1-22 力の正体

 あるはずのない目がこちらを見ている。

 

 そんな悪寒を感じて鳥肌が立った。しかし、自分は目の前のコレに立ち向かわなければいけない。なかったはずの記憶がそう言っているのだ。

 

(……知りたい。ボクがここにいる理由を)

 

 アーラは短刀を握りしめて走り出した。伸びてくる蔦を避け、ひたすらに距離を縮める。体操選手さながらの身のこなしは、明らかに素人のものではない。

 自分が何故こんな動きをできるのか、こんな所にいるのか、それは本人にも分からない。運動神経がいい、それだけでは説明できないほどの戦闘スキルがあることに気がついたのは、2年前。中学1年生の夏休みだった。

 

 

 ────────────────

 

 曲作りのため、1人田舎の民宿に泊まっていた時。フラフラと散歩に出かけた先にあった山中で、複数のアウルベアと遭遇した。

 通常、民家のある近辺の山には生息していないはずの攻撃性の高い魔獣だ。何故こんな所にいるのか、そんなことを考える前に、山をおりてしまったら大惨事になる心配をした。ここで逃げてしまっては、被害が出る。

 

(……でも、魔獣なんか相手にしたことないよ!!)

 

 内心冷や汗ダラダラで、アーラはその場に立ち尽くした。熊と遭遇した場合なら、目を離さずにゆっくりと逃げるのがいいのだろう。しかし、相手は熊よりも狂暴な魔獣。

 数秒も経たずして、アウルベアは魔力を求めて襲いかかってきた。死を覚悟したアーラは、目を閉じる。その瞬間、頭の中がスっとクリアになった。

 

(…………あれ?)

 

 操られるように体が動いて、魔力が溢れ出してくる。魔法なんて、変身魔法しか使ったことがないのに勝手に口から言葉が出た。

 

悪巧みトリック

 

 目を開ける頃には、アウルベアは地面に突っ伏していた。謎の痛みが手足にあり、アウルベアの怪我を見ると自分が攻撃したことが分かる。それに、あの魔力……

 

「こっちだ!! こっちに逃げたぞ!!」

 

 ただ呆然と立ち尽くしていたアーラは、その声にハッとする。複数人の足音が聞こえ、こんな状況を誰かに見られたらマズイと思った。考えるよりも先に足が出るとはこの事だ。

 そこでまた気がついた。体が異様に軽くスピードも上がっている。まるで自分の体じゃなくなってしまったような気がして不気味だったが、今はとにかく逃げることだけに集中しよう。

 

(魔獣倒したなんて知られたら、どこぞの研究機関に入れられるかもしれない)

 

 それだけは嫌だ。自分はただの中学生。いつか自分の歌を……

 

「…………歌、を……」

 

 あれ……? 歌を、どうしたいんだっけ。自分は何がしたかったんだ。確か、歌を……あの方に……

 

 

 愛しいあのお方に────────

 



 .

 

 


 それまではただ不思議なデジャブだと思っていた記憶も、その頃には疑念に変わっていた。

 体に染み付いた動きと魔法の知識。誰も教えてくれないこの不思議な感覚を知りたくて、自分はここまで来たんだ。だからこそ、目の前のコレをなんとかする必要がある。

 

 結局、あの魔獣は捕獲し損ねた個体が山を伝って逃げて来ていただけだったらしい。あの後は、特に何があるわけでもなく、曲を完成させて家に帰った。

 

「……っ……あそこか」

 

 あの日から、時々奇妙な夢を見る。それは、まるで誰かの思い出を辿っているような……でも、現実で起きていたことのような気もする不思議な夢だ。予知夢などではないと思う。

 こうして普段しないような動きをしていると、懐かしく感じる。なんとなく、あの日から体を動かすのが好きになった自分は、山や廃墟でパルクールみたく運動を始めた。

 そのおかげもあり、体の使い方というものがかなり分かってきたと思う。それと同時に進めていた魔法の勉強。こちらもかなりの才能があるようで、テストそっちのけで練習をしていたりする。

 

(……これ、本当に機械?)

 

 そんな昔話は置いておいて、今は目の前のコレに集中しよう。マキナの説明では、科学装置と言っていた。そのため、機械のように鉄板でツギハギでもされているのだと予想していたのだが……

 

(刃を差し込む……隙がない)

 

 近くに寄ったらよく分かる。まるで本物のような木の手触り。木の中をくり抜いて、機械の上に被せました。みたいな感じなのだろうか。しかし、その硬さは鉄板そのもののようだ。

 ヘッドホンを微かに貫通してくる異音を感じながら、1番嫌な感じがした部分に狙いを定める。自身の刃が通らないのなら、同じくらい硬いものを一斉にぶつければいい。

 

 攻撃はパターン化されている。1本1本の蔦に認識できる範囲もちゃんとあって、これは確実にゲームの仕様と同じ。

 それが分かってしまえばこっちのものだ。複数本のタゲを取りつつ、攻撃のタイミングを図る。

 

「4.3.2.1……」

 

 ベストタイミングで、超音波が出ているだろうところに足を着いた。素材が木で助かった。少しの出っ張りがあれば、足をかけることが出来る。

 アーラは、5本の蔦に追い回されながらも攻撃の瞬間に大きく飛び上がった。背中を仰け反らせ、反対になった視界に見えたのは、さっきまで自分がいた部分が破壊されているところ。

 空中で一回転したアーラは、そばにあった蔦に着地した。そして、すぐに魔力が戻ったことを確認する。

 

「マキナさん! 今です!!」

 

 想像以上に強力な魔力に視界が歪む。しかし、その中でも感じた暖かな魔法。体を少しだけズラせば、目の前に大きなトゲが現れた。

 それは鉄をも砕く威力を持ち、あっという間に科学装置を壊してしまった。破片が飛び散る中、それらと一緒に落ちていくアーラ。

 

「……ったく、無茶し過ぎだ」

「でも楽しかったです」

 

 ちょうどよく落下地点にいたマキナに受け止められて、地面との激突は避けられた。だが、軽くデコピンされたアーラは額を押さえて痛がる。

 一通りふざけ終わった2人は、改めて残骸に近づいた。下ろしてもらったアーラはあの世界樹モドキが佇んでいた中央を凝視している。

 

「……なんで……」

 

 不思議な呟きが聞こえたマキナが顔を上げると、隣にいたはずのアーラがいなくなっていた。慌てて探せば、水の上を跳ねるように歩き、根っこだけが残った科学装置を覗き込んでいる。

 

「そこにアークはいないぞ」

「……ならどこに?」

 

 媒介になったのなら、装置の中にいるのかと思っていたアーラが問いかける。しかし、マキナは気まづそうに視線を逸らすだけ。痺れを切らして、アーラはアークの魔力を探し始めた。

 さっきまでは分からなかったが、この空間には禍々しいほどの魔力で溢れていた。そう簡単に手がかりが見つかるわけがない。

 

「……アーラ、君に……」

 

 言わなければいけないことがある。そう言いかけた時、そこに絶対いなかったモノがいた。ソレは、アーラの背後で口かどうか分からない部分を歪めて、笑ったように見える。

 

「! 避けろ!!」

「!?」

 

 ちょうど魔力を辿るために神経を集中させていたアーラ。しかし、そのせいで魔力に敏感になってしまい、咄嗟の防御が出来なくなっていた。

 だが、マキナは違う。どれだけ異様な状況でも魔法を使える。そのはずなのに……

 

(!? 魔法が……!)

 

 さっきまでと同じだ。何も感じない、何も出来ない。押し寄せる無力感と焦燥感。目の前で消えそうになっている子供の命を……そう思うばかりで、マキナの背中が完全に空いていた。

 

 ザンッ──────────

 

 瞬間に聞こえてきた嫌な音。そして、妙に軽くなった頭。アーラの目には確かに映っていた。大きな鎌のような前足を持った怪物が、あの綺麗な長髪を狩っている。

 その衝撃と共に、横から鞭のようなものに攻撃され、アーラの身体は投げ出された。幸い、先は水だ。バシャンという水音を聞いて、マキナは体勢を立て直した。

 

「……魔獣、ではあるのか?」

 

 アーラのことは……今は無事を祈るしかない。それよりも、目の前のコレをどうにかしなければ。

 何も無いところから本当に突然現れた化け物。前足は鎌だが、後ろ足は狼のようだ。というか、背中? であろう部分にも足が生えている。翼も尻尾もあり、目や耳は各所に点在している。

 

「君には、キメラという言葉が良く似合う」

 

 様々な魔獣を合体させたようなその容姿は、動いていなければ生き物とさえ思わないだろう。しかし、実際に動いている。音は感じないのに魔法が使えない所を見ると、先程破壊した科学装置も混ざっているのかもしれない。

 何故こちらを攻撃してくるのかは分からないが、正体が分からない以上むやみに攻撃するわけにもいかない。マキナは、防戦一方でなんとか時間を稼いでいた。

 

(……副産物、か? 気絶という概念すらあるのか分からないな。かと言って、倒すにもどうしたらいいのか……)

 

 とりあえず広い場所に行き、ルートの確保を……と思ったが瓦礫の浮いた池に足止めされた。魔法が使えれば、向こうまでひとっ飛びなのに。

 泳ぐにしても、これだけ瓦礫が多ければ逆に危ない。だが、迷っている暇は……

 

 ヴゥッ……ウボァ───────

「? なんだ?」

 

 初動とは違い、だんだんと動きが鈍くなっていると思っていたが、ついにキメラは変な音を立てて座り込んでしまった。それと同時に魔力が戻ってきた。

 マキナは今のうちだと、急いで池を越えようとした。しかし、そう簡単に上手くいくはずがない。すぐに立ち上がったキメラは、体勢を崩しながらも這ってマキナに襲いかかろうとする。

 

「っ……くそ、間に合え……!」

 

 あと少しで向こう岸、というタイミングで復活したキメラにまた魔力を封じられる。空中で足掻いてどうにか渡り切ろうとするマキナと、それを追いかけて池をまたごうとするキメラ。

 

 両者が池の上に揃ったその瞬間──────

 

 バシャっと聞いたことのある水音が響くと同時に、白くて小さな腕がキメラのお腹に刺さった。そして、抜かれた腕と一緒に何かが出てきた。

 

「!」

(……見つけた)

 

 それはちゃんとした形を保ったケットシー。ソレが完全に塊から切り離された瞬間、キメラは心臓を失ったかのように動かなくなり、ボロボロと形が崩れ始めた。池がさらに汚く濁っていく。

 残骸の池と化した水の中から伸びる腕。次に出てきた身体は、激しくむせて必死に陸を目指していた。

 

「ゥ……ゲホッ……!!」

「大丈夫か? ……本当に君は無茶をする」

 

 魔力を取り戻し、先に陸に辿り着いていたマキナがドロドロに汚れた腕を引く。なんとか這い上がったアーラの身体は、鼻をつまみたくなるほど汚れていた。見かねたマキナが上から水をかける。

 

「うわっ! ちょ、冷たいです!! せめてお湯にしてください! 温泉とか沸かせないんですか!?」

「そういうサービスはやってない。綺麗になっただけでもありがたいだろう?」

「っ〜! ……ありがたき幸せ!!」

 

 投げやりに感謝の言葉を述べたアーラは、びしょ濡れのまま力無く横たわっているケットシーの様子を見た。呼吸や脈は正常だ。怪我をしている様子もない。

 

「…………良かった」

「……君にも、仲間を助けたいという気持ちがあったんだな」

「だいぶ失礼ですね。……けど、間違いではないです」

 

 フサフサの毛を撫でながら、アーラは目を伏せた。マキナもさすがに疲れたのか、あぐらをかいて頬杖をつく。再び訪れた静寂に警戒したまま、2人は同時にため息をついた。

 

「……これで、本当に終わりですか?」

「1番大変なのはこれからだ。後始末がある」

「それはあなた達の仕事でしょう。というか、こんなことになったら給料はどうなるんですか? 魔獣1匹もいないし……」

「もらえるわけないだろ」

 

 優しさの欠けらも無い返答に、アーラはマキナを睨みつけた。その時に気がついたマキナの変化。あの印象的だった長髪が無くなっているのだ。そういえばあの時……

 冷静になった頭の中に思い出された、あの瞬間の記憶。何がマズイことをしてしまった気がして、すぐに目を逸らした。

 

「……あー、こちらマキナ。皆無事か?」

 〈! マキナ様……! 全班無事です! 任務完了の後、全員外にて安全確認も終わっています〉

「了解、こっちも任務完了だ。今からそちらに向かう。動ける者は、手筈通りに頼む」

 

 無心にモフモフしていると、マキナが仲間と連絡を取っていた。結局、後片付けは部下任せなのではないかとツッコミたくなったが、言わなかった。

 重い腰を上げた2人は、ヘロヘロになった足を動かして地上を目指す。アーラの腕の中では、アークがすやすやと眠っていた。色々あったが、五体満足なので良しとしよう。そんな思いで2人は歩いた。

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