13-2

 こちらの霧山家は律の家よりもさらに大きく立派であった。僕が来意を女中に告げると、婦人が現れ、にっこりと微笑んだ。

「橘さんを刺した犯人がわかりましたよ」

「まあ、だれですの?」

「郵便配達夫の盛田です。僕の推理では盛田は逗子に行ったものと思われます。律さんのところへ……」

 そこまで言って僕は盛田の真意を理解した。盛田は橘を刺して罪人となったので、律さんを道連れに旅に出るつもりなのではないか。そう、死出の旅路に。

「律さんが危ない」

「え?」

 そこへ盛田がやって来た。すっかり旅支度を調え、大きな鞄も持っている。

「盛田、きさま」

 僕はとっさに飛びかかった。しかし盛田はひらりとたいかわしたので、僕は三和土たたき無様ぶざまに這いつくばった。

「なにをするのです」

 盛田が叫ぶ。

「神妙にしろ。おまえの悪事は露見したぞ」

「ええっ」

盛田は驚いて二、三歩後ろに下がった。

「待ってください。私がなにをしたというのです」

「しらばっくれる気だな。おまえが橘さんを刺したんだ。大人しくばくけ」

「私はそんなことはしていません」

「嘘をつくな。その旅支度がなによりの証拠だ。お前は橘さんを刺して罪人になったものだから、律さんを道連れに心中するつもりなのだろう」

 婦人と盛田が、ぽかんとしている。

 僕も自分の言っていることがおかしいことにようやく気がついた。

 律を道連れにするつもりなら、なぜ盛田はこの家に来たのだ。ここには律はいないはずだ。律の家は富士見町なのだから。

「奥様、カヨさんはおられますか?」

 混乱している僕を尻目に、盛田はそんなことを訊いた。

「カヨは出かけておりますが」

 盛田は、どこに行ったのかをしつこく訊ねる。

「どうしてそんなことをあなたに……」

 婦人が困り果てているので、僕は助け船を出した。

「そうだそうだ。なぜおまえに、ここのお嬢さんの居場所を教えなければならないんだ」

 盛田は僕をちらりと見たが完全に無視をした。

「どうか、もしカヨさんの居場所をご存じでしたら教えてください」

 必死に頼み込む盛田に、婦人はほだされたようである。

「お教えしてもようございますけれど、理由をおっしゃってください。

 盛田は肩を落とし大きく息を吐いた。そして観念したように話し始めた。

「カヨさんは律さんのふりをしていたのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る