13-1

 先生は写真を見れば郵便配達夫に会う必要が出てくる、とおっしゃったが、僕にはその意味がわからなかった。わからなかったが、とにかく郵便配達夫の盛田に会いに行くことにした。

 牛込郵便局の表玄関から入ると、そこは大変な混みようだった。切手を買う窓口に並ぶ者が列をなしている。卓子テーブルの上で葉書を書く者や、小包の紐を縛り直す者などだ。

 僕はしばし呆然としてその光景を眺めていたが、ここでは用が足りないことにすぐに気づいた。いったん外へ出て通用口を探す。

 遠慮がちに戸を開けると、そこもまた戦場のような忙しさだった。中央の巨大な卓子では何人もの人が山のような郵便物を仕分け、消印を押している。奥には細かく区切った棚がいくつもあり、そこへ、やはり何人もの人が郵便物を一つ一つ投げ入れていた。

 部外者の僕が入って来たことには誰も頓着しなかった。多くの人が働いているが、ほとんどが僕と同じようななりをしていて、僕はその中にすっかり溶け込んでいたのだ。

 奥のデスクにカイゼル髭を生やした男が座っている。前に立ってうなだれている長身の男を叱りつけていた。

 喧噪に紛れてよく聞こえないが、「……監督不行き届きだ……無責任……最近の若い者は……」という言葉が聞き取れる。

 そしてカイゼル髭の男から、「モリタ」という人名らしき言葉が聞こえた。

 僕は考えるよりもはやく、机のところまで歩いていった。

「失礼します。今、盛田という男のことを話しておいででしたか?」

 机の上には配達夫の丸笠や上着、肩掛け鞄が置いてあった。

「ああ、このざまだ。配達に行ったと思ったら戻ってきて、『今日で辞めます』ときたもんだ」

 カイゼル髭の男は腹立ち紛れに机を平手でバンと叩いた。

「盛田という人は、どこへ行くとか言っていましたか?」

「ああ」とカイゼル髭の男が目を剥いて言う。「『旅に出ます』だとさ」と可笑しくもなさそうにワハハと笑った。前に立っていた男も一緒になって笑う。カイゼル髭の男が、とたんに笑いを引っ込めてにらみつけた。長身の男はひょいと首をすくめて、ひと回り小さくなった。

 僕は卒然として先生のおっしゃったことを理解した。

 盛田は律が出した橘宛ての手紙を配達することになった。そしてそれを盗み見たに違いない。二人が高燈籠の下で会うことを知り、嫉妬に駆られたのだろう。

 橘は盛田に刺されたのだ。

 盛田は旅に出ると言っていた。律のいる逗子に行くということだろう。

 僕は盛田のあとを追うことにした。だが、律がいる逗子の療養所がどこなのかを聞いていなかった。

 自分の迂闊さに半ば呆れてしまった。律の家は無人であるから、麹町の霧山邸を訪ねることにする。



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