第12話 はじめてのデート。(4)

「ここは、どこでしょうか?」


 お店なのはわかります。品のいい外観から、貴族御用達でしょう。貴族といっても、うちのような下っぱじゃない貴族ですけど。


「お菓子は、今準備させております。もう少し時間がかかりますから、先にこちらにお連れいたしました」


 はぁ……そうですか。やっぱりお菓子、用意してるんだ? おねだりしてみるものですね。


「こちら、ですか?」


「はい。こちらです」


 執事さんがお店のドアを開け、わたしたちは中に入ります。店内をひと目見て、なんのお店かすぐにわかりました。


「くつ屋さんですか?」


「はい」


 どういう……こと?

 わたしは自分とフレイクさんの足元を見比べて、「ぎゃあぁ~っ!」となりました。心の中でですけど。


(これってわたしの靴がボロいから、気になったの!?)


 確かにドレスの真新しさに比べて、靴はくたびれています。ちゃんとした靴って高価なんです。うちにはなかなか手が出せない金額なんです。

 この靴だって、以前お父さまとお母さまが無理をして買ってくださったものを、靴職人だった村民のガロアさんがサイズ調節ちょうせつをしてくれたものです。


 わたしにとっては大切なものですし、これを恥ずかしいと思ったことはありませんでしたが、それでもフレイクさんが履いている靴と比べるとはっきりとボロいです。


(ど、どうしよう……恥ずかしい)


 恥ずかしいのと同時に、そう思うことが両親とガロアさんに申し訳なくて居たたまれない。

 さっきまでの楽しい気分が、いっきにしぼんでしまったようでした。


「ようこそいらっしゃいました。お嬢様」


 うつむいていたわたしに、女性の声が落ちてきます。

 顔を上げるとそこには、30歳くらいかな? 銀髪を短く整えた女性がいて、わたしに頭を下げました。


「こちらは王都で一番の靴職人でいらっしゃる、ラーアさんです」


 フレイクさんが女性を紹介してくれます。ラーアさんと紹介されたその人は、


「やめてください。祖父が隠居いんきょして得た地位です、いずれは実力で手に入れますが」


 褒められても照れるわけでなく、自然な態度。そして強気な人だ。かっこいい。


 だけどフレイクさんがわざわざ靴屋に連れてきたということは、わたしの足元が気になったわけでしょ? なんだかモヤモヤします。


 それは紳士的な彼が、「靴ボロいですね」なんていうわけないですよ。

 ですけど、なにもいわずに靴屋に連れてくるなんて、らしくないようにも……って! あぁー! そっか、わたし子どもじゃん。幼女だ。

 大人の女性じゃないんだから、足元を気にしてるなんて思われてないんじゃない? 気をきかしたフレイクさんが、


『おにいちゃんが、おくつ買ってあげよっか?』


 とか、そんな感覚なんじゃないの!?


 そうだ。きっとそうだ。

 フレイクさんはなんだかニコニコしてるし、ラーアさんもお仕事モードな顔つきです。

 彼が求めているわたしの反応は、


『おくつ買ってくれるのですかー。うれしー、ありがとー』


 とかですよ、きっと。


 わかった。わかりました。ですがやっぱり、いい気分はしません。わたしの気持ちの問題ですけど。

 フレイクさんは悪くないです。ラーアさんはもっと悪くないです。


 でも、王都で一番の靴職人ですか? そういえば、


「わしが靴作りを教えた孫が、王都の靴職人コンテストで一等賞とったんですわー」


 って、ガロアさん嬉しそうでしたよね。

 もしかして、


(ちょっと確認してみよう。もしかしたら、この靴を恥ずかしく思わなくてよくなるかも)


 わたしはラーアさんを見上げ、


「王都でいちばんですか。すばらしいです。でしたらわたくしのくつは、いかがでしょうか? 領民のおじいさまが、なおしてくださったのです」


 彼女がなにを思ったかはわかりません。ですが行動としては、わたしの前にかがんで木箱を置いて、


「足をお乗せください」


 そして靴のチェックを始めてすぐ、苦々しい顔つきになりました。

 彼女は立ち上がると、


「公爵様。これ以上の作品を私に求めるのでしたら、それはできかねます」


 フレイクさんに頭を下げました。

 祖父が隠居して一番になった。彼女はそういっていた。もし彼女がガロアさんのお孫さんなら、「祖父にはまだ敵わない」と思っているはずです。

 この靴は、すばらしいものなのです! たぶんわたしは、フレイクさんにそう伝えたかったんだと思います。

 ただの自己満足ですよ。子どもですので、子どもっぽいのです。


「もしかしてラーアさんは、ガロアさんのおまごさんですか? ガロアさんが、まごが王都でくつをつくっているといっていました」


「祖父のご領主様のお嬢様でしたか」


 顔は笑ってるけど、目が笑ってません。


「祖父は元気にしておりますか」


「はい、とても元気です。村のみなさんのはき物は、ガロアさんがつくってくれるのですよ? みんなおおよろこびです」


 店内に響く「チッ!」という音。ラーアさん、舌打ちしたよね?


「王都でいちばんのくつ屋さんから見ても、これはとてもよいものなのですね。わたくしもそう思ったのです」


「はい、そうです。とてもよい作品です、さすがはクソジ……祖父の手によるものです」


 クソジジイっていいそうになったよね、この人。仲悪いのかな? ガロアさんの話しぶりだと、かわいい孫が活躍しててちょーうれしーって感じだったんだけど。


 わたしが「どやぁー」という感じでフレイクさんを見ると、彼の表情は「なんですか?」というように首をかしげるもの。

 あれ? ラーアさんとのやりとり、通じてない? やっぱり、聞いてみないとわからないか。


「フレイクさまはなぜ、わたくしをここにつれてきてくださったのですか?」


 単純に「おくつ買ってあげるねー」が正解な気もしますし。


「あぁ、そうでしたね。次の私主催のパーティー用に、靴を贈らせていただこうと考えまして。王国で一番愛らしいあなたに贈るものですから、王国で一番の女性靴職人に依頼させていただこうと思ったのです」


 王国で一番愛らしい。まぁ。それはいいです。流します。

 実際わたし、『王国主催!かわい~♡幼女コンテスト』があったら、優勝してもおかしくありませんから。


 でも、靴を贈る? パーティー用の?


 淑女しゅくじょたしなみみの本に書いてあったよね。パーティーの主催者から靴を贈られるということは、特にそれが未婚の男性から未婚の女性にだった場合、


『次のパーティーで、皆に貴女あなたを私の大切な人だと紹介しますので、ぜひいらしてください』


 って意味だって!

 わたしの認識が間違ってないと証明するように、


「そうでしたか。おめでとうございます、お嬢様。いえ、奥様。心と技術を込めてまして、最高の作品を作らせていただきます」


 お、奥様あぁ~! ラーアさんが、すでに奥様呼びですよっ。


 確かに『パーティー用に贈る靴の依頼をカップルでしに来た』のですから、『結婚の約束はすんでいる』と考えるのはおかしくないし、奥様呼びを嬉しく思う女性だっているでしょう。

 で、でもぉー!


 恐るおそるフレイクさんに顔を向けると、


「あなたにパーティー用の靴を贈りたい。それだけです」


 この人の笑顔は、ときどき胡散うさんくさくなる。

 そう思った。

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