第9話 はじめてのデート。(1)

 予告通りの5日後。家の前にまったお迎えの馬車には、


「おはようございます。男爵令嬢」


 ヘッセンシャール公爵本人が乗ってきました。

 高身長の執事さんが、御者ぎょしゃをしているようです。執事さんって、馬車も運転できないといけないんでしょうか。


「お、おはよう……ございます」


 まさか公爵さまご本人が迎えに来るとは、思っていませんでした。

 馬車に乗ってどこかに移動するだけと油断していたわたしに、公爵さまが抱えきれないほどの花束を渡してきます。


(前が見えません……)


 それにしても、また花束です。この人、花が好きなんでしょうか。どうせならお菓子とか、食べ物がいいんですけど。


 フラフラしているわたしから、お母さまが花束を回収します。助かりました、花もたくさんだと重いですから。


 視界良好になった瞳に、公爵さまのお姿が入ってきます。彼はわたしの前で片膝を折ると、目線を合わせて、


「お迎えにあがりました」


 カッコイイとかわいいを混ぜ合わせたお顔で微笑ほほえみました。


 彼の訪問は予告もなく突然でしたが、思ったよりは動揺どうようしていません。

 この5日間、彼のことばかり考えていたからかもしれませんね。どうすれば普通の子どもだと思ってもらえるのか……とかを。

 わたしはあらためて、


「おはようございます、公爵さま」


 ドレスのすそを軽く持って右ひざを曲げる、レディの挨拶を披露ひろうしました。

 今日のドレスは、生後2500日記念で両親から送られた淡い桃色のもの。わたしの髪色に合わせていますが、ドレスのほうが薄い色です。

 これ、胸元に飾られた黄色の紐リボンがアクセントになっていて、とても可愛いんですよ? 正式な場所でなくカジュアルに着るもので、お母さまがいうには、


「このようなときに着るのが正しいのです」


 らしいので、今日はこの新しいドレスを着ています。

 というか、着させられています。


 ですが、とっても幼女趣味というか子どもらしいデザインなので、前世で27歳まで生きたわたしには少し恥ずかしいです。

 今のわたしは愛らしい幼女ですから、ちゃんと着こなせていると思いますけど。


(どうですか? 公爵さま)


 今朝は手早く農作業を終えると、お母さまに手伝ってもらって身支度をしました。

 ドレスを着て、髪を整えてもらって、お顔にはお母さまとっておきの乳液まで塗ってもらって。

 それもこれも、


(ぜんぶ、あなたのために……ですよ)


 公爵さまはわたしの挨拶を見て、ふわっとした笑顔を作ると、


「やはりあなたは、とても愛らしいですね。この数日間、あなたのことばかり考えていました。ですがわたしの心に残ったあなたより、実際のあなたのほうが何倍も可愛くて美しいです」


(ふわぁ!? なにそれ、この人ホストなの!?)


 い、いえ……前世でホストクラブなんて行ったことありませんけど、ホストっぽいセリフですよね? これ。


 あっ、でも。

 やばい、です……ドキドキしてます。


 鼓動こどうが激しくなって、唇が勝手にふるえてきます。

 普通ならこんなこといわれたら、「この人、なにいってるんでしょう」と冷めていくのですが、どうして?


 顔が熱い。胸が苦しい。

 公爵さまのお顔から、勝手に目がそれてしまう。


 異性からのお褒めの言葉には、「ありがとうございます」と笑顔で返すのが、貴族令嬢としての礼儀なのに。

 どうして? 言葉がうまく出てくれない。


 なにも返せないわたしに、公爵さまが左手を差し出してきます。男性から差し出された左手には、自分の右手を重ねるのが令嬢のたしなみです。

 恐るおそる、右手を彼の大きな左手へと伸ばすと、


 ギュッ


 予想していたよりも強い力で、小さな手が彼に奪われました。

 無言でわたしを見つめる彼の視線が、


『もう離さない』


 そういっているようで、胸が……苦しいです。

 でも、なぜ? なぜこんなに胸が苦しいの? ドキドキしてるの。


「では、いきましょうか」


 公爵さまに腕を引かれるままに、馬車へと移動します。客車の前に着いて、


「夜には戻ります」


 彼がお母さまにつげました。

 お母さまは腰を折って頭を下げると、


「ご自由に、お連れくださいませ」


 え……それって、親公認でのOKみたいな意味だよね?

 さすがにそれは、覚悟ができてないんですけど!?


 だけどお母さまのに対して、彼は、


「夜には、お帰しいたします」


 先ほどと同じようなことをつげると、わたしを抱きあげるようにして客車へと乗せてくれました。

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