4話

 ここに来て、生徒の様子もおかしくなった。何が何だか理解出来ない教師は、ため息をついて背もたれに体を預けた。

 

「俺にはもう分からん!2人で好きに話せばいい。」

「拗ねるなって、ちゃんと説明してやるからさ。目の前にいる魔人の恐ろしさをな。」

 

 元から表情のあまり変わらないアーラだが、この時は少し焦っているような嫌悪感のようなものを感じた。生徒のそんな様子に、リベラは何か大変なことが起きていることだけは理解できた。

 

「まず初めに、君は素晴らしい魔力を持っている。量も質も、常識とは外れている。そして、それを操る技術も素晴らしい。」

「…どーも。」

「昨夜話した精神操作系の魔法を使っていたという話、あの時君は当たり前のようにそれを否定した。そして、魔法が得意かと言う問い、それも同じく否定した。

 この2つの質問の際、自分は同じ嘘を暴く魔法を使っていた。どちらも答えは、"嘘ではない"という結果だ。しかし、結果は同じだが何か妙な違和感を感じた。」

 

 嘘を暴く魔法。

 相手の魔力の動きを正確に分析して、嘘をつく時特有の乱れを検知する魔法だ。その精度は、使い手の魔力操作の精度と比例する。

 

 その使用者は、陸の魔力を操れるとされている龍。確かめなくても分かる。手練のオーラが、その言葉の信憑性を高めた。

 

「安心して欲しい。あの微かな乱れは、自分ほどのレベルの魔法使いでないと分からない。それほど微妙な違和感だった。」

「それがさっきのと何か関係があるのか?」

「さっきの魔法は、対象者が魔法を使った時に作動するんだ。つまり、あの瞬間君は魔法を使った。だが…」

 

 饒舌に語っていたマキナだが、急に神妙な面持ちになり黙り込んでしまった。口元に手を当てて、目を細める。綺麗な長髪が肩からスルリと落ちた。

 

「…アーラ、君はあの時どんな魔法を使ったんだ。」

「分からなかったんですか?」

「……。」

「てっきり分かっているのかと。」

「おいおい、煽るな。」

 

 悔しそうな顔をしているマキナに、アーラは驚いたように話しかける。しかし、隠し切ることの出来ないニヤけが漏れていた。龍相手に煽るなんて、さすがの性格をしているとリベラは思った。

 リベラが注意すると、煽るのに飽きたのかアーラはまたいつもの無表情に戻った。そして、顎に手を当てたかと思ったら、眉をひそめて「うーん…」と唸り出す。

 

「マキナさん、あなた本当に知りたいと思ってますか?」

「…それは、どういう意味かな?」

「ただ教えてもらうよりも、自分で暴く方が好きなタイプだと思っていたので。」

「あー、確かにそれは一理ある。」

 

 今までの言動、なんとなくの雰囲気で相手の性格を言い当てたアーラは、心底不思議そうに首を傾げた。対して、真意を見透かされたマキナは、それが気に食わなかったのか頬を少し膨らませて拗ねた。

 

「まぁ、聞かれても答えませんけど。」

「なっ…!…最初から話す気なかったのか?それならそうと…」

「あと、さっきの裏バイトってやつ…やってもいいですよ。もちろん、報酬はボクがもらえるんですよね。」

「……あぁ、無事に仕事ができればな。」

 

 2人で好きに話せばいいと言ったが、さすがにこれは許可出来ない。そう判断したリベラが、2人の視線が交わる所にスっと自身の手を差し込んだ。そして、そのままアーラの目を覆う。

 

「そこまでだ。あとは俺を通してもらうぞ。」

「…過保護な教師だ。本人が良いと言っているのだから、別に問題は無いだろう?」

「大アリだ!お前が認めるほどの実力があっても、コイツはまだ中学生。義務教育も終わってない子供にそんな怪しいことさせられるわけないだろ!大体、保護者の許可だって…」

「先生、なんで馬鹿正直に本当のこと話す前提なの?適当に誤魔化しておけば大丈夫だって。」

「あのなぁ…簡単に嘘をつくんじゃない。それに、俺はもう事実を聞いたぞ?今さらどうやって誤魔化すんだ。」

 

 リベラの手を退けたアーラは、軽い口調でそう言った。しかし、それが通用するのはこの場にいない者だけだ。そんなことは分かっている。すると、マキナとアーラは再び目を合わせて、怪しく笑った。

 

「……記憶を消す魔法ってのがあってだな。」

「おい、まさかその魔法使おうとしてないよな。いくら俺でも、魔法で記憶をいじられるのは気味が悪い。」

「じゃあ、大人しく誤魔化されてくれるしかないな。」

 

 リベラの長年の勘が告げていた。マキナのこの笑顔には、逆らってはいけない。絶対にだ。逆らったら最後、1番最悪な方法で処理される。

「ぐぬぬ…」と苦虫を噛み潰したような顔で、リベラはマキナを睨みつけた。そんなことには興味が無いのか、アーラは足をブラブラとさせている。

 

「どうする?記憶を消して欲しいなら、完璧にやってみせるが。」

「俺に魔法の知識がないからって、ナメんなよ。そういう頭いじる系の魔法は絶対にろくなもんじゃねえんだよ。」

「よく知ってるじゃないか。」

 

 精神操作の魔法と同様に、記憶を消す魔法も高度な魔法とされている。その理由は、どちらの魔法も脳に直結し、少しでも間違えると大変なことになる繊細な技術が必要になるからである。

 それに、いくら相手が手練の魔法使いであっても自身の記憶を改竄かいざんされるのはいい気がしない。

 

「……条件がある。」

「なんだ?」

「命の保証はしろ。ついでに、五体満足で心身ともに健康な状態で返すこと。犯罪の片棒を担がせるなんて、言語道断だ。」

「…随分と要求が多いな。」

「絶対に譲れないラインだ。コイツがお前に協力すると言っている以上、これだけは大人として保証してやるべきだろう。」

 

 教師として、大人として…子供の未来を邪魔するようなキズは負って欲しくない。最低限、本人の意思を尊重した上での妥協案だ。

 そんな話をしている間も、アーラは興味無さげに天井を見上げている。そして、リベラのその真剣な顔を見たマキナは初めと同じように微笑んだ。

 

「分かった。君の生徒は必ず無事に返すよ。こちらとしても、子供の未来を壊すような真似はしたくない。安心してくれ。」

「…頼んだぞ。」

「と、いうことで…正式契約といこうか。」

 

 そう言うと、マキナは指を鳴らした。すると、空中に1枚の紙が出現する。それはヒラヒラと宙を舞って、アーラの目の前に来た。そして、机の上にペンが置かれる。

 

「今の話を踏まえた、平等な契約書だ。それでそちらの命は保証するし、発生した金品は全てそちらの得になるように処理できる。そして、こちらが要求するのはただ1つ。」

 

 契約書を手に取って、その内容を隅から隅まで読んでいたアーラ。当然下を向いていたその顔が、無理やり上に向けられた。細くて綺麗なマキナの指がアーラの顎をつかみ、自身の目を見るようにと強制している。

 突然近づいてきた龍に、アーラはその表情を一切変えない。それどころか、まじまじとその顔を観察している。

 

「アーラ、君の底知れない魔力だ。」

「そうですか。……あの、契約書読んでたんですけど。邪魔しないでもらえます?」

「え?あ、あぁ…すまない。」

「いえ、別に大丈夫です。」

 

 そう言って、顔から手が離れた瞬間にアーラは再び視線を落とした。その横でリベラは笑うのを堪えている。見事にフラれたマキナはというと、少し恥ずかしそうにソファに座り直した。

 

「……よし、それじゃあ契約成立です。」

「ふはっ!お前マジか!」

「?」

「…気にしなくていい。じゃあ、こちらから求人に応募しておこう。個人情報は適当に捏造するから、合わせてくれるかな?」

「分かりました。詳細が決定したら先生にでも渡しておいてください。確認しておきます。」

 

 サラリと契約書に自身の名前を書いて、アーラは立ち上がった。動く度に揺れる魔法石が、少しだけ光った気がする。しかし、それを聞く前に「それでは。」と言ってアーラは部屋を出てしまっていた。

 

「…リベラ、アーラとは一体何者だ?」

「教えてもらうよりも、暴く方が好きなんだろ?いつもの探偵ごっこでもすればいい。」

「ごっことは失礼な。れっきとした趣味だ。」

「じゃあごっこで十分だろ。それに、生徒の個人情報は教えられない。部外者にはな。」

 

 "部外者"という突き放した表現をわざと使い、これ以上面倒事に巻き込むなと遠回しに伝えた。それを理解したのかしてないのか、龍は静かにその眼光を光らせる。

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