第 参拾弐 話:再び西へ

 信長による比叡山延暦寺の焼き討ちから翌日の朝、延暦寺は一部の宝物庫と寺院を残して全てが焼け落ち、また逆賊となった僧兵達と剥げ鷲天狗集の天狗兵達は一人残らず皆殺しとなった。


 だが、一部の熱心に仏教道を進む若い僧達や寺に連れ込まれた遊女、いくさによって追われ、身を寄せていた百姓達は保護され信長や他の家臣が納める領地へと向かう事となった。


 それから二日後の昼、宮廷の内屋敷の一室では兜を脱いで甲冑を着こなす真斗は天武と共に茶を嗜んでいた。


「真斗、今回の逆賊延暦寺の討伐、よくやった。本当にありがとう」


 正座をする天武は深々と目の前で胡座をする真斗に向かって頭を下げる。


「いいんだよ葛城かつらぎ。それに感謝の言葉は俺じゃなくて、帝と宿儺すくな様の天命をまっとうした信長様に送るべきだよ」


 真斗とが笑顔でそう言うと頭を上げた天武は少し恥ずかしい表情で頭の後ろを右手で掻く。


「それはそうだが、でも一番の功労者は真斗だ。“天狗の弁慶”と謳われる程の力を持った剥げ鷲天狗集の頭である餓諏がしゅを倒したのは」


 真斗は湯呑み茶碗に入った緑茶を一口飲み、天武からの褒め言葉に少し照れる。


「なーに。やるべき事をやったまでさぁ。それはそうと葛城かつらぎ、延暦寺はこの後どうする気だ?」


 真斗からの今後の問いに天武は両腕を組んで答える。


「ああ、まずは焼け落ちた寺院を全て立て直す。その後は俺や天皇家を敬う寺社から真に仏教道を歩む僧達を延暦寺に着かせて再興を行うよ」

「評判の回復か。まぁ確かに欲に塗れた延暦寺を立て直すにはそれしかないもんなぁ」

「ああ、時間は掛かるだろうが、必ず正しき姿に戻して見せるよ真斗」

「そいつは楽しみだ。でも無理はするなよ葛城かつらぎ


 真斗と天武はお互いに笑顔で厚い握手をする。


「おや!これは意外だなぁ。まさか帝にも心を許せる者がいるとは」

「「宿儺すくな様‼︎」」


 突然、現れた両面りょうめん宿儺すくなに2人は驚き、頭を深々と下げる。


「よいよい。そんなに畏まる必要はない。信長に感謝の言葉と褒美を渡したついでに顔を見たくてな」


 宿儺すくなは笑顔でそう言いながら二人との間に割って入る様に胡坐をする。


「鬼龍よ、改めて夜刀浦やとうらでの大海蛇退治はお見事であった。後で褒美は多く取らすぞ」


 宿儺すくなが笑顔でそう言うと真斗は笑顔で頭を下げる。


「ありがとうございます、宿儺すくな様。ではもしよろしければ化け狸達が作る地酒を貰えないでしょうか?」

「おお!よいとも!よいとも!遠慮せずに好きな量を申せ!後で会津へ送ろう」

「ありがとうございます」


 すると宿儺すくなに続く様に天武も真斗に褒美の話しをする。


「じゃ真斗、俺からも褒美を出そう。京で育った美味い黒毛和牛だ。他と違ってほっぺたが落っこち程の美味さだ」

「おお!それは素晴らしい。ありがたく頂きます」


 真斗は笑顔で頭を下げ、二人に感謝の意を示す。それから和やかな雰囲気でお互いに世間話をしながら束の間の楽しみを味わうのであった。


⬛︎


 それから天武と宿儺すくなとと別れ宮廷から本能寺に戻った真斗は兜を被り、轟鬼ごうきに跨り秀吉達と共に大阪へと向かった。


 五日目の夕暮れ時に大阪へと着き、船の修理と再編を終えた鬼龍水軍と合流する。


 その日の夜、九鬼水軍の総大将が乗る安宅船あたけぶねの一室で軍議が行われていた。


「まず我ら九鬼水軍は豊臣 秀吉様の命に従い、黒田 官兵衛様と加藤 清正様の軍を四国へと向かわせます」


 兜と甲冑を着こなし上座の床机しょうぎに座り、置楯で作った簡易の机に広げられた四国・中国地方の地図を折り畳んだ扇子を指し棒代わりになぞる九鬼 喜隆からの説明に左右の床机しょうぎに座る真斗を含めた家臣達は一同に頷く。


「分かりました喜隆殿どの。そして我ら鬼龍水軍は他の九鬼家臣様達と一緒に竹中 半兵衛様と石田 三成様を連れて瀬戸内海へと向かい毛利・小早川水軍と村上水軍を倒すのですね?」


 右側の上座に近い床机しょうぎに座る真斗も人差し指で地図をなぞりながら問うと喜隆は頷く。


「そうだ真斗、昼時の大阪城の武家屋敷で秀吉様を交えた軍議の通りに瀬戸内海の水軍戦力を無くせば毛利方は陸で織田軍を迎え撃つしかない」


 喜隆はそう言いながら中国地方に縦並びに置かれた白い将棋の駒を毛利方の勢力圏へと動かす。


「そして我らは瀬戸内海から直接、安芸あきへ進軍する。ですが、やはり安芸あきへの上陸はせず瀬戸内海を抑える事だけにしましょう」


 真斗の突然の意見具申に喜隆を含めた家臣達や源三郎達は驚く。


「なぜだ⁉真斗!弱体化したからこそ敵地へ攻め込み一気にケリを着けると納得していたではないか!」


 驚きながら少し怒りに満ちた口調で問う喜隆に対して真斗は真剣な表情で答える。


「ええ、大坂城での軍議では納得していましたが、やはり毛利方には賢人と謳われる小早川 隆景様が居ります。こちらの手の内は読まれていると考えるべきでは」


 真斗の答えに喜隆達は納得する。毛利軍の知将であり日ノ本一の賢人と謳われる小早川 隆景の力は侮れない物で毛利氏の勢力拡大で起こった厳島の戦いで隆景は村上水軍の協力の元で少数の戦力で雨風を利用して海から奇襲に成功させた。


「私は隆景様をよく知っています。もし安芸あきに向かって上陸した途端に待ち伏せを喰らって敵地に孤立するかもしれません。喜隆様、官兵衛様達は私から直接、戦略の見直しを進言して来ます」


 真斗からの確実な勝利に対する真剣な眼差しと表情に喜隆は頷く。


「分かった真斗、後のいくさの段取りは我々でやっておく。お主はすぐに官兵衛様達の元へ」

「はっ!源三郎、すまぬが後は頼む」


 真斗の左側の床机しょうぎに座る源三郎は軽く一礼をする。


「かしこまりました、わか


 そして真斗は床机しょうぎから立ち上がり一人、安宅船あたけぶねを降りた。


 それから少し経って真斗は官兵衛達が居る武家屋敷へと出向き、大広間で安芸あきへ進軍の中止と理由を話した。


「確かに。小早川 隆景殿どのの高い知略を考えるとあり得るなぁ」


 大広間の中央で真斗を含め皆が胡座で輪を作っており、真斗の目の前で甲冑を着こなした官兵衛が下顎を右手で触りながら納得する。


「しかし、官兵衛様、陸のみで攻めるのは少し危険ではないでしょうか?海から攻めて来ないと知れば毛利軍は東部の守りを固くする恐れが、」

「その事なら心配いらないよ。三成」


 三成の意見具申を遮る様に三成から見て右斜側に胡座をする半兵衛が落ち着いた表情で言う。


「例え陸で待ち構えても戦力は分散する。しかも毛利軍の要である水軍がなくては、毛利は思う様な戦いは出来ないはずだ」


 半兵衛の説明に三成は納得する。


「確かにそうですね。では進軍の計画の変更するのですか?」

「ああ、そうだ三成。備中びっちゅう伯耆現在の鳥取県東部から進軍する為に米子よなご城に居る前田 利家、宇喜多 秀家、夏束 正家と備中びっちゅう松山城に居る藤堂 高虎、大谷 吉継、小西 行長に伝書鶴を送れ、ただちにだ」


 半兵衛の左隣で胡座をする清正からの指示に三成は彼に向かって一礼をする。


「はい!清正様、ただちに」


 それから約二時間、真斗達は細かい計画の変更を話し合った。


「それでは諸君!秀吉様には私が直接、計画の変更を伝えておく!翌日の出陣まで準備を怠らずに!」

「「「「はっ!」」」」


 真斗、竹中、清正、三成は官兵衛に向かって一礼をし解散するのであった。


 屋敷を後にした真斗は一人、港から見える美しい半月を見て深く溜め息を吐く。そして半月に向かって合掌をする。


「すまない竹取かぐや、しばらくはお前の元には戻れないかもしれない。だが、どうか!会津から見守ってくれ」


 少し悲しげな表情で言った後に真斗はキリッと覚悟を決めた表情となり、その場を後にするのであった。



あとがき

次回は瀬戸内海で村上水軍との大海戦を描きます。

ジャンプ作品である時代劇漫画、『逃げ上手の若君』は作者の個性と独特のキャラ描写がとても面白いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る