倒れた男は低くうめいていた。

「どうされました? 大丈夫ですか?」

 僕は男の体を揺すった。すると手に粘りのある液体がべっとりと付着した。

「ひっ」と叫んで飛び退いた。

 血であるらしかった。かなりの量だ。止血をしなければならないのだろうが、どうすればいいのかまごつくばかりだ。

「気を確かに待っていてくださいね。人を呼んで来ますから」

 僕がバネ人形のように立ち上がり、人家を目指して駆け出そうとした時、袖をぐいと引っ張られ、「どこに行くんだい」と一喝された。

 驚いて振り向くと小柄な老婆が僕を見上げている。

「ああ、マツさん」

「誰がマツだよ。あたしの顔がわからないのかい」

 そう言ってマツさんにそっくりな誰かは、僕の胸を拳でどんと突いた。

「ええっと。タ、タケさん?」

 当てずっぽうに言う。

「そうだよ。なにを慌ててるんだ。怪我人の介抱をしなきゃだめじゃないか」

「し、しかし。警察と医者に知らせなければ」

「鏡花先生と藤ノ木警部がすぐにやってくる。医者も連れてくるだろうさ」

 タケさんの目が突然銀色に光る。ああ、この銀色の目はたしかにタケさんだ、などと僕は妙なことに感心し、ふいに自分のなすべきことを知った。

 懐から手ぬぐいを出すと、横たわっている男の止血を始めた。不思議とどこから出血しているのかがわかる。背中の右の腎臓のあたりが一ヵ所と、その五寸ばかり上にもう一ヵ所ある。上の方が傷が深いようだ。

 僕は男に声を掛けながら必死に介抱した。

 そのうちに鏡花先生と藤ノ木警部が到着した。そしてタケさんが言ったように医者もやって来たのだった。

 あとで考えると、なぜそんなふうに都合良く警部や医者がやって来るのか、そしてどうしてタケさんはそれを知っているか不思議でならない。だが、その時は少しも疑問に思わなかったのだった。


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