1-23 始まりの1歩
久しぶりに見た気がする外はオレンジ色に染まっており、1日の終わりを告げていた。フィナーレにはふさわしい景色だ。
「アーラ! 無事だったか、って……! びしょ濡れじゃねぇか!」
「色々ありまして……というか、待っててくれたんですね」
「そりゃー、まぁ……な?」
「いや、分かりませんよ」
何が「な?」なのかが全く分からず、首を傾げるアーラ。それに対してルプスはアークのことなど色々と喜びを口にしていた。それを横目に、主従は業務連絡をし合う。
「予定外もあったが、問題の科学装置は完全に破壊した」
「……」
「報告のあった謎の結界は、もう無くなってるみたいだな。詳しく調べた結果を後で報告書にまとめておいてくれ」
「……」
「こちらも、気になる点がいくつかあった。ピックアップして報告する…………おい、聞いてるのか?」
主人だけがペラペラと話して、従者は下を向いたまま何も言わなかった。いつもなら、うるさいくらいに文句を言ってくるのに今日は何も無いのだろうか。そう思って顔を覗き込めば、すごい勢いで距離を詰められた。
「!?」
「マキナ様!! だ、大事な髪を……!! あの国宝級の代物をどこへやってしまったのですか!? あのへんちくりんな機械のせいですか!? そうなんですね!?」
「お、落ち着け……これはだな……」
「安心してください! 今すぐ回収班に切られた髪を1本残らず回収させますので!!」
唐突にフルスロットルで動き出した従者に、主人も困惑を隠せないようだ。隣で談笑していたアーラとルプスも驚いてそちらを見た。しかし、従者は止まらない。
「……何があったんだ?」
「あはは……まぁ、色々と……」
「お疲れ様です」
「っ!?」
2人が顔を近づけ合って話していると、いつの間にか背後に立っていた何者かに声をかけられる。反射的に振り返れば、そこには見慣れた顔があった。今朝も会った人だ。
「おー、社畜の兄ちゃんじゃん。こんな時にも仕事か?」
「えぇ……とは言っても、本当に最後の仕事ですけど」
「え?」
「そんなことより、あなた方へ支払われる報酬についてなのですが……」
報酬と聞いて、2人の耳がピクっと動いた。世話をしていた魔獣はおそらく死んだ。それに加えて、地下室もボロボロだ。期間だってあと2日残ってる……
正直、報酬が貰えるなんて思ってない。しかし、社員がここにいるということは、一縷の望みがあるのではないか。2人は期待して社員に詰め寄った。
「いや〜、お兄さん? これは何かの事故であってですね? 決して我々のせいではないんですよ」
「そうですそうです! 第一、あの妙な機械のせいで魔獣達は犠牲になったわけですし、ボクたちは……」
「……何を必死になっているのか知りませんが、報酬は支払います。不祥事の件も合わせ、口止め料として……」
そう言い、社員は2人に金額を耳打ちした。その額は当初の報酬よりも遥かに多い。先程までの危険なんて吹き飛ばすぐらいの衝撃が2人に走った。そして、同時に力強くハイタッチをする。
バチンっと痛々しい音に反応して、今度は主従が2人の方を見た。そんなことも気にせず、2人は抱き合って喜びを分かち合っている。
「……いいんですか? 報酬なんて渡して」
「社長の指示なので。私はただ伝えただけです」
今回の件でかなりの損失を出したはずの会社が、気前よく大金を支払うとは思えない。研究途中の機械は破壊した。媒介である魔人も救い出した。ならば、会社には何が残る。
利益の見込めないことに金を賭ける企業は存在しない。それこそ、内情をよく知っている第三者が何か口添えしなければ……の話だ。裏バイトの件を知っていたのは、一部の研究者とその責任者である社員1名。
「……あの方々には、命を懸けて研究に協力していただきました。働きに相応しい報酬は、労働者の権利です」
会社の未来を背負う研究の秘密を握る社員。それだけで会社からの信頼が絶大であることは分かっていた。それほどの立場の人間が少し我儘を言ったくらい、なんてことないのかもしれない。
前に会った時よりも清々しい顔をしている社員に、従者は微笑んだ。自分の見立ては間違っていなかったのだと、今証明されたのだから。
「やはりあなたは素晴らしい方ですね」
「ありがとうございます。そこで1つ、お話があるのですが」
「? はい、なんでしょう」
報酬の件でまだ喜んでいる2人をとても優しい顔で見つめた社員は、背筋を伸ばして従者の方へと向き直った。そして、真面目な話を始めた。
そんな真面目トークをしている間に気が収まったアルバイト2人は、冷静に何があったか気になってきたようだ。そこで、暇そうに空を見上げていた散切り頭のその人に声をかけた。
「よー、トカゲ野郎。元気か?」
「……トカゲ野郎はやめろ、マキナだ。そっちは随分と元気そうだな」
「お陰様で。大体のことはあの片眼鏡に聞いたぞ。それで、オレ達はどうなる」
「どうなるとは? まさか、こちらからも口止め料を巻き上げようなんて思ってないよな?」
「んなわけねぇだろ! そりゃー、もらえるんならもらっとくけどよ」
なんでもかんでも金を要求する奴だとは思われたくない。しかし、従者を連れているほどの人だ。もらえるものはもらっておいてもバチは当たらない。ルプスが期待していると、それを裏切るようにマキナ笑った。
「こちらからの要求は何もない。よって、何も支払わない」
「……だよな。でもよ、このままはい終わりってのも無理だろ? これだけの騒ぎになっちゃ、メディアが黙ってねぇだろうし……」
「さぁ? どうだろうな」
意味ありげな発言をしたマキナは、どこかに視線を逸らした。2人は自然とその視線の先を追う。それは工場の敷地外、車道を挟んだ先にある公園を見ていた。楽しそうに走り回る子供と、立ち話をする婦人たち。異変など1ミリも感じさせない、いつもの夕暮れ。
そういえば、あんなことがあったのに外の音は普段と何も変わっていない。2人は日常すぎて気がついていなかったのだ。自身が体験していたことと、この風景とじゃギャップがありすぎることに。
「……このまま、何も表には出さないつもりですか」
「出したところで、いらない議論を生み出すだけだ。内々で処理できるなら、そっちの方が良いだろ。お互いに」
「それもそうだな。んじゃ、オレ達は金だけもらっておさらばするか」
頭の後ろで手を組んだルプスは、そう言って社宅の方へと歩き出した。残されたアーラは何も言わずにその3歩後ろをついていく。そんな2人の後ろ姿に向かって、マキナは伝え忘れていたことを告げた。
「……あのケットシーは、うちでしばらく保護しておく。何かあれば、また連絡してくれ」
その言葉にルプスは振り返りもせずに手を振った。アーラに至っては完全に無視だ。
アーラを待つように歩幅を狭めたルプス、それに気がついたアーラが小走りで追いかけ、2人は仲よさげに帰路についた。そこに合流した社員が一言二言連絡事項を伝えているのが見える。
「……マキナ様」
「残りの2人は」
「先ほど合流したと連絡がありました。お2人ともあの結界の調査をしていたようですが、見たこともない術式だったと言っていたそうです」
「……やはりそうか」
一般人がいなくなったことで、主従は遠慮せずに話すことができるようになった。しかし、気になるのは妙な魔力の残り香。ここにいた者のモノでも、自然から感じるモノとも違う。禍々しい脅威を感じ、鳥肌がたつ。
「それにしても、三つの龍族が鉢合わせるなんて……空と海からの魔力も利用していたからと言って、そんなことあり得るんですか?」
「……分からない」
「分からないって……よく考えてください。確かに海の龍は変化にも敏感で、積極的に動くイメージがありますが、空の龍が動くなんてよっぽどの事ですよ?」
三つの龍はそれぞれの役割を担い、世界の均衡を保つ。特段、協力したり交流を持ったりなどしていない。故に、個々の特徴がはっきり出るためこういった事件で鉢合わせになることはまず無いのだ。
細かな事件に首を突っ込むのは、専ら陸の龍だけだった。しかし、なんの偶然か今回の事件は龍族が集まる事態になってしまった。
「あの妙な結界といい……ただの企業の暴走だとは思えません」
「……あぁ」
「これを機に、他の龍族とも連絡をとってみてはいかがですか?」
「いや、それはもうすでにしてるんだ」
天と地がひっくり返っても個人行動をすると思っていた従者は、主人のその言葉を聞いて目を丸くした。そもそも、連絡するという選択肢があったのか。そんな失礼なことを思っていると、主人が大きくため息をついた。
「……少し、面倒なことになりそうだ」
「……ご安心ください。ワタクシ共は、何があろうとマキナ様について行きます。第一、マキナ様の面倒事など日常茶飯事ですから!」
そんなことで胸を張られても……自信満々に言い放った従者を見て、主人は苦笑いをした。上に立つ者とは、下にいる者たちを導き守らなければいけない。しかし、時には覚悟も必要なのだ。
「……ありがとう」
困りながらもそう言って笑えば、主人を慕う者たちは笑顔で応える。その笑顔は、相手が龍だからではなく尊敬に値するために向けられているのだ。
その想いを裏切る事など出来ない。必ずこの違和感の正体を突き止め、世界の均衡を保つ。それが……
(……龍のあるべき姿なのだから)
────【1章 歪んだバイト】Fin────
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