8話

 ポチッとボタンを押すと、ウィーンと音を立ててゲートが開く。その瞬間に飛んできたのは、石の破片のような鋭利な塊。

 

「!?」

 

 何も出来ずに目を見開いた灰の瞳の人とは違い、アーラは反射的に防御を張った。それと同時に、持っていたケースを引っ張って檻の中に放り込んだ。そして、さっさとゲートを閉じる。

 

「なっ…何が…」

「……次、いきましょうか。」

 

 腰が抜けたのか、そのまま後ろに尻もちをついた隣の人を見て、アーラは無表情で目を逸らした。檻の中では、床に散らばった餌を魔獣が貪り食っている。その食いつきっぷりは異常だ。

 そんなものには目もくれず、アーラはただ1人次の檻を開けようとしている。先程の光景を見たら、さすがにもう誰も手伝おうとはしなかった。それでもアーラは仕事を続ける。

 

 だが、そんな怖いもの知らずの子供でも、どうしても気になる部分があった。ピクリとも動かない眉の裏には、子供なりの考えがある。

 

(…おかしい。)

 

 獣は本来、自身に危害を加える可能性のある生き物を攻撃するという本能が備わっている。だからこそ、知性のないモノと接する時は、自分は害のない生き物だと証明する必要がある。

 できるだけ平常心で穏やかに…傷つける気などないことを身体や魔力で表現する。だから、アーラはただひたすらに無表情を貫いているのだ。

 

 しかし、目の前の魔獣はそんなことはお構いなしに攻撃してくる。これはアーラにも予想外であった。警戒されるのは仕方ないとして、あそこまで瞬時に攻撃してくる魔獣など野生ではまずいない。

 

(…あの世界樹モドキが関係してるのか?)

 

 ゲートを開け、防御を張りながら餌箱を放り投げる。そんなことを全ての檻にした後は、餌箱の回収をしなければいけないということに気がつき、心底面倒くさいと思った。

 

「…何、あの子。」

「どんな衝撃にも瞬き1つしないとは…」

「はは…変な奴だとは思ってたが、これほどとはな……どうする?ヤンキー君。まだ挑戦するか?」

「…くそっ…!」

 

 初めの衝撃ですっかり腰が抜けてしまった灰の瞳の人は、悔しそうに言葉を吐いた。背後では魔法のぶつかり合う恐ろしい音が聞こえる。そんな落ち着かない状況で、4人はとりあえず1つの場所に固まっておしゃべりを始めた。

 

「…あの子は一体何者なんだ。」

「君とは同室なんだよね?何か聞いてない?」

「オレらが話したのは、名前くらいだ。あとは中3で金に困ってるっつー話だけだな。」

「中3か…ほんとにガキじゃねぇか。」

「それであの肝の据わりようか。将来有望ってやつ?」

 

 くたびれた顔の大人たちは、どうしてこうも子供を見ると自分の姿と重ねてしまうのだろうか。自分があの歳の頃は何をしていたかなんて、無意識に考えてしまっていた。

 

「…なぁ、あのガキの名前はなんて言うんだ?」

「アーラだ。苗字は忘れた。」

「そうか。」

 

 子供の名前を聞いて、3人は何の変哲もない普通の名だと思った。そして、この会話から、中年があることを思いついたようだ。おずおずと手を挙げて口を開いた。

 

「あ、あの…」

「ん?どうした、おっさん。」

「えっと…そういえば、ワタシたち自己紹介してなかったなって…せっかくだから、名前くらい明かさない?」

「…いいぜ。オレはアークだ。一色イッシキ アーク。よろしくな。」

山王サンノウ ルプス、ほどほどによろしくー。」

 

 バイト期間は1週間。これから毎日顔を合わせなければいけないのに、名前も知らないのでは不便だろう。そう思って、3人は中年の提案を受け入れた。

 しかし、2人が名乗ったところで流れが止まる。少しの沈黙でも気まずいのか、中年が困ったように眉を下げながら、言い出しっぺの責任をとった。

 

「………あ、ワタシは一路イチジ ミセリア。よろしくお願いします。」

「え〜…これアタシも言う流れ?」

「言いたくないなら、なんて呼べばいいか指定してくれよ。偽名でもいいからさ。」

「そんなこと言われたら本名言いたくなるよね。アタシは暗涙アンルイ モルス。呼び方はお好きにどーぞ。」

 

 灰の瞳の持ち主はアーク。常に困っている中年はミセリア。眠りを誘う雰囲気を放つのはモルス。そして、フリーターのルプスと中学生のアーラ。

 この5人が、今回のバイトメンバーだ。募集要項を満たしているのなら、全員それなりの手練の魔人。魔法の知識もそれなりにあるだろう。ならば、この仕事を遂行することは不可能ではない。

 

 そのことに、アーラだけは気がついていた。

 

「…皆さん、今日の仕事は終わりましたよ。」

「おー、お疲れさん。怪我とかしてねぇか?」

「はい。」

 

 おまけのようにアーラの体を心配するルプス。問題ないことを伝えたアーラは、珍しく他人の顔を見て何か考え込んでいる。そして、4人の先にある世界樹モドキに視線を移した。

 それにつられて4人も異様な雰囲気を放つソレを見た。やはり、現実の物とは思えないほど輝いている世界樹モドキはこの仕事最大の秘密だと言えよう。

 

「…なぁ、あれって本物だと思うか?」

「そんなわけないでしょ。世界樹は陸海空を統べる龍たちによって管理されてる。ソレがどこにあるのか、本当に存在しているのかさえも一般人は分からない。今や都市伝説みたいなもの。」

「そ、そうだよね。それに、世界樹がこんな島国にあるわけない。あるとしたら、陸続きの大陸だろうって一説があるくらいだし。」

「世界樹は地球を支える重要な魔力の母だ。地脈を通して、魔力を送り、自然を作ってる。心臓と血管みたいなもんなんだろ?」

 

 この地球には、膨大な魔力が流れている。その魔力を糧として木々は育ち、海が保たれ、空が輝く。また、世界樹は自然の生命力から魔力を生成しているともされている。

 つまり、地球と世界樹は持ちつ持たれつの関係ということだ。それを生き物の身勝手で利用するとどうなるのか…かつては、世界樹を巡った争いもあったらしい。だから、世界樹は龍によって隠され、守られてきた。

 

「…ということは、人工物ってことですね。」

「あれが人工物?いくら大企業だからって、そこまでの技術は…」

「ないとは言いきれないね。しかも、ここに来るまでの道中、相当なセキュリティがあった。加えてこれは裏バイトだからね、世間様には公表できない何かがある。」

「まぁ、そんなことな百も承知だろ?ここにいる全員さ。裏バイトはシンプルに危険か、犯罪の片棒を担がされるか…あとは幽霊オカルト…何でもありだ。」

「まるでプロかのような言い方だな。」

 

 義務教育を終えてから、ただひたすらにスリルを追い求めてきたルプスは「まぁな。」と笑った。もうダメかと思った時に足掻くあの絶体絶命のピンチがなんとも癖になる。それを喜びと捉えるのは、はたして世界に何人いるだろうか。

 裏バイトとはどんなものなのか、それぞれが想像を膨らませていると、アーラはゆっくり世界樹モドキの方へ歩いて行った。そして、堀の中の水に触れた。

 

 その行動を静かに見つめていた4人は、なんとなくアーラについて行った。5人の顔が水面に映る時、あることに気がついた。そのまま、濡れた手をペロッと舐めてみる。

 

「!おい!汚ぇかもしれねぇだろ!喉乾いてるなら…」

「…失礼な人ですね。舐めてみれば分かりますよ。」

「は?」

「しょっぱ!」

「躊躇ないな…」

 

 手を舐めたアーラを叱るアークと、提案をすぐに受け入れて水を舐めるモルス。それを見て少し引くルプスとミセリアだったが、モルスの言葉に引っかかった。

 

「しょっぱい?水が?」

「触れた時の浮力とこの塩分は、海水と酷似しています。それに、アレが見えますか?」

 

 そう言うと、アーラは世界樹モドキの根元の方を指さした。少し距離はあるが、見えなくはない。4人が目を細めて指をさされた場所に注目するが、イマイチ何を見せたいのかが分からない。

 

「アレ、多分本物の土です。あそこだけは地面と繋がってるんでしょう。そして、電気だと思っていたこの光は、恐らく集光器を利用した太陽光。」

「なんでそんなことが分かるんだ?」

「皆さんも魔力探知してみれば分かりますよ。現代の科学では、人工物にあれだけの魔力を宿すのは不可能です。

 ですが、この部屋は妙な魔力の流れを感じる。あの世界樹モドキのせいかと思ってましたが、どうも違うみたいなので。」

 

 魔力探知とは、その名の通りどこにどんな魔力が流れているかなどを知ることの出来る魔法の初歩中の初歩。慣れてしまえば、相手の魔力量や細かい違和感に気づくことが出来る。

 ここにいる人たちなら、そんなことは簡単に出来るだろうとアーラは判断し、少しだけ協力してもらうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る