2-6 空想の夢

 魔人にとって、龍とは近いようで遠い存在である。芸能人と同じような感じだろうか……よく見るし、よく噂も聞く。しかし、本当の姿は何も分からない。でも、どこか分かったような気分になる。そんな感覚だ。

 

「……オレは、人間も魔人も……対等に暮らせる世界を創りたい」

 

 絞り出すように告げられた夢物語は、まるで現実から目を逸らしている子供のようで耳を疑った。とても龍族の当主から出たセリフとは思えない。だが、輝く瞳は嘘をついているようには見えなかった。

 しかし、マキナは自信がなさそうに下を向いてしまった。無謀なことを言っている自覚はあるのだろう。ならば、何故そんな夢を描いてしまったのか……

 

 2人が何も言えずに固まっていると、困ったような笑顔を作ったマキナが顔を上げた。

 

「…………絵空事を……と思っただろ?」

「いえ、とてもいい空想だと思います」

 

 この子は……空想という言葉の意味を分かって使っているのだろうか。もしそうならば、笑えないほどの嫌味だ。しかし、間髪入れずそう言ったアーラの雰囲気はバカにしているという感じではなかった。というよりも、ようやく目の前の相手に興味が湧いたようだ。

 淡々と事実確認をしていたため、現実主義的な部分があるのかと思っていたが、どうやらそんなこともないらしい。そういえば、初めに無茶な提案をした時も妙なところでやる気を出すような奴だと思った記憶がある。

 

「で、どうするんですか?」

「?」

「大切なのは、それをどう実現するかじゃありません。夢を夢のままにしておくか、絵空事だと笑うか、そんなくだらないことで悩む前に動くんですよ。なんとなくビビっときたことに向かって突き進む。止まるよりもよっぽど有意義です」

 

 嫌味やふざけていたアーラから出た言葉だとは思えない。まるでどこかの主人公のようなセリフだ。そして、つまらなさそうな顔はどこへやら、楽しそうに笑ったアーラが机に指を滑らせて1本の道を敷く。

 

「どんなことだって、初めはただの空想ですから」

 

 指が辿り着いた先にいたのは……

 

 端正な顔立ちを改めて見つめ、アーラは幼い笑顔を見せた。本当に興味の有無がハッキリしている子だ。しかし、ここまで良い顔を見せてくれるとは思わなかった。

 マキナはとても貴重なものを見た気がして優越感に浸る。そんな2人のやり取りを見ていた従者とルプスも、何故かやる気を引き出されてしまった。空想とは、実現するためにある言葉なのかもしれないなどと思えてしまうほどに。

 

「……もう一度聞きます。あなたはどうしたいですか?」

「! ……偉そうに言ってくれるな。それはもちろん……」

 

 

 

 ────────────空想を現実にする。

 

 

 

 

 .

 

 

 

 

 それから数ヶ月後のこと。いつ達成されるかも分からない目標を掲げた者たちは、龍の提案で学校に通うこととなった。それが私立クラヴィス総合魔法学校だ。

 

「んで、無事に入学できることになったわけだが……本当にただ学生生活を送るだけでいいのか?」

「あぁ、クラヴィスは人間が唯一魔法を学べる場所だ。魔力に臆せず、強い夢や憧れを持つ者が入学する。目標のためなら、自由自在に自分を変えられる者達がな」

「……自分を変えられる……だから、あんな実技試験を……」

 

 実技試験は、正直試験の域を超えていると思っていた。魔力に耐性をつけるための精神力を測る、それだけでなく体力や判断力、思考力、様々な分野でその素質を見極められていたと感じた。まぁ、試験とは本来そういうものなのだが……

 受験者のトラウマを掘り返し、再現する。幻なんかじゃない、本当に命の危機を感じた。あれに耐えられるのなんてほんのひと握りだ。でも逆に、柔軟に対応出来るスキルさえあればピンチをチャンスだと捉えることもできる。

 

 あれは、"耐性"ではなく"適性"を見る試験だったのだ。一見、世間様には公表出来ないような試験内容だと思っていたが、とても理にかなっているというか……説明をされれば納得出来る。

 

「まずは、同じ理想を持つ仲間が必要だ。クラヴィスなら、魔人や魔法を抵抗なく受け入れてくれる子が多い。同時に、こちらも人間のことを学んでいける」

「学校は小さな社会だって言うからな。手始めに学校から攻めていくか」

「……無理に理想を押し通すのは控えた方がいいです」

「なんでだ?」

「自分の考えが他人と被ってたらそれが嫌になる人もいますし、言われたら反発したくなる人もいますから。自分は他人とは違う、自分だけの唯一無二の理想だったのに、他人が先に提案するなんて……! みたいな感じで。それに、上下関係や伝統とか文化とか……色々気にする人もいますからね」

「んだそれ、めんどくせぇ……」

 

 ごもっとも。だが、アーラの言うこともよく分かる。人間の中で上か下か、他人か知り合いかっていうのは意外と重要な部分なのである。何も知らない相手の意見を素直に聞いてくれる可能性は低い。つまり、突っ走り過ぎないことが大事なのだ。

 眉をひそめたルプスはソファに座り、天井を見つめた。アーラは本棚にある本の背表紙を順番に撫でる。そこで複数の童話を見つけた。それは、普通の生活では目にすることのない童話の原作だ。

 

「……マキナ様、少しよろしいですか」

「? すまない少し席を外すぞ」

 

 本を手に取り、パラパラとページをめくっているとマキナが部屋を出て行った。暇になったのか、ルプスは立ち読みしているアーラに近づいて手元を覗き込んだ。そして首を傾げる。

 

「そういえば、お前の試験はどんな感じだったんだ? 戻ってくるのが遅いから心配してたんだぞ?」

「試験自体はさっさと終わらせました……多分」

「?」

 

 謎の返答にルプスはさらに首を傾げた。アーラは持っていた本を元に戻してソファに座る。つられるように横に座ったルプスは改めてアーラの顔を覗き込んだ。

 

「……変な……受験者がいたんです」

「変?」

「はい。ルプスさんは試験中に誰かに会いましたか?」

「いや、誰にも会ってないな。嫌なこと思い出したり、力試しみたいなことはさせられたが、受験者っぽいのは会ってない」

「ですよね。試験のために利用したあの魔法陣、見る限りとても複雑で古いモノだと思いました。総魔は龍が管理している学校でもあります。おそらく、あれは一般には公開されていない秘術的なモノなのでしょう」

 

 詠唱は、魔法を作動させるための一般的なモノだった。それなのにも関わらず、あの魔法陣はどんな文献にも載っていないモノ。体感的に、生き物の深層心理に触れそれを使って異空間に運ぶという類の魔法だと思った。

 それならば、あのあべこべの世界や人のトラウマを的確に再現できるのも納得だ。だが、あくまでそれは自分の頭の中にある知識でしか成り立たない。だから、あの空間で会ったことのない人物と遭遇するのは有り得ないはず。それなのに……

 

「あの魔術は、誰の魔力で動いていたんだ……」

「よく分かんねぇけど、なんか聞きたいことあるならマキナに聞いてみりゃいい。答えてくれるかは知らねぇけど」

「……それもそうですね」

 

 いつの間にか立ち上がっていたルプスは、机の上にあった学校案内を見ながら今後のことを想像していた。何年ぶりかの学校生活に少なからずワクワクしているのだろう。2人は、マキナ戻って来るまでの時間で未来の話を語り合った。

 

 

 

 

 .

 

 

 

 一方その頃、席を外した主従は少し歩いた先の廊下で立ち話をしていた。

 

「メルム、何かあったのか」

「それが……受験者の選考結果をまとめていたらしいのですが、少し不思議な人間がいまして」

 

 そう言うと、従者はタブレットの画面を見せてきた。そこには1人の受験者の情報が載っていた。そこに実技試験の結果も書いてあるのだが……何やら異例な事態が起こっているらしい。

 

「なるほど……こういう事例が過去になかったわけではない。それ自体は何も問題がないのだが……」

「それでは、こちらも問題ありませんか?」

「まだ何かあるのか……」

 

 過去に事例があったからと言って、非常に珍しいということに変わりはない。面倒くさいことになったと頭を抱えたくなった矢先に、すかさず従者は次の問題を突きつけた。それを見た瞬間、マキナは目を見開いた。

 

「これは……」

「マキナ様……あの子供は本当に大丈夫なのですか? あの魔術を跳ね除けられるのは……」

「分かっている。今回の試験、確認した方が良さそうだな。まぁ、それをするのは自分ではないが」

 

 確かに2人の受けた学校は龍も関わっている。しかし、それを統括しているのはマキナではない。すでに当主の座から下りた龍。面倒事は全て子供に押付けて自分はやりたい放題やっているあの人だ。

 そういえば、去年も試験官を驚かせた受験者がいたと聞いた気がする。良くも悪くも、規格外の人物が集まるのがあの学校の特徴なのかもしれない。あんな試験をしていれば当たり前か。

 

「陸奥 アーラ、水澄 トオル……か。止まることなど許されなさそうだ」

 

 空想が完全に現実になることなんてないのかもしれない。それでも生き物は夢を抱き、憧れを持つ。否定を障害物と捉え、肯定を道と定めるのだ。

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My First Magic 五十鈴 葉 @isuzu_yo

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