉄の扉でさえも簡単に壊せるのだと分かり、アーラは少しゾッとした。

 ルプスの背中にしがみつき、腕の中には眠りこけているアーク。あの音は部屋から出ても聞こえるし、一体何が起きているのだろう。

 

「とりあえず、安全な場所に行こう」

「その姿で?」

「……無理なんだよ。お前も魔法使ってみろ。何にもできねーから」

 

 そう言われて、アーラは適当に魔力を手のひらに込めてみた。すると、魔法どころか自分の魔力さえ感じない。汗腺という汗腺を強制的に閉じられているような、そんな不気味な感じがする。

 いや、それもよく分からないが、とにかく異常すぎるのだ。自分の体が自分のモノではないみたいで、アーラは悪寒がした。

 

「……ちょっと待ってください」

「あ?」

「2人は……あの2人はどこに行ったんですか? それに、この変な音で誤魔化されてますが、魔獣の気配も……」

 

 アーラがそう言いかけた時、何か鈍い音が微かに聞こえた。それと同時に背中が軽くなるのを感じたルプスは、急いで振り返る。

 3人が逃げてきた方向から伸びている蔦のようなもの。それがアーラの横腹を殴り、ルプスの上から突き落としたのだ。ドサッと音を立てて床に落ちたアーラは衝撃で脳が揺れ、何も理解出来ていない。

 

「あれって……世界樹モドキの……?」

 

 こんな地下にある蔦と言ったら、あの部屋にあった巨木が正体としか思えなかった。なんとか立ち上がろうとしているアーラは口でも切ったのだろう、ポタポタと鮮血が床につく。

 

「おい、大丈夫か? 一体何が……」

「っ……今すぐに戻りましょう」

「は? 何言って……」

「あれはボクを狙ったんじゃない……」

 

 ルプスの背から落ちる時、確かに見えたもの。それを思い出してアーラはとても嫌な予想をする。口から垂れる血を拭い、険しい表情で告げた。

 

「アレは確実に……アークさんを狙っていました」

「なんでそんなことが……」

「あの蔦は、アークさんの上にいたボクが邪魔で蹴落としたんです。落ちる直前、もう一本の蔦がアークさんに巻きついて奥に消えていくのが見えました」

 

 ようやく立ち上がったアーラの足はまだフラフラだ。しかし、その視線はずっと奥……世界樹モドキのある部屋の方へ向いていた。その表情は、何故かとても楽しそうだ。

 

(コイツ……なんて顔しやがる)

「ということで、ボクはあの部屋に戻ります」

「はぁ!? 戻って何すんだよ! まさか、助けに行くのか!?」

「…………そういうことにしておきましょう」

 

 目を細めたアーラはボソッと「そっちの方がかっこいいし……」と言っていた。なおさら訳の分からないルプスは、アーラに詰め寄る。

 

「お前、さっき痛い目みただろ! なのに自分から飛び込むなんて……頭おかしくなったのか!? まさかさっきので……!」

「違いますよ。ボクはただ、好奇心旺盛なだけです」

「好奇心に命懸けんな! アホ!!」

「失礼な狼ですね。何も死にに行く訳じゃありません。確かめに行くんですよ」

 

 そう言ったアーラは、より一層目を輝かせて頬を緩ませた。こんな状況でしていい顔ではないと思いつつ、ルプスはその瞳から目が離せなくなっていた。

 何も言い返してこなくなったルプスを心配したのか、アーラはルプスの方に近寄り、耳を貸すように手招きした。そして、小声で話し出す。

 

「ルプスさんは、外に出て助けを呼んできてください。もっとも、もう来ているかもしれませんが」

「……お前、何か知ってるな」

「全部は憶測にすぎません。ですが、この騒動の裏には必ずあの龍がいます」

「龍……?」

「詳しい話は、今夜食事でもしながら話しましょう。どうせ暇でしょう?」

 

 やけに楽しそうなアーラの姿を見て、あれだけ切羽詰まっていた自分がアホらしくなったルプス。経験しすぎていたが故に見失っていた醍醐味を取られてしまった気分だ。

 

(自分で言っておきながら、このザマとはな……)

 

 ルプスは、ため息混じりにアーラに声をかけた。何かを話したくてウズウズしているのが目に見えて分かったから。今夜まで待つくらいなら、今つまみ食いしてもいいだろう。


 そうして2人は、第三者の特権である時間の余裕を使って大まかな情報交換をした。嬉々として話すアーラにルプスは相槌を打つ。

 

「───────ボクの仮説はこうです」

「OK.互いの無事を祈ってるぞ」

「はい。では……タネ明かしの時間といきましょうか」

 

 それを合図に、2人は反対方向にそれぞれ走り出した。ルプスは外に、アーラは中に。一体何が正解なのか、いつだって体を動かしているのは欲望なのだ。

 

(……オレ、こういう生き方向いてないかもな)

 

 風を切って走る狼は、いつまでも自分に嘘はつけないことを痛感した。これが終わったら、本当にやりたいことをやって生きるのも良いかもしれない。

 扉という扉を破壊したルプスの口角が少しだけ上がった。

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