第13話 はじめてのデート。(5)

 靴屋さんで両足のサイズどころか、かかとから膝裏ひざうらまでの長さも丁寧にはかられ、身の置き場がない時間を過ごしたあと。


「ここはヘッセンシャール家が出資しゅっしをしている店です。腕のいいパティシエがいるのです」


 出資は、幼児に理解できない言葉ですよ。

 ですが、いちいちをするのは大変です。


「おいしいお菓子があるのですね♡ たのしみです」


 わたしは期待だけを演出しました。


 レストランの広いスペースに、席は2つ。

 そのひとつに、わたしとヘッセンシャール公爵が着きます。


(これって、完全にセレブ専用レストランなんじゃない!?)


 でもまぁ、セレブだよね。公爵さまなんだもん。

 ヘッセンシャール公爵家は、この国の建国から始まる王家五公家、いわゆる『六王家ルミナス』の一角なんだから。


(いや、でも……)


 なんで隣なんでしょう。こういう場所では普通、ふたりならテーブルの対面に座りますよね?

 でも彼が腰を下ろす席は、わたしの右隣です。わたしたち、横並びで座ってるんです。

 それはわたし小さいですから、横並びでもイスは置けますけど、位置が近くて食事に不便な気がするのですが。


「あの……フレイクさま」


「なんでしょう」


「イスのばしょが、まちがっておりませんか?」


「いいえ」


 笑顔。その笑顔、胡散うさんくさい。

 明らかにイスの位置がおかしいのは、この人の指示によるものだろう。


 そばに控えた給仕さんに、フレイクさんが頷きます。それが合図だったのでしょう、すぐにテーブルへと大量のスイーツが並べられ始めました。


(うわぁ~、きれ~♡)


 色とりどりのスイーツ。お菓子じゃないです、スッウィ~ツです。


(苺のタルトに、これは、チーズケーキかな? あっ、グラスに入ったキレイなフルーツジュレも! これなんだろ? 小さな器に盛られた生クリームっぽいものの上に、ネコさんの飴細工が飾られてるっ! うわぁ~、かわいい~♡)


 他にもたくさん、キレイでかわいいお菓子が並べられていきます。


「お好きなものからどうぞ」


 お好きなものから? 全部食べていいの!?


「こんなにたくさん、たべきれるかしら」


 わたしの感想にフレイクさんが苦笑します。


「すべて召し上がれますか? かまいませんが、たくさんご用意させていただきましたよ」


 そ、そうだよね。こんなにたくさん食べられない。大人ならまだしも、今は子どもだ。


「ごいっしょに、たべていただけるのでしょう? 半分こです」


 半分つづにすれば、倍の種類が食べられます。シェアですよ。

 わたしの提案に彼、なんだか感激しているような雰囲気。そこまで大したこといってないんですけど?


「はい、ココネがそう望んでくれるのでしたら」


 えっと……この人もう、「ココネ呼び」が確定なんでしょうか。不快ではないですけど、むしろちょっと嬉しいですけど、グイグイきすぎじゃないですか?

 すると、


(あれ、なんでしょう?)


 テーブルに並べられたスイーツの中に、四角いチョコレートケーキのようなものが……。

 ん!? チョコレート! この世界に来て初めて見た。本当にチョコなのかな?

 匂いをかいでみよう……と思ったけど、お行儀が悪いよね。


「あの……この黒いものはなんでしょう。はじめてみます」


 給仕さんに聞いてみました。


「はい、これはランガールというお菓子になります。黒い材料はドレアと申しまして、甘くて、少しだけ苦くございます。ですが、お嬢様がお召し上がりやすいよう甘みを増してございますので、どうぞお試しくださいませ」


 ランガール? わかりません。でもドレアという材料が、黒くて甘くて少し苦いのですね。まさしくチョコレートです。

 小さめのチョコケーキにしか見えませんしね、これ。


 その小さなチョコケーキを見つめるわたしを、フレイクさんが見つめてきます。

 わたしは彼の視線に気がついていましたが、ひさしぶりに目にしたチョコ(っぽいもの)に心を鷲掴みにされていて、油断するとよだれが出そうな状況です。

 わたし、チョコ大好きなんですよ! バレンタイン時期には限定チョコ目当でデバートに並びました。


「これがいいですか?」


 フレイクさんが、チョコケーキが乗ったお皿を手元に引き寄せます。そして彼は付属のフォークを持ってケーキを切り取ると、


「ココネ。お口を開けてください」


 この人、わたしに食べさせてくれるつもりなの!?


「は、はずかしい……です。わたくし、赤ちゃんではありません」


「わかっています。ココネは素敵なレディです。でもね」


 フォークを持たないフレイクさんの手が、わたしの前髪をおでこと一緒になでます。


「男は、好きな女性には甘えてもらいたい生き物なんですよ」


「……そうなの、ですか?」


 そんなのは初耳ですが。確かにお父さまは、お母さまに甘いです。というか、お母さまがお父さまに厳しいです。なので相対的そうたいてきに、甘いということになります。


「ですので私が甘やかすのは、ココネだけです」


 うっ! それは卑怯ひきょうなセリフですねっ。そして、その笑顔もずるいです。「私が好きなのはキミだけだよ」って、ダイレクトにいわれるよりもキますよっ。

 わ、わかりました。理解しました。この人は卑怯者です。ずるい人です。甘いお菓子と甘い言葉でわたしを弱らせて、とりこにするつもりなんです。


 うわっ、もうっ、ドキドキしますねっ!

 わたしって身体は幼児だからか、精神攻撃に弱いんです。大人の精神力は持ってないんです。

 お母さまに本気で叱られると、「ぅわあぁ~ん」って本気泣きしちゃうくらいです。

 わたしは観念して、


「あ~ん」


 口を開きました。

 こうしないと話が進まないでしょうし、ずっとゴネてるわけにもいきません。


 それに、わたしの方が『お姉さん』なんですからね。前世を含めるとですけど。

 だから、甘えてあげるんです。わかりますか? フレイクくん。


 開いたお口の中に、そっと入れられるフォークの先。わたしはその存在を感じて、


 ぱくっ


 口を閉じました。

 閉じた唇に挟まれたフォークが、お口の中にスイーツ残して除かれます。


(ふわぁっ! おっ、おいし~♡ なにこれ!? これなに!? こんな甘くてチョコっぽいもの、この世界で初めて食べた!)


 これチョコだよ。チョコレートだ。

 完全にとはいえないけど、85%チョコレートだね。


「お気に召されましたか、お姫様」


 フレイクさんが楽しそうに笑ってる。

 お気に召したのがわかりますか。でしょうね、顔面とろけ状態でしょうから。


「ま、まぁまぁ……ですわ」


 わたしの強がりに、


「そうですか、まぁまぁですか……。でしたらこれは下げて、次のお菓子に参りましょう」


 彼は残念そうな顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る