1-11 事件勃発
バイト2日目──────────
昨日と変わらず1人で仕事をこなし、自由時間に曲でも書こうと思っていると、餌箱を持っている手を誰かに制止された。反射的にその手の主を見る。
「今日は……オレもやる」
「……そう言って、昨日は腰抜かしてましたよね」
少し意地悪をしてみると、途端に顔を歪めるアーク。しかし、すぐに声を上げることはせず、グッと言葉を飲み込んだ。それが意外だったのか、アーラは目を丸くした。
「……なんだって、経験だ。魔獣とやり合うなんて、本当は恐ろしくて今すぐにでも逃げ出してぇ……けどよ、この経験も何かの役に立つかもしれねぇ! だからアーラ、頼む! オレにやり方を教えてくれ!」
「はぁ……別にいいですけど」
当初の予定では、さっさと仕事を終わらせて監視の死角を探そうと思っていた。そのため、できるだけ使える人材は温存しておきたいところなんだが……
ここまで真っ直ぐな瞳で見つめられたら、さすがのアーラでも無碍にすることは出来ないようだ。困惑した表情をしながらも、圧に負けて提案を承諾してしまった。それを聞いて、控え目にガッツポーズするアーク。
(とは言っても……)
「つっても、具体的にはどうすんだ?」
「ルプス……それは、アーラがなんか……」
「結局そうなるんじゃねぇか。第一、オレはお前が魔獣の前で落ち着いて魔法が使えるとは思わない。」
「なぁに? 今日はやけに突っかかるね。喧嘩したいの?」
「それなら手を出した方が早いだろ」
「それもそうだ」
何かを教えるなんてしたことないアーラが顎に手を当てて悩んでいると、肩に誰かの肘が乗った。それが誰かなんて確認などするまでもなく、上から声が聞こえてくる。
しかし、その声はなにやら違和感がある。その違和感が分かる前に、ルプスとアークが睨み合いを始めてしまった。
「悪いが、ヤンキーくん。オレはどうも君みたいな猪突猛進で正義のヒーロー気取ってる子が苦手……いや、嫌いなんだ」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味さ。自分1人じゃ何も出来ないクセに、出来るやつに縋って教えを乞う。それって、ようはただの思考放棄だろ」
重箱の隅をつつくような発言に、その場にいた全員の目が鋭くなった。当の本人は、相手を嘲笑って言ってやったという気になっているらしい。
自分1人じゃ何も出来ない。
そんなの誰だってそうだ。だからこそ、生き物は個体数を増やす。繁殖本能というものは、能力の限界を引き伸ばすために生まれた便利な能力だと思う。
「……適材適所、こういうのは出来るやつがやればいい。忘れたのか? これはバイトだ。それ以上でも以下でもない。いずれ自分の仕事になる可能性があるなら、その向上心は素晴らしいんじゃないか?
だが、ここじゃあソレは場違いってやつだ。何か反論は?」
「……いや、確かにその考えも正しいよ。でも、やっぱりオレは……1人に仕事を押し付けるなんてしたくない。オレが嫌なんだ」
「なるほどな、感情論か。ま、オレにその変な正義感振りかざすんじゃないならいいや。2人で勝手にやってくれ」
それだけを言うと、ルプスはアーラの肩から肘を離して背中を向けた。ヒラヒラと振った手は、全てを放棄したように感じられてあまり気分は良くない。
残されたアークは、眉を下げてアーラの方を見た。しかし、アーラの頭の中にあるのは妙な違和感だけ。どうにも今の行動がしっくりこないのだ。ルプスの言い分は分かるのだが……
「ごめん、アーラ……もし迷惑だったなら……」
「! 2人とも……!!」
「!?」
アークが口を開きかけた瞬間、切羽詰まったモルスの声が聞こえた。それと同時に感じた魔力。反射的に防御を張ったアーラの目の前に牙を剥き出しにした
アークを庇うようにして立ったアーラは、冷静に状況を判断する。どうやら、何故か
なんて、犯人探しをする前に目の前の魔獣をどうにかしよう。とりあえず攻撃を防ぎながら、アーラは頭を回転させた。
「……っ皆さん、防御魔法は?」
「自己防衛程度には」
「ワタシもです」
「オレもだ」
「十分です。それじゃあ、とにかく自分の身は自分で守ってください。ボクは、この腰抜けさんを何とかしつつ、魔獣を移動させます」
やっぱり、言葉だけだったのか……と、自分の後ろで足を震わせているその人を見てアーラは目を細めた。
経験のない脅威を前に怖気付く人なんて珍しくない。次は……次こそはって、自分を奮い立たせては失敗してを繰り返す。それで立っていられる人が、本当の勝ち組なんだろう。
「……走れますよね」
「っ! ……もちろんだ……!」
防御が出来ないなら、せめて逃げ足だけは速くあって欲しい。そう思って、アーラは魔獣の意識を自分に集中させてその隙にアークを逃がそうとした。しかし、そこであることに気がつく。
(視線が……全然こっちに向かない……?)
自分の魔力を餌にしても、チラリともこっちを見ない
「なんで……」
「アーラ! アイツはオレが守る! お前は
「あれー? キミはあの子が嫌いなんじゃなかったの?」
「ここで死なれたら、オレの記憶からアイツは一生離れなくなる! そっちのが嫌だろ!」
ルプスの言ってることはとても合理的だ。嫌いなのと死んで欲しいは別物だということがよく分かる。そんなルプスの言葉が気に入ったのか、モルスは口元を歪ませてルプスと一緒にアークの元へと走り出した。
「アンタの防御魔法じゃ、耐えて一撃だけ。アタシも加勢する」
「勝手にしろ」
「で? どうする? 少年」
「この際だ、好きなように使ってくれよ。嬢ちゃん」
これで
子供に託された責任は、あまりにも重すぎる。作戦を丸投げしてくる大人たちにアーラは苛立ちを覚えながらも、頭を働かせる。
(殺せないなら、捕獲……だけど……)
まずは、開きっぱなしになっている檻のゲートと
体力はありそうだし、その作戦でいこう。ただ、このままでは餌が檻に入るまでに盾のHPが切れる。それじゃあ元も子も無い。
「……3人は、とりあえず檻の中まで走ってください! その後はボクが何とかします!」
「オレらが走ってる間は!?」
「それもボクが何とかします!」
「ふはっ、そりゃー頼もしい限りだな」
そう言って、アーラは防御をやめた。それと同時に
目の前にいるのは、5匹の群れ。ある研究結果で、
(だったら……あそこまで入り込めば……!)
狙いが一点集中なのをいい事に、アーラは群れのど真ん中まで駆け抜けた。そこで立ち止まったアーラは、自身の顔の前に2本の指をかざした。そして、ある言葉と共にその指の表と裏をクルっとひっくり返す。
「…………
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