8-2

「橘さんは魔に魅入られてしまったのでしょうか」

「ある意味ではそうだろうね」

「ある意味では?」

「これは恨みによる犯行でしょう。第一に犯人は橘さんを追いかけてきたこと。そして第二に、何度も刺していることです。もし、寺木くんがそこにいなかったら、絶命するまで刺したのではないだろうか」

 たしかにそうかもしれない。

 その時、病室の戸が開いて中年の男女が入って来た。背の高い人品卑しからぬ男性と、小柄でどこか田舎じみた感じのする女性だった。

「幸三」

 女性は寝台で寝ている橘を見ると、駆け寄って取りすがった。頬を撫でながら何度も名前を呼んでいる。

「橘くんのお母上です」

 男性は寝台の橘を心配そうに見遣りながら言った。そして自分は橘の上司で堀米だと名乗った。

「知らせを受けてびっくりしました。橘くんは母一人子一人でしてね。お母さんもどれだけ心配なことでしょう」 

 医師から容態を聞いて、倒れそうになったらしい。

 堀米は僕と先生を目で促して、廊下に出た。母子を二人きりにしてやろうということらしい。

「あなたが橘くんを助けてくれた寺木さんですか?」

 僕は橘と対決するつもりでいたので、「助けた」と言われると気が引けるが、一応「そうです」と答えておいた。

「どうしてこんなことになってしまったのでしょうね。可哀想に。昨日は久しぶりに恋人と会うのだと、とても嬉しそうにしていたのですがね。だから私も、『残業なんかしていないで早く帰りなさい』と言ったんですよ。橘くんは喜んですっ飛んで帰って行きました。仕事が終わったあとに人と会う約束をしていたらしいのですが、それもすっかり忘れてしまったようで」

 堀米は、「ははは」と力なく笑った。

 母親が病室から出てきた。僕と先生にくどいほど礼を言って、これからは自分が付き添うので、と言う。

 堀米は母親を連れてくるのが役目だったらしく、「それでは」と言って僕たちは三人揃って病院を出たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る