第 弐拾玖 話:京へ、どんでん返し

 備中びっちゅう高松城への水攻めを開始されて三日が経った月明かりが美しい夜。


 妖怪達が豊臣の陣であきないをしている最中で備中びっちゅう高松城の城主である清水 宗治が死装束を着こなし高瀬舟たかせぶねに乗って現れた。


 堤防から見ていた秀吉達は何事かとザワザワとする。


「あの者、確か高松城の城主、清水 宗治殿どのだな。一体何のつもりで高瀬舟たかせぶねで現れた?」


 真斗は疑問に思った事を口に出した後、正座をする宗治は堤防の上にいる秀吉に向かって一礼をし、書状を開く。


「我ら!備中びっちゅう高松城は秀吉様の大胆不敵な策によって!甚大な被害を受けました!無念ではありますが!兵糧も底を突き!残った家臣と妻子を危険に晒す事は出来ません!よって備中びっちゅう高松城を開城し秀吉様に降伏いたします!」


 宗治が自ら危険を覚悟で高瀬舟たかせぶねから降伏と開城を宣言し、それを聞いた秀吉達は小さく歓喜する。


「さらに!私こと城主である清水 宗治は宣言を磐石にする為に!今ここで切腹いたします!」


 書状を読み終えた宗治は書状を丁寧に折り畳むと目の前に置かれた白木しろき三方さんぼうの上に乗っかた短刀を手に取り、入れ替える様に書状を白木しろき三方さんぼうの上に置く。


 そして胸元を大きく開け、両手に持った短刀を自分の腑に目掛けて突き刺す。


 激しい痛みに耐えながら宗治はゆっくりと短刀を動かし腑を裂いて行く。


 夥しい量の血を流しながらも腑を斬る事を止めない宗治。そして介錯人の清水 宗知は両手で打刀を握り、上段の構えをする。


「弟よ!・・・頼むぞ!」


 前倒しの姿勢となった宗治は最後の力を振り絞り、構える実弟の宗知に向かって意思を託す。


 宗知は今にも溢れ出しそうな涙をギュッと堪え、実兄の宗治からの意思を受け取る。


「はい!兄者あにじゃ!ごめん‼︎」


 そう言いながら宗知は構えた打刀を振り下ろし、宗治の首を斬り捨てる。


 最初から最後まで目を離さずに見ていた秀吉は笑顔で軍配を高々と上げる。


「清水 宗治殿どの!その誇り高き死に様はまさに武士の鏡である‼あっぱれじゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」


 大声で秀吉は切腹した宗治に対して絶賛の言葉を送ると後ろから源三郎が慌てながら堤防を登って来た。


わかわかぁーーーーーーーっ‼大変です!先程!信長様の元に‼帝様と宿儺様から急ぎの天命が来ましたぁーーーーーーーっ!」


 真斗と共に秀吉達も振り向く。そして息を荒げながら登って来た源三郎に真斗は問う。


「落ち着け!じいよ‼それで信長様に対する天命とは!」

「はい!わか‼比叡山延暦寺の僧達が約定を破り!剥げ鷲天狗集と手を組み‼信長様に対して突如、挙兵!双方の朝廷は信長様に逆賊となった比叡山延暦寺の僧と剥げ鷲天狗集を討伐せよとの事です‼」


 源三郎からの知らせに真斗を含め秀吉達は言葉を失う程に驚愕する。


「何だと⁉それで信長様からの我々に対する命は?」


 秀吉からの問いに源三郎は手の平で流れる汗を拭き取り、答える。


「はい!秀吉様‼京の守護をしております明智 光秀様!柴田 勝家様!丹羽 長秀様!池田 恒興様!前田 利家様が!夜襲を仕掛けて来た比叡山延暦寺の僧兵達と剝げ鷲天狗集の兵士達を何とか撃退しましたが‼兵力差が大きく急ぎ京へ向かへとの事です!」

「分かった!官兵衛‼お前はすぐに京に向けて大返しの準備をせよ!わしは一人!すぐに毛利方の陣に出向いて和睦和平の古語を結ぶ‼」


 決意した表情で秀吉がそう言うと官兵衛は少し慌てた表情で彼を止める。


「お待ち下さい!殿!お一人で毛利方の陣に行かせる事は出来ません!でしたら!この官兵衛がお供します!」


 すると官兵衛の申し出に三成が異議を申し出る。


「駄目でございます!官兵衛様!大返しの大役は官兵衛様が勤めなければ!秀吉様!この石田 三成がお供に‼︎」


 二人からのお供の申し出に秀吉は困った表情をする。


「二人共、気持ちはありがたい。だが今は一刻の猶予もない!こんな所で時を失えば平安京は戦火で燃え盛る事となるぞ!」


 すると真斗は突然、片膝を着き深々と秀吉に向かって頭を下げる。


「秀吉様!お供なら!この鬼龍 真斗をお連れ下さい!毛利方とは昔からの私の友人です!私が居れば元就様達も和睦わぼくの話しを瞬時に受け入れてくれるはずです!その間に官兵衛様と三成様は急ぎ!大返しの準備を進めて下さい!」


 真斗の道理に通った名案に秀吉、官兵衛、三成は感心をする。


「なるほど!よし!分かった‼︎真斗よ!わしと一緒に来い!官兵衛と三成は他の家臣達と共に大返しの準備をせよ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 そして真斗は立ち上がり、振り返り源三郎に厳命する。


「聞いたなじい!お前はすぐに俺の陣に戻り!官兵衛様と三成様の指示に従い!大返しの準備をせよ!」

「はい!わか‼︎」


 源三郎は真斗に向かって一礼をする。そして真斗と源三郎は秀吉達と共に滑り降りる様に堤防を降りて行った。


⬛︎


 愛馬の轟鬼ごうきに乗った真斗は自分の背に秀吉を乗せて、急ぎ元就が布陣する猿掛城へと向かった。


「秀吉様!まもなく猿掛城です!和睦わぼくの書状はありますよね?」


 首だけを振り向かせた真斗からの問いに秀吉は覚悟に満ちた表情で頷く。


「ああ!半兵衛に命じて急ぎ!作らせた書状は!ちゃんと懐にある‼︎心配はない!」


 それは聞いた真斗はホッとし、意を決した表情で再び前を向く。


「では!行きますよ‼︎はっ!」


 真斗は力強く手綱をしならせ、轟鬼ごうきが鳴き声を上げるとさらに速度が上がった。


 猿掛城に到着し真斗と秀吉は何とか城門前の足軽達に訳を通し、元就が居る大広間と向かった。


 左右に胡座で兜と甲冑を着こなした元春と隆景の他に多くの家臣達が居合わせ、大広間は緊張した空気に包まれていた。


 そんな空気の中で大広間の真ん中では正座で兜を脱いだ真斗と秀吉は兜と甲冑を着こなし上座で床几しょうぎに座る元就に向かって深々と頭を下げていた。


「それではお主らは双方の帝からの命で急ぎ京に戻らねばならなくなったのだな?」


 秀吉が持って来た和睦わぼくの書状を手に持ちながら冷酷とも感じる目線と表情で問う元就に対して真斗と秀吉は共に頭を上げ、覚悟に感じる目線と表情で答える。


「はい!信長様に対しての帝様と宿儺様からの直々の天命で!急ぎ和睦わぼくを結びたく馳せ参じました!」


 すると左側で胡座をする元春が両腕を組んで困った表情をする。


「しかし、俄かに信じられない話だなぁ。本当に比叡山延暦寺の僧達が約定を破って剥げ鷲天狗集と手を組むとは。天命自体が偽りではないかね?」


 元春の疑問の言葉に秀吉はグッと怒りが込み上がる。


「その様なはりごは決して!・・・」

「元春様!この鬼龍 真斗の名に懸けてその様な事は決してありません‼」


 真斗はキリッとした眼差しで元春を見つめ、二人の争いを止める様に会話に割って入る。


 そして真斗は前を向き、元就に向かって深々と頭を下げる。


「元就様!どうか!この鬼龍 真斗の名に免じて三週間の有余を下さい‼帝様と宿儺様からの天命が偽りでない事を京に戻り証明いたします!」


 真斗の勇ましくも曇りのない意思の姿勢に元就はフッと笑い、彼の姿に感心をする。


「分かった真斗。お前と秀吉の言葉を信じよう。今ここで和睦わぼくを結ぶ」


 元就からの前向きな返事に真斗と秀吉は喜ぶの笑顔になり共に元就に向かって深々と頭を下げる。


「「ありがとうございます‼」」


 そして秀吉が持っていた和睦わぼくの書状に秀吉と元親の花押かおうを書き、その下に拇印ぼいんを押し和睦わぼくは成立した。



 和睦わぼくを結んだ真斗と秀吉は急いで自軍の陣へ戻り、官兵衛と三成の準備を終えた軍を引き連れて深夜に京に向けて大返しを開始した。


 出来る限りの装備と物資を持って飲まず食わず、休まず止まらず夜通しで走り続いた大返しは過酷さを極め、播磨現在の兵庫県の姫路に着いた七日目の夜には脱落者が多発した。


 一方の鬼龍軍も疲労困憊で何とか脱落者は出さずにはいたが、足軽達と家臣達の体力は限界寸前であった。


わか様‼そろそろ我が軍の体力が限界です!少し休ませないと‼」


 先頭を愛馬の轟鬼ごうきでひた走る真斗に対して愛馬の黒馬、魚鬼ぎょうきに乗る平助の問いに真斗は振り返り、決死の表情で答える。


「そんな事は百も承知だ!だが今‼京では光秀様達が必死になって都の人々を守っているんだ!それに‼妻の!竹取かぐやが育った都を戦火で燃やされたくはないんだ!」


 愛する竹取かぐやが育った平安京を守る為に決死の表情で答える真斗の姿に平助は圧倒される。


「わ!分かりました‼わか様‼では!他の者達にもわか様の意志を伝えて参ります‼」

「ああ!頼むぞ平助‼」


 そう言うと平助は魚鬼ぎょうきの速度を落とし、皆に真斗の意志を伝えるのであった。そして彼の意志は鬼龍軍のみならず豊臣軍全体に伝わり、疲労で下がっていた全軍の士気が一気に上がり脱落者も奮起し、山三つを三日で超え早朝に平安京へ到着するのであった。


 一方、時は遡り和睦わぼくを結んだ日の夜、猿掛城の大広間では家臣達が激しい討論をしていた。


「秀吉はあの魔王信長の右腕だ!京へ戻る隙を突いて背後から攻撃すべきだ‼」

「しかし!和睦わぼくでまもない時に背後を突くのはいかがなものか‼」

「秀吉を討てば信長の力は弱まる!そうすれば毛利だけでなく中国の安泰は確実だ‼」

「では!ここへ来た秀吉殿どの真斗殿どのの覚悟を踏みにじるつもりか‼」


 討つか、それとも和睦わぼくを遵守するかで二分していた。すると突然、隆景が怒った表情で拳を強く床に叩き付ける。


「貴様ら!いい加減にせぬか‼ここは和睦わぼくを遵守し!豊臣軍の背後は突かん‼」


 すると隆景の意見に元就の左隣りで床几しょうぎに座る隆元と胡坐の元春が異議を申す。


「隆元!お前の気持ちは分かるが‼この機会を逃せば信長の力を削ぐ事は出来なくなるぞ!」

「私も隆景の兄に賛同です!隆景‼すぐに軍を再編し京に向かった秀吉の軍を討て!」


 二人からの追撃の主張に隆景は怒りの表情をし、ドンッとした態勢をして首を横に振る。


「いいえ!いくら兄上あにうえ二人からの命であっても出来ません‼それに!和睦わぼく血判けっぱんが乾かぬ内に敵の背後を突くなど武士の恥です‼」


 すると隆景は自身の右側に置いてある打刀を手に取り、前へと出す。


「どうしても追撃したいのであれば!この小早川 隆景を斬ってからにして下さい‼」


 隆景の揺るぎない意志と姿勢に見ていた元就は大笑いをする。


「隆元!元春!お前達の負けじゃよ‼ここは隆景の意志を尊重し秀吉と真斗の背後は突かん!皆の者よ!これは毛利 元就からの厳命である!背けば罪人として斬首とする!よいな‼」

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」


 それを聞いた隆元、元春、隆景、そして他の家臣達は勇ましい表情となり元就に向かって深々と頭を下げるのであった。



あとがき

秀吉の有名な“中国大返し”と隆景の和睦わぼくを尊重し毛利軍を踏み止まらせた行為をアレンジを加えて表現しました。

次回は信長の残虐さを世に轟かせた“比叡山延暦寺の焼き討ち”を予定では二部構成で描きます。

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