第7話 お見合いかな?(2)

 間近に見る公爵さまは、やはり20代前半くらいに思えます。

 金色の髪に、濃いあおの瞳。いかにも貴族って感じの色合いです。

 肌もツヤツヤしてますし、前世のわたしからすれば、きれいな男の子って感じですね。さわやか系の美男子です。


 公爵さまはわたしを見つめて、一度うなずくと、


むずかしいかけ引きはやめます」


 かけ引きってなんですか。わたしは幼女なんですから、幼女に対する言葉でお話しくださいません? かけ引きなんて言葉を、こんな幼女が理解していたら変でしょう。

 わたしは「よくわかりません」と伝えるように、目を開いて小首をかしげます。


「私は〈直感ちょっかんのスキル〉を持っています。そのスキルがささやきました。あなたを妻にしろと」


 この人、スキル持ちなんですか!?

 〈スキル〉は〈超能力〉みたいなもので、常人じょうじんにはない能力です。

 もちろんわたしにはありません。


 〈超能力〉といっても、前世で言えば世界トップレベルのアスリートとか、売れっ子の音楽家や画家といった『常人には到達できない領域に踏みこめた人たちが、生まれながらに持っていた才能』というイメージで、『いないわけではない』といったところでしょうか。

 なかなか、お目にかかることはありませんが。


「そうなの……ですか?」


 それ以外、なんて答えればいいの。わたしはスキル持ちじゃないし、なんでしたっけ〈直感のスキル〉ですか?


『直感にしたがえば上手うまくいく!』


 とか、そういうのですよね? たぶん。


(その直感のスキルがわたしを妻にしろといったから、求婚してきた。理屈は通っています)


 この美男子が美幼女大好きの変態というよりは、納得できる理由ですね。


「つまにともうされましても、わたくし……まだ子どもですけれど」


 だけどこの国では、結婚できる年齢なんですよね……。


「はい、存じております」


 たしかに、見ればわかりますか。


「なにか、公爵さまのおやくにたてるわけではない……と、おもいます」


 大人のわたしでも、公爵の役に立てるとは思えません。なにせ前世では町役場の職員ですし、今世での得意分野は今のところ農作業です。親鳥から卵を回収するのは得意ですよ。


「あなたは、なにもしなくてかまいません。年相応としそうおうに学んではいただきますが、私の仕事を手伝ってほしいということではありません」


 それは助かりますが、なんだかよくわかりませんね。


「ですが……ふうふ? に、なるのですよね? お父さまと、お母さまのような」


 たどたどしい口調で、子どもっぽいところもアピールしておかないと。


「それは……そうですね。ですので、寝室は同じにしていただきます」


 ちょっ……え? そ、それは……。

 でも、夫婦ならあたりまえ……だよね?


 ってこの人! 寝室が同じって意味を幼女が理解できると思ってるの!?

 幼女じゃない前世のわたしは理解できてますけどっ!


 わたしをまっすぐ……って、あれ? この人、どこ見てるだろう。わたしの後ろ?

 彼の視線がわたしの後ろにあるような気がして、ちょっと振り向いてみました。ですがそこには、なにもありません。


(気のせい、かな?)


 顔を前に戻すと、今度はちゃんと視線が合いました。


「こうしてお話をさせていただいてるだけで、あなたが普通の子どもでないことはわかります。まるで、大人の女性とたいしているようです」


 えー……わたし結構、子どもっぽくしてますよ?

 でも、んー……どうしよう?


 まさか前世の記憶があるとはいえないし、それに町役場職員の記憶が、公爵夫人をやるのに役立つとは思えない。

 わたし的にはまだまだ家にいて、のんびりと両親に甘えた生活をしていたいんですけど……。

 黙りこんだわたしに、


「少し、私側の事情を説明いたしましょう。私に両親はいません。母は私が幼い頃に亡くなっていますし、父上が急逝きゅうせいなされたので、私が爵位を継いだのです」


 お母上は、そうなのですか? お父上が急に亡くなられて、あわただしく公爵位を継いだとはきいておりましたが。


「それに兄弟もなく、小うるさい親戚もおりませんので、あなたをめとるのに反対するものはおりません」


 彼は微笑ほほえんで、


「そうですね。難色なんしょくをしめしているのは、あなただけです」


 難色なんて難しい言葉を、幼女にむけて使わないでほしいです。普通の幼女ならぽかーんってなりますよ。


「おことわり……は、できませんでしょうか」


「できません。というより、会って話してわかりました。あなたは普通の子どもではない。私は、あなたをあきらめない」


 普通の子どもじゃないことは、わかってもらわなくてよかったんですけど。

 だけどこれほど美男子に「あなたを諦めない」なんていわれるのは、前世の乙女ゲーム以来です。とてもドキドキしますね。


 ドキドキ……は、しますけど。

 すぐにこの人の妻にとなると、それは別の話です。


 だって……。


 こわい……です。


 そ、そうですよ! わたしの前世は、27歳で男性経験がないまま死んだんです。

 乙女ゲームに癒しを求めて、現実での恋愛は諦めていたんです。異世界に美幼女として生まれかわったといっても、性格はそんなに変わりません。


(男の人は、こわい……です)


 どう接していいか、わからないんです。


 わたしを見つめて、困ったような顔する公爵。彼にそんな顔をさせてしまう表情をしているのでしょうか。


 ムリにでも笑わないと。笑顔を作らないと。

 家のために、家族の……ために。


「……すみません、泣かせてしまうつもりはありませんでした」


 そういわれてわたしは、自分が涙を流していることに気がつきました。


「ご、ごめんなさいっ」


 慌てて手のこうで、濡れた頬をぬぐいます。


「いえ、悪いのは私です。私は大人で、あなたは子どもなのですから」


 違う。わたしは子どもだけど、大人でもある。心はあなたよりも年上の大人なの。

 だから、ちゃんといわないと。彼は前世も今世も含めて、人生で初めてわたしを求めてくれた男性だもの。


「ご、ごめんなさい。こわいんです。男のかたにどうせっすればよいのか、わからないんです」


 子どもだからじゃない。わたしという人間の、経験値がたりていないから。


「私が、恐ろしいですか?」


 わたしは首を横にふって、


「わかりません」


 素直につげた。


「そうですか……」


 彼は立ち上がりわたしの側に移動して、片膝をついてかがむと視線の高さを揃えて、


「また、会っていただけますか」


 笑顔をくれました。


(安心させようとしているんですね。優しいの……ですね)


 だけどわたしは、うなずくのが精一杯。

 でもそれに彼の笑顔がもっと素敵なものになって、


(喜んでもらえた)


 そう思った瞬間。

 心臓がつぶれそうなほどに、きゅぅ~っとうずいた。

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