2-5 違いは発端
波乱の実技試験がようやく幕を下ろした。
受験者数297人、合格者62人。例年とほとんど変わらないその結果は、いつも通り……と傍から見たらそう思うだろう。だが、関係者の何人かは怪訝な顔をしていた。
そんな中、床に大きな魔法陣が現れ、ふわっと揺れる布が目に入る。光る耳飾りに大きめの帽子を被った子供がゆっくりと目を開けた。
「……ただいまです」
「おー、おかえり。遅かったな」
「少し面倒なのに絡まれまして……あれじゃ、試験も合格なのかなんなのか」
「無事に戻って来ていれば合格だ。試験の記憶が残ってる時点で心配することは何も無い」
「え、不合格だと記憶消されるのか」
「というか、消さなければまともに生きていけないだろう」
物騒なことを言うのは龍族の1人、マキナ。タバコをふかしているのはルプス。そして、そんなルプスに肩を組まれている魔法陣から出てきた子供はアーラだ。
アーラは煙草の煙を手で払いながら、マキナの方へと視線を向けた。マキナの隣に立っている従者は何やらテキパキと部下に指示を告げ、自分自身はただ主人の傍にいるだけ。そんな守られるほどの人ではないだろうに。
「んじゃ、オレらも春から総魔生か〜。学生生活なんて、ほんと何年ぶりだよ……」
「総魔って、高校……ではないんですよね? どういう位置付けになるんですか?」
「そうだな……一応、大学と高専の中間的な立ち位置で存在している。まぁ概ね高専だ。受験生の大半は中3だし、卒業してからは即戦力として働く人も多いからな」
「へぇ……じゃあ最終学歴は中卒なんですね」
「んな夢のないこと言ってんじゃねぇ! 総魔っつったら、有名魔導師を山ほど排出してるエリート校だぞ? そこら辺の変な魔法学校行くより良いレールを敷いてくれる!」
「それに、申請すれば高卒認定試験だって受けることが出来る。学歴なんて作ってしまえばいいんだよ。高校に通うことが正しいわけじゃない。」
それもそうか。ただアーラは学歴を気にしていたのではなく、高校生活というものに少し憧れたいただけなのだが……学校なんて通ってしまえばどこでも同じなのかもしれない。アーラは、我ながら細かいことを言ってしまったと反省する。
規則で決まっていないのなら、年齢も種族も関係なくやりたいことをできるはず。同じ試験を受けたルプスなんて、これまで勉強なんてまともにやってこなかったのに春から学生だ。成人したからって、人生何があるか分からない。
「なぁアーラ、オレ制服似合うと思うか?」
「? 別に似合わない要素はないでしょう。服は服です」
「そういうもんか?」
「そーゆーもんです」
随分とアバウトは返答をしたアーラが面白かったのか、ルプスは豪快に笑ってアーラの背中を叩く。心底迷惑そうなアーラは、それを避けることなく受けていた。
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2人が私立クラヴィス総合魔法学校の入学試験を受けることが決まったのは、あの裏バイトでの1件があった数週間後だった。アーラは学校が始まり、本格的に受験勉強をしていた。ルプスは危険な仕事からは一切足を洗い、しばらく貯金で豪遊しようと考えていた。
あれ以来、関わりをなくしてしまった龍とは連絡どころか噂すらも聞かない。そんな状況が日常になろうとしつつあった時。2人の元にある知らせが届いた。
それは、とある住所と日時が書いてあるだけの不思議な便箋。古風な封蝋には陸の龍の家紋が記されていた。その時点で、一般魔人の2人には断るという選択肢が失われる。見なかったことにしても、書かれた日時になれば強制送還されるだけだ。
そうして、半ば強制的に招待された2人は豪勢な日本家屋の戸を叩く。通された部屋には、久しぶりに見たマキナとその従者。2人が高そうな机の前に立てば、勝手に話が始まった。
「来てくれてありがとう、2人とも」
「いえいえ、龍様お呼びとあらばどこでもカケツケマスヨー」
虚空を見つめながら、ルプスは適当にそんな言葉を返した。アーラはアンティーク家具に興味があるのか、視線がずっと移動している。有り得ないほどの失礼な態度にため息をついた従者と目を細めて机の下に隠した拳に怒りを溜めるマキナ。
「……アーラ、君は受験生だったな。聞くところによると、まだ志望校が決まっていないそうじゃないか」
「? そうですね」
「……もうすぐ冬だぞ? 試験も始まってくる頃だろう」
「……? そうですね」
その問いかけは、アーラにとってただの事実確認にしかすぎなかった。効果のない嫌味は虚しいだけだ。マキナは思わず頭を抱えた。隣にいるルプスもこれには「マジかお前……」と言葉をこぼす。
一方で、気まずさなど微塵も感じていないアーラは首を傾げる。それもすぐにやめて机の模様を観察しだした。
「……これは……リベラが潰れるまで愚痴るのも納得だな……」
「また先生と何かしてたんですか? 意外と仲良いんですね」
「そこじゃねぇだろ……アーラ、お前勉強出来るのか?」
「成績自体は悪くないと聞いている。問題はその意欲の無さだ。大人になった自分が想像できないと、そうリベラに言ったそうだな」
「……面談内容は極秘事項とかにしてくれないんですかね」
夏休みが終わってすぐにあった進路希望調査を見て、担任は早急にアーラを呼び出した。何故ならば、適当に知っている学校名を書いたようなその紙に危機感を持ったからだ。偏差値もバラバラ、それどころかそもそもで受けられない学校まで書いていたそうだ。
数日前、突然呼び出されて連れていかれた居酒屋でビール片手に嘆くリベラの姿が鮮明に思い出される。アーラはアーラで、面談内容がこんな所にまで晒されていることに不快感を覚えた。
「偏差値がちょうどいいとか、家から近いとか、そういう理由でもいいからなんかないのか?」
「……せめて魔人でも入れる学校を書け。人学校を書いてたって聞いた時は耳を疑ったぞ」
「いやー、高校とか何があるのか知らなくて」
「だからってな……まぁちょうどいい。行きたい学校はないんだよな?」
「…………あります」
「今更嘘をついても遅い」
とてつもなく嫌な予感がして、アーラは咄嗟に嘘をつく。しかし、そんな足掻きをしても呼び出された時点で逃げられない。あの日、進路希望調査をふざけて書いたことを改めて後悔した。
「ここからが本題だ。まずは先の件、巻き込んでしまってすまなかった。そしてありがとう」
これまでの砕けた声色とは違い、明らかに真剣だと分かる雰囲気に2人は背筋をピンと伸ばす。仮にも目の前にいるのは陸を統べる龍。それを嫌でも実感した瞬間だ。
謝罪と感謝を述べ、マキナは小さく頭を下げる。姿勢良く立っている2人はそれをしっかりと見て言葉を受け入れた。肘をつき、手を組めばマキナの体は少し前屈みになり目つきが鋭くなる。
「君たちのおかげで問題は無事に解決した。とは言っても、メディアには一切出なかったから実感がないかもしれないな。これも全て君たちの協力があったからだ。
話は変わるが、ルプスは現在定職に就いていないそうだな」
「急に火の玉ストレートはやめて欲しいね。意外とそういうの効く
「ただの事実確認だ。他意はない。そして、アーラも進路に迷っていると。そこで2人に提案がある」
なんとなく今を生きている2人の現状をわざわざ確認し、提案とは……良くない匂いがプンプンするが、清々しいほど胡散臭い笑顔に2人は目を奪われていた。そして、薄い唇がそっと開く。
「うちで働かないか?」
「・・・・・・は?」
まるで1人の言葉のように発せられた、2人の間の抜けた声。呆気にとられたといった様子で、ポカンと口を開けた。どんな話がどう転んだらそんな発想になるのか、2人の頭の中には瞬時に色んな考察が飛び交う。そんな2人を見て、マキナは満足そうに笑った。隣で従者は再びため息をつく。
2人が何故こんなにも困惑しているのか。それは相手が龍族であることもあるが、魔人の間ではこんな噂が立っているからである。
「……オレらに、人間を殺せっていうのか」
違いというモノは、いつの時代も争いの種だった。
違いの大きさ≒争いの大きさ
どこかの討論者が言っていた。小さなすれ違いが痴話喧嘩に発展し、大きなすれ違いが戦争になる。すれ違った相手が多いか少ないか、権力があるかないか。そんなものはただのおまけにすぎない。後からついてきただけの事象だ。
「言っとくが、オレは社会問題に首をつっこむ気はないぞ。何千年も解決しなかったもんが、んな簡単に解決するとは思わない。悔いを残して死にたくはないからな」
「……君の言うことも一理ある。違いがあれば、争いが無くなることはない。ただ、それを当たり前とするのは違うのではないかと自分は思うんだ」
何十年、何百年、何千年……永遠と問題になるであろうことは多くある。その中でも、魔人にとって身近に感じる問題。それは"人魔差別"だ。
この世界には、人間がこの世を作り魔物はそれを邪魔するしか脳のない生き物だという人がいる。実際、名の知れた偉人のほとんどは人間だ。教科書にも、魔物が活躍した歴史は書かれていない。果たして本当にそれは正しい歴史なのか……そう疑問を唱える人もいる。
「魔人という呼び名も、ようやくこの時代になって定着してきた。魔物と呼ぶことで、我々は人ですらないとレッテルを貼られているようだったからな」
「呼び方なんてどうだっていい。というか、差別だってオレは気にしてない。逆にそういうこと言う奴はそこまでなんだって分かって、良い判断材料じゃねぇか」
「では、少しでも嫌な思いはしないと?」
「嫌な思いしないで生きてる奴がいるなら見てみてぇな」
よっぽど地雷だったのか、ルプスは怒りを露わにしながらマキナに吠えた。しかし、そんな噛みつきにも眉一つ動かさず、マキナは真っ直ぐ前を見る。そして、ずっと黙っているアーラに声をかけた。
「……アーラ、君はどう思う」
質問されたアーラはその時初めて考え始めた。顎に手を当て、視線を下に向ける。小さく「う〜ん……」という声が聞こえた後に、控えめに手を挙げて逆に質問した。
「1つ確認したいんですけど、龍が生き物を統べる第4勢力を作ろうとしているっていう噂は本当ですか?」
「っ! あなたっ、なんてことを……!!」
「メルム」
本人はただの事実確認のつもりだったのだろうが、とてもデリケートな話題だったらしい。メルムと呼ばれた従者が食ってかかろうとしたのをすかさず止めたマキナ。しかし、その顔は少し強ばっていた。
「龍が統べているのは、陸・海・空。つまり、自然を構成している3つの要素の魔力の所有権がある。そういう認識で間違いないですよね?」
「……あぁ」
「でも、魔力の所有権なんて人間にとっては何が脅威なのか分からない。魔人からは尊敬されても、人間からの支持は1ミリもない……に等しい。ある意味、世の中で1番人魔差別を感じるのは龍でしょうね」
「こちらの立場をご丁寧に説明してくれてドーモアリガトウ」
「どういたしまして。そんな問題を解決するために、人間社会に乱入しようとしている。こういう噂から、龍が第4勢力を作ろうとしているのではないかという結論に至ったわけです。そして、その過程で邪魔になる人間は殺している、と。この噂は知ってますか?」
「……もちろん」
「……では、この噂の真偽は?」
龍が覇権を握っているのは、あくまで魔力が関係していることだけだ。政治権力は一切ないと言っても過言ではないだろう。そうなれば、変な噂が立つのは当然。
極端に興味が薄いアーラの耳にも入ってくるくらいには、魔人の間で噂になっていた。だが、魔力で誰かが死んだなんて事例は少ない。対立している人間は多いはずなのに。そんな矛盾から、噂を完全に信じることは出来なかった。
だからこそ、今ここで本人に本当のことを聞こうと思ったのだ。2人に働くことを提案したこと、それに裏がないとは思えない。
アーラに嘘が通用しないことは嫌というほど分かっている。初対面があんなじゃ、生半可な魔法は効かないと証明したようなものだから。マキナは、2人の顔を交互に見て机の上に手を置いた。
「…………根も葉もない噂だ。我々は人間を殺すなどという恐ろしいことはしない」
「そうですか。では、ボク達を勧誘して何をしたいんですか?」
もっともな疑問だ。難しい立場にいる龍族が求める人材。それは子供やフリーターには荷が重すぎる。何か明確な目的があるからこそ、今こうして懇切丁寧に提案をされているのだろう。2人は黙ってマキナの本当の思惑を待った。
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