5話

 契約が成立した数週間後。

 セミが土の中から顔を出し、季節の訪れの鐘を鳴らす。寝苦しさを感じる一夜のこと。

 

 山の上にある豪勢な作りの日本家屋で、家主は万年筆片手に頭を抱えていた。そこに、ノックをして扉を開ける従者が1人。

 

「失礼いたします。」

「…その後の進捗は。」

「申し訳ありません、お伝えできるようなことは何も…」

「……そうか。」

 

 月の光が差し込む書斎に、2人の声はよく響く。困ったように眉を八の字にする従者は、主人の次の言葉を大人しく待つ。しかし、主人は下を向いたまま何も言おうとはしない。

 

「…あの、失礼ですが…マキナ様があの方をお気になされる理由は…」

「……陸奥みちのく アーラ。人魔共学の公立中学に通う3年生。一戸建てに両親と3人暮らし、祖父母はすでに他界している。」

「?」

「普通すぎるとは思わないか?」

「え、えぇ…そうですね。なんら問題のない一般人だと思います。」

「…何故だ。あの魔力…魔法操作技術…絶対に何かある。なのに何故…」

 

 数週間、あの生徒について調べた記録が机の上に散らばっている。1番上にあった紙をグシャッと握りつぶすと、同じようにマキナは顔を歪めた。

 そんな主人の様子がどうにも理解出来なくて、従者はオロオロするばかり。だが、一つだけ分かったことがあった。モノクルのガラスからキラリと光る眼光が主人を捉えた。

 

「今回のユタカグループへの潜入調査、そのアーラという方に協力していただくんですよね?そのための身辺調査だとお伺いしていましたが……やはり、それだけではないのですね?」

「あ、いや…!これは違うんだ!飼い犬に寝首をかかれるのはゴメンだからな、アイツが信用に足る人物なのかどうかを……」

「ワタクシ、常々申しておりますよね?何を企んでいようと咎めませんが、嘘をついて組織を動かすのはやめていただきたいと。」

「…はい。」

 

 どんな無理難題だろうと、主人のために全て成し遂げる従者。しかし、それは確かな信頼があるが故…つまらない嘘を何よりも嫌う従者に、主人は「すまない。」と頭を下げた。

 

「あ…!いえ…頭を下げていただくほどのことでは…」

「いや、落ち度があったのはオレだ。…お前には本当のことを話そう。まず、オレがアイツと初めて会った時からだ……」

 

 そうして、主人は子供と出会った運命の日について話し出す。後日、契約の話を持ち出すために呼び出した時のことも、全て。

 それを真面目に聞く従者は、相変わらず自分の主人はとんでもないことをしていると思った。良くも悪くも、陸を統べる者としての自覚があるというかないというか…

 

「_______________と、いうことで今回の作戦に加わってもらうことになったんだ。」

「…それはまた…不思議な方ですね。しかし、そこまでの能力を持つならば、定期検診で何か言われるはずですが…」

「人魔共学の学校では、半年に1回の魔力検査が義務化されている。検査結果を調べたが、数値は全て平均的だ。」

「ですが、マキナ様の見立てではそんなはずはないと…そういうことですよね?」

 

 その問いに、主人は「あぁ…」と小さく声を漏らした。ここまでの話を聞いて、従者も少しだけ対象に興味を持ったらしい。自分の手に持っていた資料にもう一度目を通した。

 

「大丈夫なんですか?そんな得体の知れない魔人に協力してもらうなんて…」

「仕方がないだろう。それなりの実力を持つ者で、かつ精神操作系の魔法が使える。そして、ユタカグループに顔が割れていない一般人なんて、他にいるわけがない。」

「確かに、今回の作戦には適任だと思います。貧困層の子供、という設定は相手を油断させるにはもってこいです。魔力操作をできる魔人という点は、募集要項にも当てはまりますしね。」

 

 金に困っている魔人が、魔力を秘密裏に売るということは珍しくない話だ。裏バイトは、特に社会から認められていない非公式な仕事。働くことの出来ない子供は絶好のカモであり、紛れ込むのには最適なのだ。

 

 そう、最適…あまりにも最適すぎて疑いたくなるほどに。

 このタイミングで、知り合いの学校の生徒である隠れた実力者に出会う。そんな偶然が、果たして起こるのだろうか。

 

「…マキナ様、あなたのお気持ちはよく分かります。ですが、今は見逃せない問題から解決していきましょう。」

「分かっている。ユタカグループの動きは?」

「目立った変化はありません。魔獣捕獲の動きは少し治まってきましたが、その生死は不明のままです。」

 

 大手自動車メーカーのユタカグループは、国内だけではなく海外にも高いシェア率を誇っている。しかし、世界的に見れば、ユタカグループは魔力自動車の開発という面で1歩出遅れている。

 その遅れを取り戻すかのように、研究を進めているということを世間に公表している。だが、ここ最近ユタカグループが保有している土地の魔力が不審なのだ。それと同時に、魔獣の不正捕獲が発見された。

 

「ユタカグループは、魔獣保護活動に多大なる貢献をしています。たとえ今回の捕獲を追求した所で、保護目的だと言い訳されるのは目に見えていますよね…」

「あぁ…地脈の変化も問題にできるほどではない。不審な点はあるが、それを攻める手段がないのが現状。」

「だからこそ、今回の潜入で決定的な証拠が掴めると良いですね。」

 

 龍の偵察力はどんな国家機関よりも優秀で、隠し事など不可能に等しいとされている。しかし、相手が真っ黒でないのならば、それを咎めることは難しい。当たり前だ。

 一気に攻めるのなら、潜入調査しかない。そう思って、再び机の上にある資料に目を落とす。すると、どこから入ってきたのだろうか、黒い体毛に紫の瞳を持つ獣が視界に入ってきた。

 

「…久しぶりだな。」

「クルルルル_______________」

 

 容赦なく資料を踏むその生物は、額に希少な魔法石を持つ魔獣"カーバンクル"だ。洗練された魔力を持つモノの前にだけ現れるという珍しい魔物。

 額の魔法石を狙った狩人達によって乱獲され、今は捕獲禁止の絶滅危惧種として指定されている。魔力を主食とするカーバンクルは、上質な魔力を持ち、命の危険のない龍の元へとよく現れるのだ。

 

「こら、マキナ様のお邪魔でしょう。」

「別にいい。そんなことより、コレをリベラに届けてくれ。」

「かしこまりました。」

「それと、裏バイトの応募期間が終わったら参加者のリストを作っておいてくれ。気になる奴がいたら好きに調べていい。」

「かしこまりました、伝えておきます。」

 

 机の上に座り込み、主人に撫でられる度に喉を鳴らす魔獣。モフモフを堪能しながら、主人は適当に指示を出した。従者はその指示を承諾し、頭を下げた。

 一言「頼んだ。」と言った主人は、魔獣の額にある魔法石を見つめた。

 

 カーバンクルの額の魔法石は、命と同じ。

 

 魔力を持つモノにとって、魔力は生命力。魔力がなくなれば死に至る。つまり、体の中で魔力を生成してその命を維持していることになる。

 その生成方法は個体によって異なるのだが、このカーバンクルという魔獣は額の魔法石から魔力を吸収している。そのため、魔法石がなくなれば魔力を体内に維持することが出来なくなるのだ。

 

 だから、カーバンクルの額の魔法石は命と同等とされている。それ故に、カーバンクル…というか、魔法石の乱獲という過去が生まれた。

 

(いつの時代も…知性の使い方には悩まされるものなのだな…)

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