第10話 はじめてのデート。(2)

 馬車が動き出して、車内には向かい合うわたしと公爵さまだけになります。

 優しい笑みを作る彼に、


「公爵さまはなぜ、わたくしをおきにめしてくださったのですか?」


 まず、最初の疑問をぶつけました。この問いは何日も前から考えていたものでしたから、すんなり口にできました。

 それにこういうのは、子どもだと便利ですね。ストレートに疑問をぶつけても、不自然ではありません。気をつかえ、察しろとはいわれないはずです。


 彼がわたしを見初めたのは、彼が持つ〈直感のスキル〉のささやきなのは聞かされましたが、本当にそれだけなのでしょうか。

 わたしの見た目を考えると、「幼女趣味だ」といわれればそれはそれで理解できますが、このかたはではない気がします。

 まぁこれは、わたしの直感ですけれど。


 わたしの問いに、彼は思案顔しあんがお


(やっぱりこの人、わたしをいやらしい目で見ていない)


 わたしも女ですし、前世ではそういう視線にさらされたことがあるのでわかります。

 今世でも、まだ幼いわたしをオンナとして見てくる人はいますしね。貴族ばかりですけどね、そういう変態は。

 しばらくの沈黙のあと、先ほどの問いに帰ってきたのは、


「フレイクです」


 それだけ。

 全く予想していなかった答えに、目を丸くするわたしへと、


「公爵さまではなく、フレイクと呼んでください。私もあなたを、ココネと呼びたい」


 彼は続けた。

 フレイク? ココネ? 独身貴族の男女間での名前の呼び捨てって、「婚約したもの」にしか許されないはずですけど。

 これは「婚約しましょう」という、強引なアプローチでしょうか!?


(どう、ごまかしましょう……)


 とりあえず自分のかわいさを利用して、軽く小首をかしげて彼を見つめると、


「それは、ぶれいになりますわ。公爵さま」


 子どもらしさを意識した声で返しました。

 ですが、


「フレイクです。ココネ」


 微笑む公爵さまは、完全な営業スマイルです。


(ココネって呼び捨てにした! この人、わたしを呼び捨てにした)


 なにこれ、めっちゃ強引に攻めてくるんですけど!?


 というか今世の名前の「ココネ」って、前世での名前と同じなんです。前世ではひらがなでしたけど。

 だから男の人に「ココネ」って呼び捨てにされると、ちょっとドキドキしちゃいます。前世ではなかったことですし。


 営業スマイルとはいえ、公爵さまは美形です。わたし好みの美男子なんです。その微笑みに、ぽ~っと見とれてしまうのは、仕方ないと思うんです。

 だってすごくステキで、かわいいから。


 彼は、今のわたしにとっては年上の男性ですけど、前世のわたしからすれば年下の男の子ともいえる年齢で、『かっこいい』と『かわいい』が混ざりあった印象なんです。


(ココネって、よんだよね……)


 わたしは、どうしたいんだろう?

 自分でもわからない。


(名前で、よんでいいの?)


 名前で呼び合うのは特別な関係。それは前世でもだったし、この世界ではもっと重視されている。

 彼はココネと名前で呼んでくれた。わたしに心を開いてくれた。そう感じた。

 だから、無礼にあたるのは理解していたけれど、


「フレイク……さま」


 さすがに呼び捨てはできません。これでも恥ずかしくて、ちゃんとは彼の顔を見れませんでしたが、名前で呼んでみました。

 男の人を名前呼びするなんて初めて。心臓がきゅ~ってなる。


「はい、ココネ」


 わたしを呼びしてにする彼は、本当に嬉しそうな声と笑顔です。さすがにこれは演技じゃない……と思います。

 そう思いたいだけかもしれませんけど、これほど優しい顔で見てれくる人を信じられないほど、わたしはスレていません。まだ子どもですので。


 馬車は走る。どこに向かっているのかは知らされていなかったですが、気になりません。

 向かう場所がどこであろうと、彼はきっと、わたしのそばにいてくれる。

 思わずわたしは、


「フレイクさま」


 はっきりと彼の名を呼んでいました。

 そして、


(フレイクさん)


 心の中で『前世のわたし』が、彼をそう呼んでいた。

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