1-20 奇跡とヒーロー

 国を代表する大企業の本当の顔。

 

 地下に聳え立つ異様な巨木は、自然の魔力を吸い取り、上質な魔力の実をつける。ソレは魔力を全ての養分とし、その形を保っている。

 

 同じ空間にある魔力を全て吸い尽くすのだ。

 

 それと同時に行われていた、超音波での魔力操作。それは、生き物の性格や本能さえも捻じ曲げることが出来るほど研究が進んでいた。

 その研究の途中で、魔力の放出を制御するという周波数を発見した。それを元として、魔力操作の技術を試すため、魔力のある者達を集めた。

 

 何かあれば、魔力を制御してしまえばいい。何故ならば……

 

「魔物など、魔力がなければ何も出来ないのだから」

 

 どこかの会議室のような場所で、怪しい雰囲気を醸し出す2人組。片方は冷や汗をかき、微かに震えている。蓄えられた脂肪が無くなってしまいそうだ。それを見たもう1人は、口を歪ませて笑う。

 

「……そう思わないかい? 社長」

「え、えぇ……まったくです」

 

 同意されたことに気分を良くしたのか、そのままニコニコと笑う足の長いその人に、汗っかきのもう1人は下手くそな笑みを浮かべた。

 ガラスにヒビが入りそうなほどにピリついた空気で息が出来ない。そんな中、足の長いその人は窓の方に近づき、外を眺める。そして、変わらぬ笑みを浮かべて呟いた。

 

「……さぁ、ここまで来なさい」

 

 

 

 

 .

 

 

 

 

 同じ頃、地下では1匹の狼と1人の中学生が走り回っていた。逃げてきた道をわざわざ戻っていた中学生は、ようやく壊された扉にたどり着いた。

 

「な……っ……」

 

 そこで見た光景に、中学生は絶句する。さっきまで平和に働いていた職場は見る影もなく、どす黒く変化した木の幹がうねうねと動いていた。

 もっと驚いたのは、巨木からの魔力や魔法石をただの石だと認識してしまっていること。中学生は、自分が魔法だけでなく魔力すらも一切感じなくなってしまったことに気がついた。

 

(科学は、人の認識までいじれるのか……)

 

 まるで別人にでもなったかのようなその感覚に、中学生は困惑した。しかし、ここまで来たからには何もしないで帰ることなど出来ない。それに、確かめなければならないことがある。

 覚悟を決めた中学生は、瓦礫を登って中へ入った。その瞬間、今まで見えていなかった巨木の根が見えてしまった。そこには、禍々しい……というよりも、現実のものとは思えないモノが埋まっている。

 

(……とりあえず、アークさんを連れ去ったのはあの蔦で間違いない。ということは、どこかにいるはず)

 

 あの巨木に何らかの意思があるとしたら、連れ去られたケットシーはどこにいるのだろう。中学生は、とにかく観察をしようと目を動かした。

 蠢いている黒い幹は、ターゲットを見つけた途端に容赦なく襲ってくる。身軽な中学生は、攻撃という攻撃を全て避けた。しかし、それも長くは持たない。

 

(手数が多すぎる。魔力が感じられないと、こうも気配が分からないものなのか)

 

 観察するどころか、自分の身を守るのに必死になっている中学生は、なんとか作戦を考えようとしていた。すると、視界の端に御札のようなものが映ったのを見逃さなかった。

 

「こっちだ!」

 

 その声が聞こえたのは、いつも魔獣の餌が運ばれてくる業務用エレベーター。声に反応して、体が勝手に動いた。迫る蔦を振り切って、中学生はその中に飛び込んだ。

 体が全部収まった瞬間にしまったエレベーターの中は、暗くて狭かった。中学生1人なら余裕で入ると思っていたのに、中は外部からの圧でボコボコに変形していたため、空間が小さくなっていたのだ。それに……

 

「お前……! なんで戻ってきた!! あのまま逃げていればいいものを……!!」

「……耳元で叫ばないでください」

 

 先程の声の主は、中学生をここに送り込んだ張本人。今は圧迫感の犯人とも言える。怒られるのは仕方ないとしても、何故この人までここにいるのだろうか。

 中学生、基アーラは考える。この騒動、初めに仕掛けたのはどちらなのだろう。そして、この場が安全であるのは何故か。それはすぐに分かった。

 

「……アーラ、君はどこまで分かってるんだ」

「全て憶測です。ですが、アークさんがあの巨木に連れ去られました。初めに魔獣の檻が開いた時も、狙われていたのはアークさんだった。シンプルに考えて、あの人の魅力はただ1つ……」


 魔獣は魔力を欲する。あの巨木の根元にあったモノ、あれらから考えると、あの巨木も魔力を欲しているのではないかと考えた。アルバイトの中で、1番魔力の多かった者。それが、アークだ。

 肌が触れ合ってしまうほど窮屈な空間で、アーラの考えていることを感じ取ったマキナはため息をついた。ここまで来てしまえば、追い返すこともできない。

 

「……アレは、木なんかじゃない」

「?」

「君の予想通り、アレは魔力を求めて暴れている。しかし、アレはただ魔力を集めているわけじゃないんだ」

 

 根元にあったおぞましいモノ。あれは確かに、かつて魔獣だったナニかだった。おそらく、今まで餌をあげてきた……

 真実を聞くことが、正しいとは思わない。だが、ここで聞かなければ一生分かることはない謎になってしまう。それはそれでモヤモヤする。

 

 アーラは、顔を上げてマキナの瞳をじっと見つめた。

 

「────教えてください。この実験の真相を」

 

 外から鳴り響く轟音を聞きながら、マキナは語り出す。伝える気のなかった、大企業の黒い部分。

 

 

 

 人類の目指す未来のその1つは、魔力の安定供給。

 

 現在、魔力を保有しているのは、魔人・魔獣そして"地球"である。また、魔力を意図的に使用できるのは、今のところ魔人と魔獣に限られている。

 魔術の発展により、魔法石やその他媒介を利用して、魔力を持たない者でもそれを使用できるようになっていた。しかし、そこで問題になったのは……魔力の安定供給である。

 

 それを解決すべく生まれたのが、今暴れている世界樹モドキ。

 

 アレの中身は、魔力に一定の周波数を流すだけの科学装置である。

 様々な要因から魔力を得た科学装置は、周波数を放ち続け、その魔力を高濃度に凝縮させて魔法石に宿すことが出来る。

 しかし、そんなことが出来ても、元となる魔力が無ければ意味が無い。逆を言えば、元となる魔力さえ生成出来ればいいのだ。

 

 前述の通り、魔力を保有……つまり、自身で生成できるのは魔人と魔獣と地球だけ。その3つを研究すれば、科学が魔法を淘汰できる日も夢ではないと、誰かが思いついた。

 

 そこで作られたのが、この実験部屋である。

 

 3つの要素を同時に研究でき、魔力を集めることも出来る。

 そして、最大の利点は……

 

 科学装置の放つ超音波が、既存の魔力にどのような影響を与えるのかを知ることが出来たことだ。

 

 周波数の調整で魔力の凝縮ができるのなら、膨張も出来るかもしれない。

 魔術と同じように、ナニか1つ媒介があれば、魔力の無限生成も不可能ではないかもしれない。そんな気づきが、悪夢の始まりだった。

 

「────それから研究員達は、母数が少ないなら、それを倍にしちゃえばいいじゃん理論で研究を進めた」

「……初めはその母数を生み出そうとしていたのに?」

「なんだって1番初めが1番面倒なんだ。とりあえず目の前の快楽に縋りたくなるんだよ」

 

 元からあるものを媒介に増やし続ける。

 つまり、魔人や魔獣、もしくは地球を媒介として、あの世界樹モドキで魔力を膨張させた後に凝縮して高濃度の魔法石を作り、それを動力とする。

 

「……あのバイトは、媒介を見つけるための実験にしかすぎなかった。そして、奴らはようやく見つけた。いや、見つけてしまったんだ。

 

 ────────最高の媒介に」

 

 そう言われた瞬間に思い浮かんでしまった、1人の魔人。魔力が多いということは、減ってもすぐに沸いてくるということでもある。それは、この研究にとても欲しい人材なのではないか。

 

「まさか……」

「お察しの通り、アークは媒介に選ばれた。超音波の影響も受けやすかったらしいしな。魔力の制御が下手な分、外に漏れ出す魔力は多い。それを補うために、体が常に魔力を生成してる状態だ。他人の比じゃないくらい一日の魔力生成量は多いだろうな」

 

 確かに、アークの魔力はダダ漏れだった。それなのに魔力切れを起こすどころか、人よりも多いあの魔力。溜め続けたら、一体どれだけの量になるのだろう。

 

「……じゃあ、このままだとアークさんは……」

「死ぬまで魔力を生成し続けるただの媒介と化す。このバイトの性質上、失踪したとしても警察は動かないだろうな。前例もある」

「研究発表は、あの世界樹モドキだけすればいいってことですか。媒介はそこら辺の木にしとけばいいですもんね」

「そういうことだ。だが、証拠さえあれば、これは立派な犯罪だ」

 

 生き物をただの魔力生成装置にするなんて、そんなことは許されないに決まっている。それに、もしこのまま見て見ぬふりをして、魔力の安定供給が認められてしまったら、精神を病みそうだ。

 

 証明できる奇跡。

 

 科学はそうであるべきだ。それなのに、こんなことで得られるものが奇跡なわけがない。正すチャンスがあるのなら、みすみす逃すわけにはいかない。

 

 ……なんて、正義のヒーローならそう言うのだろう。

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