1-21 立ち向かえ

 生憎、ここにいるのは正義のヒーローでもなんでもない、ただの子供だ。横にいる龍はヒーローなのかもしれないが……

 

「あの……」

「なんだ?」

「この件は、全て人間がやったことなんですか?」

 

 魔力を搾取され続けるということ、それは魔人や魔獣にとって耐え難い苦痛である。魔力=生命力だ。つまり、消えない疲労感が一生付きまとうと考えてくれれば分かりやすい。

 それを知らない魔人や魔獣はいない。故に、こんな拷問器具のような科学装置を作ったのは、人間ではないかと思った。しかし、目を逸らしたマキナがその考えを無言で否定する。

 

「……何事も清廉潔白ではどうにもならない。0から1を作るのは、そんなに難しいことなのですね」

「まぁ、そうだろう。で? 逃げる気にはなったか?」

「いえまったく。なおさら確かめなければならないことがあるので」

「…………そうか」

 

 本当のことを話せば、巻き込まれることを避けて逃げると思っていた。しかし、そもそもここまで自分で戻ってきたのだ。今更引き返すことなどしないとは思っていた。

 マキナはため息をつきながら、今後の作戦を立てた。とは言っても、当初の目的は変わらない。幸い、ここにいる子共はただの子供ではない。この作戦にもついてこられるだろう。

 

「この空間は予め結界を張ってある。だから、アレも攻撃できないんだ。分かっている通り、超音波の影響でこちらの魔法は一切使えない」

「じゃあ素手でアレに勝たないといけないんですか?」

「言っただろう。予め用意してある魔術は使えるんだ。仕掛けはしてある。あとは、超音波が消えた瞬間が勝負だ」

 

 超音波が消える、ということは誰かが協力しているということ。そりゃそうか。この人は、陸を統べる龍族の当主。今ここにいることがおかしいんだ。

 

(ん? じゃあなんで……)

 〈────ジジッ……こちらA班。管制室に潜入成功。しかし、少し困ったことになりました〉

「どうした」

 〈遠隔操作システムの停止が不可能なようで、止めるには直接破壊するしかないとのことです〉

「……分かった」

 〈────こちらB班、ミッションコンプリート。指示をくだされば、そちらの応援に行けます〉

「A班、装置の数は」

 〈はい、壁内に12。そして……元凶である科学装置に1です〉

「了解。B班、壁内にある装置の破壊を頼んだ。A班は、安全の確保。全班、決してこの部屋には入ってくるな。分かったな」

 

 マキナの耳についていたインカムから声が聞こえた。どうやら、少し予想外のことが起きたらしい。しかし、慌てるようなことではない。とても冷静かつ的確に指揮をしていた。

 だが、最後の言葉が引っかかる。何故マキナは単身でここにいるのだろう。仲間がいた方が何かと便利ではないのか。アーラはそう疑問に思った。

 

「さて、今のを聞いていたな。我々は、今から魔法無しであの科学装置のどこかにある超音波装置を壊さなければいけない」

「はい」

「そこで……これを付けて欲しい」

 

 そう言って、マキナは自分の首にかけていたヘッドホンをアーラに手渡した。それを受け取ったアーラは理解した。何故、1人でいなければいけなかったのか。当主がこんな所で誰にも守られず隠れていたのかを。

 

「……分かったか。アレは、人格さえも変えてしまうほどの力を持つ。複数人で挑めば、仲間割れを誘発させることも有り得る。これを付ければ、多少は大丈夫だろう」

「ようはただの音ですもんね。耳さえ塞げば大丈夫だと……しかし、これは1つしかないんですよね?」

「あぁ、元は1人の予定だったからな。 」

 

 魔法さえ使えれば、こんなものがなくても解決出来ていただろうに。このヘッドホンは保険か。その保険が役に立つのはいい事だが、1人増えてしまってはあまり意味は無い。

 

 自分は邪魔────────

 

 そんな思いが横切って、アーラは初めてここに来たことを後悔した。自分勝手なことをするなら、せめて他人に迷惑をかけないようにしたい。

 

(それなら……)

「自分は実験をされてない分、対処法を編み出されていない。君は5日間、たっぷり観察されてしまっているからね。超音波の影響を受けてしまうと予想される」

「…………それって、誰が操作してるんですか」

 

 さっきの連絡では、管制室はマキナの仲間がいると言っていた。ならば、あの科学装置は誰か操作しているのか。自動操作であっても、制御出来ない装置を作るわけがない。

 アーラは、マキナの話が嘘だとは思っていないが、全てだとも思っていなかった。外から感じる懐かしい気配……"あれ"が関係しているのなら、マキナ自身がここにいるのも納得だ。

 

「……言えないのならいいです。ですが、このヘッドホンが1つしかないのなら、2人でここを出るのは危険でしょう」

「ならばどうする。まさか、1人で突っ込むつもりか?」

「そのまさかです」

 

 そう言うと、アーラはヘッドホンを着けた。不気味な程に何も聞こえなくなった世界では、制止する声などもちろん聞こえない。無理にこじ開けた扉の隙間に体をねじ込み、外へ出た。

 

(……とは言っても、ここ地下なんだけど)

 

 目の前に聳え立つ世界樹モドキは、心做しか大きくなっているような気がした。相変わらず魔力は感じない。アーラは、足に隠してあった短刀を取り出して構えた。

 

 

 

 

 .

 

 

 

 

 

 

 少し前、アーラと別れた狼があと扉1枚で外の空気を吸えるという時。爪で傷ついた床がどんどんと増えていき、次は最後の扉を……というところで、何故か勝手に扉が開いた。

 

「!?」

「……お待ちしておりました」

 

 警戒して止まろうと思ったが、スピードを止められずに扉をくぐってしまった。そして、その先にいたのは袴を履いた人物。モノクルから覗く視線が、やけに不服そうだ。

 

「……誰だ」

「先日そちらにお邪魔した……アーラ様の代理保護者と自称した者の世話役です。本日は、あなた様の保護を申しつかっております」

「代理保護者……あぁ、あのトカゲ野郎か」

「……トカゲ野郎、ですか」

 

 その言葉を聞いて、不服そうだった視線が一気に怒りへ変わる。それを感じ取ったのか、ルプスは全身の毛を逆立てて焦った顔をした。

 咄嗟にその場に座り、悪かったと意思表示をすると、その怒りはスっとなくなる。それに安心してほっとすると同時に、言おうと思っていた疑問が溢れ出してきた。

 

「それはそうと、オレはやんなきゃいけないことがあるんだ。話は後でいいか?」

「やらなければいけないことというは、現状の通報ですか?」

「知ってるならなんでこんな所にいんだよ。それとも、もう通報済みか? それなら……」

「いえ、通報はしていません」

「はぁ?」

 

 地下とは言えど、あれだけ大きな音が出ていたら不思議に思うはずだ。それに、さっき保護と言っていた。中で危険なことが起こっているのを分かっているのに、なんで呑気に突っ立っているのだろう。

 焦った様子を1ミリも見せない目の前の人物に、ルプスは怒りを露にした。それに気づいたのか、今度は相手が慌てたように否定する。

 

「いえ! あの……! 通報していないというよりも、出来ないのです! ほら!!」

 

 そう言って指をさした先は空だった。顔を上げると、そこは夜空……というよりも、真っ黒な天井のようになっており、違和感を感じた。周りを見れば、何となく雰囲気がいつもと異なっている気もした。

 

「我々が潜入を始めた瞬間、このように謎の結界を張られてしまったのです。この空間内は通信ができるようですが、外部との連絡はとれません。一体何が起きているのやら……」

「結界……か。んで、ここからも出られないと」

「そうです。用事が終わったら対処を考えると……ですから、それまであなた様の安全を確保しておくように言われました」

 

 安全を確保と言われても、道中特に襲われることもなかったし、1番危険なのはあの地下なのではないか。ルプスはそう思ったが、何も言わなかった。そして、自分に対して頭を下げる相手を見て、眉をひそめる。

 

「……まぁ、魔法使えないんじゃなにもできねぇか。大人しく待つしか……」

「え? 魔法使えますよ?」

「へ?」

 

 しょうがなく地面に伏した狼を見て、相手は首を傾げる。今までは確かに魔法を使えなかったはず。なのに、目の前のコイツは何を言っているのだろうと思った。

 

「ここは建物の外ですから。建物内は多くの超音波装置で魔力の規制をされていたかもしれませんが、外に出てしまえば問題ありません」

「……そう、だったのか」

「はい。普段は従業員の集中力向上に使用されていたみたいですね。職場外まではさすがにやらなかったのでしょう」

 

 当たり前のように言う相手を見て少し気まづくなりながらも、ルプスは自身に変身魔法をかけた。すると、今度はすんなり人間の姿になれた。それを見た相手は「良かったです。」と笑っている。

 

「あー……その、教えてくれてありがとな。ついでに、今起こってることも説明してくれるか? 知ってんだろ? 色々」

「えぇもちろん。ですが、1つだけ約束してください」

 

 優しそうな雰囲気に流されて、ついつい気になっていたことを聞いてしまった。相手は嫌な顔1つせずに承諾すると思ったが、目を細めて静かにルプスを見つめる。そして、薄い唇が動いた。

 

「……事実を聞いても、彼らを助けに行くなど言わないこと」

 

 風の流れも外部の光も一切なくなった空間に、嫌な空気が充満する。今回のバイトは、かなり大きな案件であるとルプスは改めて感じた。

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