13-4

 カヨの部屋は小さな四畳半で、文机と赤い麻の葉模様の布が掛かった鏡台、そして小さな本棚がある、いかにも若い娘の部屋という感じだった。

 婦人は文机を、僕は鏡台、盛田は本棚をそれぞれ調べた。三人ともなにも見つけられなかった。婦人は箪笥と押し入れも調べたが、首を横に振って盛田を見た。

「やっぱり橘さんの手紙なんてありませんわ。あなたがどうして嘘をつくのかわかりませんが、娘を侮辱するのはやめてください」

 予想外に厳しい言葉で盛田を糾弾した。その激しさに僕は、ちょっとだけ盛田が気の毒になって天を仰いだ。

 するとなんとも言えない違和感を感じた。天井の羽目板は杉材だろうか、桟木さんぎに切り取られた四角が整然と並んでいる。

 違和感がどこから来るのか、僕は天井を眺め回して考えた。

 思い出すのだ。鏡花先生がどのようにして、ごくわずかな暗示ヒントを見つけていたかを。

 目を凝らして天井を見ていた僕は、「あっ」と声を上げた。桟木に囲まれた羽目板の、一枚の木目が、がわずかに傾いていた。

「踏み台を持ってきてください」

 婦人が持ってきた踏み台に上がり、僕は羽目板をそっと押し上げた。そして天井裏に頭を差し入れた。暗さに目が慣れると、菓子箱に千代紙を貼ったものが目に入る。

 僕はそれを両手で抱えて踏み台から下りた。

 畳の上にそっと置く。

 美しく可愛らしい千代紙は、カヨが手づから貼ったものかもしれない。

 蓋を開けると、盛田の言ったようにそこには橘の手紙が何通も入っていた。

 婦人が顔に手を当て、わっと泣きだした。

「それでは橘さんを刺したのはカヨなのですか?」

 僕と盛田は何とも言えず、だが肯定の意味で黙っていた。

「カヨさんはどこにいるのですか?」

 盛田が静かな声で問うた。

「友だちのところです。赤坂の」

「行きましょう。カヨさんが間違いを起こす前に」

 僕は自分で言っておいてぞっとした。橘を刺したカヨが自ら命を絶つ可能性もあることが、急に現実のこととして迫って来る。

『もし私の推理が正しければ、見つけなければならない人物がでてくるでしょう』

 先生はそこまでお考えだったのだろうか。

 三人で赤坂に向かおうと玄関を出ると、向こうから律が、いやカヨが歩いてきた。弾むような足取りで、鼻歌も歌っている。

「カヨ」

 婦人は娘の名を呼んだが、それきり黙ってしまった。

 カヨは僕や盛田を見て、さっと顔を強ばらせた。


 カヨが橘を刺したのではないかという疑いは、カヨの顔を見たとたんに消えてなくなった。それは僕だけでなく婦人や盛田もそうらしい。

 カヨは橘が刺されたことも知らなかった。そのことに衝撃を受けて、今は自分の部屋で横になっている。

 律になりすまして手紙を横取りしたことや、僕が別れ話をするために橘に会おうとしていたこともすべて母親に知られ、どんなに叱られるかと恐れおののいているのだろう。

「それでは誰が橘さんを刺したのだろう」

「やはり通り魔だったのでしょうか」

 僕たちは口々に語り、この件はこれで落着したかに見えた。

 鏡花先生のおっしゃった、「見つけなければならない人物」というのが宙に浮いたかたちになったが、僕にはこれ以上どうすることもできなかった。


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