My First Magic

五十鈴 葉

1章 歪んだバイト

1-1 生き神

 19××年

 

 世界の工業化が進み、科学技術の発展が著しい世の中。

 人間同士の交流が盛んになる一方で、人間の皮を借りた魔物達は、北の方にある大地で慎ましやかに暮らしていた。

 

「────♪ 魂は地へ、真実は海へ、願いは空へ……」

 

 魔物の街の中心を彩る城のような建物の大広間。そこで灰色の髪を揺らしながら歌い踊る魔物が1人。軽やかなステップと豊かなリズムが世界を繋ぐように輝く。

 その歌声はとても美しく、頭から生える角とは対照的であった。ステンドグラスから降り注ぐ色とりどりな光が、まるでスポットライトのようにその魔物を照らす。観客など誰もいないのに。

 

「────♪ 未来を望め、一条の光よ……」

 

 クルクル回って、光へ手を伸ばしたその時だった……

 光っていたはずの空が急に顔を隠して、大広間が暗くなる。途端に不穏な空気が流れ、それは魔物の肩に重くのしかかった。

 

 そして、耳を劈くような轟音と共に大広間が半壊し、残酷なまでの現実を突きつけてくる。

 その現実から分かったことは、なんの前触れもなく壊れたと思っていた建物は壊れるべくして壊れていたということ。

 

「……魔王様、もう十分でしょう」


 声をかけてきたのは、半壊した大広間に佇む1匹の龍。その龍の鱗には、所々何かの破片が突き刺さり、流血している箇所がある。言わずもがな、大広間半壊の理由はこの龍にあるのだろう。

 しかし、理由はそれだけに留まらない。魔王と呼ばれたその魔物の瞳が映した現実は、赤黒く染まった空がよく表していた。

 

 街からは炎が上がり、煙が空を覆い尽くす。低く唸るような音と、人の声であろう言葉達。

 それはステージなどではない。明らかな争いの証だった。小さな耳に付けられた魔法石の耳飾りにも、それははっきりと映る。魔王はダランと腕を下ろし、大きな龍を見上げた。何も言わずに、ただじっと。

 

「街にいた魔物は全滅、あたりは一面焼け野原と化しています。人間は魔王を出せと終始騒いでおります。あなたの居場所がバレるのも時間の問題でしょう……」

「そうか」

「っ!! 何故あなたはそんなに……!! 大体、先に手を出してきたのは人間の方ではありませんか!! 我らが何をしたって言うんですか!?

 人間を喰らうどころか、傷つけもしない! それでも魔物が怖いと言うから、生活を別にし、このような土地で暮らしてきた! 魔獣の管理も、わざわざ異国の地に足を運んでまで行ってきた! それなのに、人間はあれは嫌だこれはやめろだの要求ばかり!!」

 

 涼しい表情で龍の報告に相槌を打った魔王に、龍は怒りを爆発させる。巨体から繰り出される咆哮は、地面がひび割れるほどに強力だった。

 それでも、魔王は瞬き1つすらしない。

 

「……魔法技術と魔力の提供、それさえすれば、人間は魔物を受け入れると言っているんです。人間と魔物が一緒に生きていく理想郷……あなたが望んだ未来が、すぐそこにあるというのに……! あなたは何故それを拒むのですか!!」

 

 それは切実な願いだった。

 決して争うことはなく、従順に……誠実に接していれば、いつかは分かり合える日が来ると思っていた。言葉を交わせれば、姿形を変えれば、生活を共にするまでは出来なくても、攻撃されることはないと思っていたのに……

 

「……陸を統べる龍よ、アレが見えるか?」

「えぇ、あなたよりは」

 

 龍の叫びを無視して、魔王は燃え盛る街を指さした。そして、ふざけた質問をしてくる魔王に対して、龍は嫌味たっぷりに返答する。それに反応することもなく、魔王は言葉を続けた。

 

「アレは銃というらしい。鉛の玉を相手にぶつけて攻撃をする。人間が生み出した武器だ。それだけじゃない。人間は、夜でも明るく光る電気なるものを発明し、今では鉄の塊が自由に動き回るらしい。魔力なしでだぞ!

 全て人間が一から発見し、研究し、生み出した奇跡だ! 証明出来る奇跡……魔法とはまるで違う……君はそれをなんと呼ぶのか知っているか?」

「……"科学"でしょう。そんなことよりも……」

「では、その科学は何故生まれてきた。

 夜に明かりを灯すことも、鉄塊を動かし、陸や空を飛び回ることだって、我らは何千年も前から出来た。当たり前のようにその仕組みさえ知らず、知りたいとも思わなかった。しかし、人間は違うのだ。

 知らないモノを知りたいと、恐ろしいモノを恐ろしいままには出来ないと、人間はそうして生きてきた。知りたいという"欲"がなければ、人間がここまでの力をつけることはなかった」

 

 その瞬間──────────

 

 魔王の足元から見たこともないような空間が広がった。

 それは、どうしようもなく目を引く巨木を中心に様々な草木が生い茂る楽園のような場所。共生するはずのない植物が互いに根を張り、おびただしい量の魔力が流れている。

 龍はその景色から目が離せず、自分の実体がここにあるのかどうかすらも分からなかった。しかし、変わらぬ表情のままの魔王が美しく舞っているのだけは見える。

 

「あははっ! 驚いただろう? これはまだ誰にも見せていない、ワタシだけの世界。"世界樹"と名付けたこの巨木には、その名の通り世界を支える力がある」

 

 足元をカーバンクルが駆けていく。そこで初めて、龍は自分と同じ存在があと2つここにいることに気がついた。

 魔王は、自らが作ったこの空間に信頼のおける3匹の龍の魂を招待したのだ。

 

「陸・海・空を統べる3つの龍よ、人間と魔物の……いや、あの世界で神となれ」

 

 ──────は?

 

 出したはずの声が出ない。

 ここは魔王の世界……争いに溢れたあの世界とは違う、魔王自身が望んだ世界。肯定や否定などは関係ないのだろう。ここでは、魔王が絶対なのだ。あちらの世界とは違って。

 

 ここが……魔王の望んだ理想郷……

 

 「ある人間は、生き物の繁殖本能を"義務"ではなく"権利"だと言った。愛する者と結ばれ、その結果が子孫繁栄なのだと。種を残すことなど、愛ゆえの副産物に過ぎない……そう、あの人は言ったのだ」

 

 その時、龍の頭の中に流れ込んできた謎の暖かさ。それはなんだか、懐かしいような……そんな感じがした。その暖かさが消えてしまうのは、何がなんでも嫌だと考えた。

 

「同胞を殺され、意味もなく迫害され、どう思った? 悲しみや苦しみ、相手を憎んだり恨んだり……違うだろ? 我ら魔物は、ただ生きる場所が必要だから交渉をしていただけ。争いはただ労力を使うだけの無価値なモノだ。だから争わなかった。

 ……貴様らは1度でも思ったか? 人間と共生していきたいと。相手のことをもっと知りたいと……!!」

 

 そうだ。

 人間との共生を望んでいたのは、魔王だけだった。誰もが、ただ今日を生きていければいいと……そう考えるだけだった。ただ毎日、望みを口にしていたのは魔王だけだ……

 

「ワタシは知ってしまったのだ……人間の持つ"欲望"というモノを。夢や希望、そんなモノを抱き、心が貧しくなろうとも懸命に生きている人間達を……とても、美しいと思った……」

 

 涙というものを流し、声を荒らげる魔王を龍は初めて見た。欲をぶちまけるその姿は、まるで……

 

 ──────本物の、人間のようだ……

 

「貴様らにも知って欲しい。"欲望"というモノの素晴らしさを……そして、共に歩んで行って欲しいのだ。それがどんな結末になろうとも、生き物のあるべき姿でいて欲しい。

 自然の管理は貴様らに任せた。ワタシは、貴様らが平穏無事に過ごせるよう、時間と空間を管理する。そこで新たな世界でも作ってみるかな」

 

 また何か変なことを言い出した……龍はそう思ってため息をついた。しかし、その顔は真剣で冗談を言っているようには見えない。

 そもそも、いつだって魔王の言うことを理解できたことはない。今回もいくら考えたって無駄だろう。結局、龍には従う以外の選択肢がなかった。

 

「人間にとって神とは、世界を創造し、人々を見境なく導くモノを言うらしい。役割はそれだけではない。貴様らも人間から学び、気づきを得るのだ。そうすれば必ず、自身の存在意義が分かる。

 奇跡を作った人間が盲信する神だ。それと名だけでも同じ存在になれば、少しでも魔物を受け入れてくれるだろう。

 同じ空気を吸い、同じ飯を食べ、同じ時を過ごす。少しずつで良い。進化なくして今はない。相手を知りたいと望め、助けたいと願え」

 

 魔王が片手を上に伸ばせば、そこに1羽の青い鳥がとまる。何の変哲もないその鳥は、不思議そうな顔で辺りを見渡した。そして、その鳥を魔王は大層気に入った様子で撫でる。

 

「ステージは用意した。あとはそこに立ち、歌い続けるのだ。大丈夫、生き物は皆、歌が好きだと決まっているからな。歌を嫌う者がいれば、それは自ら心を捨ててしまった者だ。そういう時は優しく拾って、返してやるといい」

 

 まともに話していたと思ったら、また変なことを言い出した。龍は懲りずにまたその言葉を理解しようとする。それがまた魔王は気に入っているらしい。いつもと同じ笑顔で、龍に笑いかけた。

 

「諸君らの健闘を祈る。もし神が道に迷うことがあれば、耳を澄ませるのだ。ワタシはいつでも、ここで歌っているぞ」

 

 最初から最後まで何を言っているのか分からない。

 もう一度初めから、よく分かるように……まだ何も分からないのに……


 ───────このまま、あなたの声が聞けなくなるなんて……


 "欲望"なんて知らない。そのはずだったのに、無性に叫びたくてたまらない。

 何故あなたはそんな顔をして笑うのか、この世界を生み出した理由はなんなのか、本当に伝えたかったことはなんなのか。

 聞きたいことが、話したいことがたくさんある。それなのに、こちらの声は届かない。

 

「────♪ 望み、願ったそれこそが……きっと……」

 

 片方の耳飾りはカーバンクルへ、そしてもう片方の耳飾りは青い鳥へ。

 それを咥えたカーバンクルは巨木の方へと駆けていく。だが、青い鳥の方はその行動の意味が分かっていないのか首を傾げるだけ。それを見兼ねた魔王が青い鳥と耳飾りを両手で包み込む。

 

「────♪ きっと……本当のMy First Magic」

 

 刹那──────────

 

 世界は光に包まれ、その場にあった何もかもが空間に消えていく。皮肉にも、初めて芽生えた龍の"欲望"は叶わなかった。それを教えた本人が今はまだ、叶えることを許さなかった。

 

 

 

 

 .

 

 

 

 

「……繋げておくれ、ワタシの"翼"」

 

 幻想の世界に取り残された一人ぼっちの魔王。

 その手の中には、青く綺麗な……でも、とても小さな卵があった。

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