第 弐拾捌 話:猿大将の力

 紀伊きい水道すいどう合戦に勝利した真斗は急ぎ大阪港へと入港、九鬼水軍と合流した。


 その後は長宗我部水軍から拿捕した和船やコルベット艦、ならびに戦闘で損傷した自軍の和船の修復を行った。


 また激しい船上戦で戦死した両軍の足軽達の遺体を丁重に下、飛び散った血肉を海水の入った木製のバケツで洗い流しながら数十人の大阪の法師によって遺体と和船の供養を行った。


 それから真斗は源三郎達の手を借りて甲冑と兜に付いた返り血を海水で濡らした手拭いで拭き取った後、黒田 官兵衛の手によって築城された大阪城へと向かう。


 そして真斗は大阪城の城主屋敷へと着いた真斗は草鞋を脱ぎ、屋敷へと上がり大広間へと向かう。そして上座で和製南蛮甲冑と兜を着こなし床几しょうぎに座る信長に会う。


「信長様、鬼龍 真斗だたいま馳せ参じました」


 真斗は兜を取り、片膝を着いて深々と頭を下げると信長は明るい笑顔で頷く。


「うむ。真斗よ紀伊きい水道すいどうでの大勝、大義であった。これで長宗我部軍はしばらくは動けまい。征伐の後に大いに褒美を出そう」

「はっ!ありがとうございます」

「今日はゆっくり体を休めるといい。三日後には備中びっちゅうへ向かってくれ」

備中びっちゅうへ?ああ!秀吉様が進めている高松城攻めですね」

「そうだ。どうやら城攻めに兵力が足りんようじゃ。あの“城落としの名人猿”に手を貸してやってくれ」

「はっ!この鬼龍 真斗、全力を持って信長様と秀吉様の勝利に貢献いたします!」

「うむ!頼むぞ!」


 その後、真斗は大阪城を後にし急ぎ港へと戻った。


 そして自身が乗っていた安宅船あたけぶねで源三郎達を船室に集め、軍議を行っていた。


「なるほど。今度は備中びっちゅうですか。しかし信長様も我らを馬車馬の様にこき使いますなぁ」


 兜を取り、床几しょうぎに座って腕を組みながら少し困った表情で言う源三郎に対して上座の床几しょうぎに兜を取って座る真斗が笑顔で宥める。


「まぁまぁ、じい。信長様が小田原征伐を完璧にする為にも急ぎ中国と四国を征伐しなければならない。多少、馬車馬の様に扱われても仕方ないよ」

「そうですな。それでわか、今後の計画は如何様になされますか?」


 キリッとなった源三郎からの問いに真斗は答える。


「うむ!まずは動ける兵と食料、それと馬を出来る限り集めてくれ。城落としだから一万弱いれば事足りるはずだ」


 真斗からの指示を聞く中で一人、忠司が少し不安そうな表情で真斗に問い掛ける。


「それは分かりましたが、でもわか様、我が軍は先の合戦で酷く消耗しています。三日以内に進軍の準備を完了させるのはとても」


 すると真斗は揺るぎない勇ましい武士の表情で忠司を含め皆に告げた。


「確かに。先の合戦で我が軍の大半は疲弊している事は分かっている。だがこれも信長様達が描く天下泰平てんかたいへいの世の為!無理は承知の上でどうか!皆が一丸となって!この鬼龍 真斗の無理な頼みを成し遂げてくれ!」


 そして真斗は立ち上がり、源三郎達に向かって深々と頭を下げる。


 自身の恥を恐れず強者の姿勢で頼む真斗の姿に源三郎は心打たれ、感激の涙を流す。


「皆!わかがここまで言っておられるのだ‼︎主君であるわかが我らに向かって頭を下げているのに!そのお気持ちに答えられないでどうする!」


 源三郎が熱く語ると皆はハッとなり、源三郎と共に立ち上がる。


わか!我ら鬼龍家臣!謹んでお頼みを遂行してみせます‼︎貴方様こそ!真の武士でございます!」


 熱い思いで言う源三郎に続く様に皆は一同に真斗に向かって深々と頭を下げる。


 その光景を首だけを上げ見た真斗は嬉しくなり、少し涙を流す。


「ありがとう皆!本当に!ありがとう‼︎」


 それから改めて軍議で備中びっちゅうまでの行軍計画などを話し合い、急ぎ準備を始めるのであった。


⬛︎


 それから三日後の早朝に真斗は徹夜で準備をした約一万の自軍を引き連れ備中びっちゅうに向かって大阪を出立した。


 急足で山々を抜け、川を越えて無事に昼頃に備中びっちゅう高松城へ到着した。


「ようやく備中びっちゅうの高松城に着いたが、一体これはなんだ?」


 備中びっちゅう高松城からの攻撃を防ぐ様に巨大な堤防を備中びっちゅうの人や半妖の百姓が男女合わせて何十万の人々が汗水流して建設を行っていた。


「昼は金五十両約50万円と米俵一袋!夜は百両約100万円と米俵二袋じゃ!」


 徒歩で秀吉の居る陣へと向かう中で真斗達は秀吉の甲冑と陣笠を着こなした足軽が大声で日雇いの支払われる破格の給料とお礼品に驚く。


「流石!秀吉様だ!あんな金額と米俵をポンッと出せるとはなぁ!」


 そう言いながら陣へと着いた真斗達は床几しょうぎに座り、着こなした甲冑の上から陣羽織じんはおり着て、優雅に豚肉のお好み焼きを美味しく食べる秀吉の前に片膝を着く。


「秀吉様。鬼龍 真斗、信長様の命により急ぎ馳せ参じました」

「おおーっ!真斗!すまぬな。無理をさせてしまって」


 秀吉は真斗の到着を喜びながら手に持っている皿と箸を甲冑を着こなし右横に立つ、弟の秀長に渡す。


紀伊きい水道すいどうでの武勲、二日前に届いた“伝書鶴”で知ったぞ。誠に大義である」


 笑顔で秀吉は胸元から呪術で遠くへ飛べる折り鶴、伝書鶴を取り出す。


「はっ!ありがとうございます」


 真斗は笑顔で秀吉に向かって深々と頭を下げる。


「それで秀吉様、我が鬼龍軍は城落としの為に出来る限り兵を集めて参りました。その数は約一万です」


 真斗が自信に満ちた口調で連れて来た軍の報告すると秀吉は少し困った表情をする。


「あらぁーーーっそんなに連れて来たのか。いや、実はな真斗よ今回の備中高松城攻めはそんに兵力はいらんのだよ」

「え⁉︎」


 秀吉の口から出た意外な真実に真斗は頭をを上げ、鳩が豆鉄砲を食った様な驚きをする。


「まぁーーーっ理由があってな。来なさい」


 秀吉の誘いで真斗は立ち上がり、後に付いて行く。陣を出て建設中の堤防を見ながら秀吉は話をする。


「今回の備中びっちゅう高松城攻めは圧倒的な人力じんりょくと銭によって落とす計画なんじゃ」

「圧倒的な人力じんりょくと銭・・・それは一体?」


 真斗からの問いに秀吉は右を向き笑顔で答える。


「それは明後日のお楽しみじゃ。今日はゆっくりと家臣や兵達と共に休むといい」

「はっ!」


 秀吉のあやふやな答えを深く追求せず、真斗は秀吉の命に従い全軍の休息をとるのであった。


⬛︎


 それから二日後、手を止める事なく朝夜を通して窪地の備中びっちゅう高松城を塞ぐ様に巨大な堤防が完成し、秀吉は家臣の黒田 官兵衛と石田 三成、秀長、そして真斗を連れて堤防の上へと登る。


 一方、備中びっちゅう高松城の天守閣から城主、清水 宗治が甲冑と兜を着こなしながら不安な目つきで作られた堤防を見ていた。


「一体、秀吉は何をするつもりだ?」


 そう呟きながら秀吉からの城攻めに備える。


 そして堤防の上に登った秀吉は後に付いて登って来た官兵衛達に笑顔で言う。


「わしの城攻めは“戦わずして勝つ”事じゃ。官兵衛!用意は出来ておるな?」


 甲冑と兜を着こなす官兵衛は少し息を上げながらも頷く。


「はい!殿との!全て出来ております‼︎備中の陰陽師達に頼み作らせた五芒星ごぼうせいの呪印札!殿とののお声で発動するよなっています!」

「うむ!流石、軍神と呼ばれる官兵衛じゃ!あっぱれである!」


 官兵衛の働きぶりを秀吉は笑顔で褒めていると官兵衛と同じく少し息を上げながら真斗は秀吉に問う。


「秀吉様!これから何をなされるのですか?」

「うむ!真斗よ!今からお主にその答えを見せてやる!しかと!この豊臣 秀吉の力を目に焼き付けい!」


 秀吉は自信に満ちた笑顔で真斗に向かって言うと備中びっちゅう高松城を見ながら右手に持っている軍配を高々に上げる。


「決壊させよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」

「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」」」」」」」」」」


 秀吉の号令に豊臣軍の足軽達は掛け声をし、その後に大太鼓が力強く鳴り響く。


 すると備中びっちゅう高松城から見て、建設された堤防には雇われた陰陽師達によって制作された大きな五芒星ごぼうせいの呪印札が囲む様に貼られ、大太鼓が鳴り終わったのと同時に呪印札が青く光出す。


 そして全てを押し潰す様な轟音と火山の如く響く地鳴りと共に呪印札から大量の水が津波の様に水しぶき上げながら流れ始める。


「どうじゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!フハハハハハッ!アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎」


 秀吉が高々と笑いをする中で大量の水が備中びっちゅう高松城を襲い、多くの人々が悲鳴を上げながら馬や物などと共に吞み込まれ、立派な城壁や小天守、屋敷が押し流される。


 豊臣軍の足軽達は莫大な威力を発揮する水攻めに勝利の勝鬨をする中で真斗と三成は秀吉の力に感銘を受ける。


「三成様!秀吉様ですよ!信長様の後を継げる武将はやはり豊臣 秀吉様ですよ!」


 笑顔で真斗はそう言うと彼の右隣にいる紫色で胴に“大一大万大吉だいいちだいまんだいきち”と書かれた甲冑と兜を着こなした三成も笑顔で頷く。


「そうとも真斗よ!秀吉様だ!秀吉様こそ信長様の後継者だ!私は一生を秀吉様を支えてくつもりだ‼」


 この備中びっちゅう高松城の水攻めは後世の歴史書で豊臣 秀吉が行った城攻めの中で最大の物として残るのであった。



あとがき

今回の備中びっちゅう高松城の水攻めは戦国映画、『のうぼうの城』の冒頭シーンの備中びっちゅう高松城の水攻めをイメージモデルにしました。

しばらくはいくさがメインの話しが続きます。

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