「きみはこれからどうするのかね」

 堀米と別れたあと、鏡花先生は訊く。

「今日は大学を休むつもりでしたので、霧山律さんに会って橘さんのことをお伝えしようと思います」

「そうですか。それでは私も一緒に参りましょう」

 少し驚いたが、先生はきっと霧山律という女性をご自分の目で確かめるつもりなのだ。

 水道橋から神田方面、そして九段下にさしかかった時、向こうから郵便配達夫がやって来た。見れば先日、律に声を掛けてきた男だった。僕に気付かぬようだったので呼び止めた。律の家を教えてもらおうと思ったのだ。

「盛田さん、あなた昨夜なにがあったかご存じですか? 橘さんが刺されたのですよ」

 盛田は驚き、蒼白になった。

「え? 犯人はもうわかったのですか?」

「いいえ、警察は通り魔だとしていますが……」

 先ほど先生が言ったことが引っ掛かっていた。それで先生を見たのだが、細い指で顎を撫で、あらぬ方を見ていた。そして盛田に視線を戻したあと、「この人が律さんに頼まれたという郵便配達夫かね?」と僕に訊いた。

「そうです。先日は親切にも律さんに手紙を往来で渡していました」

「ふむ」

 鏡花先生は盛田の顔をまじまじと見る。

 盛田は居心地悪そうに身じろぎをしていたが、「それでは。仕事がありますので」と言うなり駆けていってしまった。

「あっ、律さんの家を訊くのを忘れました」

 僕は小さくなっていく盛田の後ろ姿を見ながら言った。

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