第8話 デートのお誘い。
ヘッセンシャール新公爵との面会というかお見合いというかを、とても無事にとはいえない状態で終えた翌朝。
公爵さまからわたしへと、家中にでも
(うれいしい♡)
なんて思いませんでした。正直ジャマです。
花なんてそこらかしこに咲きますからね、田舎なので。薬草のほうが嬉しいくらいですよ。売れますから。
花束を届けてくれたのは、公爵さまのお
「
こわいくらいの
というかですね? 普通の幼女はそんなこわい顔を向けられたら泣きますよ。
「わ、わかり……ました」
この人、本当に執事さん? 暗殺業を営んでいるように思えますけど。
いえ、暗殺業にしては目立ちすぎますでしょうか、背が高すぎます。ここまで高身長な人は、この世界でも珍しいです。
用はそれで済んだのか、執事さんはお母さまではなくわたしに深く礼をして帰っていきました。
(なんだったんだろう……)
渡された手紙を見る。上等な封筒なのは手触りでわかります。
正直なところ、わが家に罰が下るような悪いお知らせではないと思います。
あの人はそんな人じゃない。昨日少しお話ししただけですが、そのくらいはわかります。
彼の視線は
だけどあの執事さんは……あんな顔で圧をかけられると、ちょっと不安になります。
手紙を受け取り執事さんを見送ったわたしとお母さまは、お父さまがいるリビングへと移動します。
(これ、読まないとダメなのかな)
とはいえゴミ箱にポイするわけにはいかず、「早く読みなさい」と
そこには、
「五日後の朝に迎えの馬車を向かわせるので、招待を受けてもらえるなら、おひとりで馬車に乗ってほしい」
というようなことが、とても幼女には理解できないだろう難しさで書かれていました。
(あの人本当に、わたしを子どもだと思ってないのかしら。それとも、お母さんに読んでもらってねとか思ってる?)
手紙の内容を両親につげると、お母さまは安心したように
「緊張して泣いてしまったと聞いたときには、冷や汗が出ましたよ。ですが公爵さまは、あなたによい印象を持たれたようですね。安心しました」
お母さまの言葉が理解できず、
「なぜ、わかるのですか?」
わたしは問い返して、自分もソファーに座りました。
「わかります。これほどの花束を謝罪で女に贈る殿方は、いらっしゃいません。これは女心をつかみたい殿方のすることです」
そうですか。
すみません。前世では男性に心を掴まれそうになった経験がなく、今世はまだ幼女なので、わかりませんでした。
「お父さまも、お母さまにお花をおくったのですか?」
お父さまに向けられたお母さまの顔が、険しくなりました。そしてお父さまは顔をそらします。
(あー、聞いちゃダメだったみたい)
わたしは話題を戻して、
「公爵さまは、わたしをあきらめないとおっしゃいました。どういういみでしょうか」
お母さまの表情が戻り、安心したように微笑みます。この人の笑顔は、本当にすてきだ。自分の母親だけど、きれいでかわいい人だなって思う。
わたしの質問に、
「どうでしたか、公爵さまのお人柄は」
質問で返すお母さま。
「すてきなかたでしたよ。かっこいいですし、やさしかったです」
わたしは子どもっぽく、「かっこいい」と答えました。実際、彼はかっこよかったです。
「でしたら、なぜ泣くなどという失礼をしたのです」
そうですけど、泣こうと思って泣いたわけじゃないんですけど。勝手に出ちゃったんです、涙。だって幼女なんだもん。
「きんちょう……してしまって。だってわたし、男のかたにはなれておりませんもの」
わたしの言い訳に、
「おじさまとは、普通に話せるでしょ」
お母さまが、呆れ顔で返します。
おじさまというのは、お父さまのご友人です。騎士団で中隊長というお仕事をしているみたいです。
中というからには、中間管理職でしょうね。キツそうです、でも給料は安そうです。だからいまだに独身なのでしょう。
「おじさまとはちがいます。公爵さまほどかっこいいかたは、きんちょうします」
本当は『男性との接しかたがわからずに、怖くなって泣けてきた』のですが、それはごまかしたいです。なんだか恥ずかしいじゃないですか。
「あなたのお父さまも、かっこよくてステキだと思いますけれど」
ため息まじりにお母さま。
「それは、お母さまだからです。わたしにはお父さまはお父さまで、男のひとではありません」
お父さまだって、かなりカッコイイ部類だと思います。年齢もギリ20代ですし、イケメンといえるでしょう。
でも肉親だからでしょうね、異性を感じることはないです。それが当たり前なんでしょうけど。
と、これまで黙っていたお父さまが、
「ココネ、お前はどうしたいんだ」
どうしたいって……。
「おことわりできるのですか?」
頭を抱える両親。この様子だと『できない』で決定しているみたいです。
公爵さまが持つ〈直感のスキル〉が、『わたしを妻とするように』と囁いた。
公爵さま本人がいうには、それがこの縁談の始まりです。
結婚というのはピンときませんが、あのかたがステキでかっこいい人だというのは、わたしにもわかりました。
あと、ちょっといい匂いがしました。男の人にいい匂いを感じたのは、前世も含めて初めてです。きっと、高価な香水をふりかけていたのでしょう。
とはいえ、恋愛の経験値をつむためにも、わたしは行動しないといけません。
前世の趣味だった乙女ゲームは、わたしを恋愛強者にしていなかったようですが、知識は十分なはずです。
わたし、乙女ゲームでは無双してましたからね。数々のオトコを
ですので、
「わたし、公爵さまのことをもっとしりたいです」
彼のお誘いを、受けてみることにしました。
だって、断れないんでしょ?
じゃあ、開き直って利用するしかないじゃないですか。わたしの恋愛経験値アップのために。
「では、お返事の手紙を送りませんとね」
お母さまの目がキラーンと光る。
(……え? お返事?)
わたし、お返事の手紙なんて書けませんよ? そんなお勉強、まだしてません。
「お送り、しませんとね!」
強い眼光をわたしに、ぷっすっ! ぷっすっ! と突き刺すお母さま。
わたしは目をそらすこともできず、
「……は、はい」
そう答えるしかありませんでした。
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