第20話 お泊まりです。(2)

 真新しい下着に、シンプルですが肌触りのいい赤のドレス。髪はくしでとかれ、左側にかわいらしい銀の髪飾りを。

 メイドさんたちに指示されるがまま身体を動かしたり、ときにじっとしたり、見るみる間にコーデされていって、全身鏡の前に連れていかれたときには、


「おひめさま、みたい……です」


 これ、わたし? いえ、かわいいのはしってますよ。でも、ここまで変わるものでしょうか? こんなの本当に『お姫さま』です。


「みたいではございません。お嬢様は姫君でいらっしゃいます」


 メイドさんたち、わたしの身分をしらないのでしょか? そんなことはないと思いますけど。


「ありがとうございます。こんなにかわいくしていただけてうれしいです。公爵さまにほめていただきましょう」


 着飾ったのは公爵さまのため。それくらいわかります。


「はい、お嬢さま。ではご案内いたします」


 わたし専属と言われた5人のメイドさんのうち、一番年上に見える人が先導してくれます。そしてわたしの後ろにはふたりが。

 残りのふたりは、部屋の片づけに残るそうです。


 わたしの部屋は二階にあって、階段を昇ることも降りることなく移動したので、


「公爵さまが、こちらでお待ちでいらっしゃいます」


 メイドさんが開けた扉の先は、二階のベランダでした。


 そこには小さめの円形テーブルが置かれていて、フレイクさんが腰掛けるイスの隣に、子ども用のイスが置かれています。


「よくお似合いです。きれいですよ」


 席を立ち、わたしを迎えにくるフレイクさん。


「すてきなドレスをおかしいただき、ありがとうございます」


 汚さないように気をつけないと。と思いましたが、


「そのドレスはプレゼントです。サイズがあっていなければ直させますので、メイドに申しつけください」


 プレゼント。まぁ、この人はいろんなものを贈ってくれますしね。これはきっと、高価なほうですけど。


「ありがとうございます。公爵さまは、赤がおこのみなのですか?」


 わたしはくるんと回って、全身を披露します。


「色は、そうですね。なにが好みということはありませんが」


 差し出された彼の右手に、わたしは左手をのせる。彼は繋がった手を優しく引っ張ってわたしを引きよせると、


「私が好んでいるのは、ココネです」


 そう囁いて、


「ちゃんと、名前で呼びましたよ」


 楽しそうに笑った。


「そんなこと……わたくし、もうおこっておりません」


「それでは先ほどは、怒っていらしたのですか」


 あー……それは、少しは。わたしは笑みを作り、


「さぁ、どうでしたかしら?」


 とぼけてみせた。


 フレイクさんは苦笑すると、テーブルへとわたしを引っ張っていきます。

 テーブルに近づくと、以前、わたしを胡散くさそうな目つきで見た若い執事さんが、小さなイスを引いてくれました。


「ありがとうございます」


 でも、どうやって座りましょう。位置が、ちょっと高いんですけど?


「失礼、マイレディ」


 フレイクさんが悩んでいるわたしを抱えて、イスに座らせてくれました。その動きに合わせて、執事さんがイスを前に押し出します。

 そして、わたしの隣の席にフレイクさんが座ると、お茶の準備や、お菓子がいっぱいのティースタンドが運ばれてきました。


「わたくし、お菓子をたべさせておけば、きげんがよいとお思われていますか?」


「違うのですか?」


「ちがいません。おいしそうです」 


 心からの笑顔に、彼も嬉しそうな顔を返してくれます。


「フレイクさま、ごいっしょにいただきましょう」


「はい」


 全部美味しそうだし、かわいい。大人向けじゃなくて、完全に子どもが喜びそうなデザインにされている。


「これはこの前のお店の、パティシエの新作だそうです。お菓子の名前はココネ。あなたの愛らしさを表現したといっていました」


 え? わたしを表現って。

 フレイクさんがそう言ったお菓子は、マカロンのようなもので丸い形をしています。確かに色合いは、わたしの髪色に似たピンクです。


「わたくしを、ですか? それは……なんだかはずかしいですね」


「そうですか? かわいらしいココネが、上手に表現されていると思いますが」


 フレイクさんがお菓子のココネを手に取り、


「どうぞ、お召し上げりください」


 わたしの口もとに運びます。


 ぱくっ


 一口かじると、


(食感はマカロンより、カステラに近いかも。甘くて美味しいです。それにフルーティーな香りがします)


 味わって飲みこむと、


「フレイクさまも、どうぞ」


 わたしは彼の手から、かじられたお菓子のココネを奪い、


「あーん、してください」


 彼の口もとにいざないいました。

 わたしがかじった部分は避けたのですが、フレイクさんは、わざと? かじられた部分を含めて口に入れます。

 そして笑顔ですよ。

 そ、そんなことで動揺しませんよ! し、しませんからっ。


「ね? おいしいですよねー」


 わたしも笑顔を返してやりましたとも。可愛く小首を傾げて、にっこりと。


 若い執事さんは困った顔をしていますけど、メイドさんたちは微笑ましそうにしています。

 まっ、子どものすることですしね、無邪気なものです。


 それにしてもこの若い執事さん、わたしが気にいらないって雰囲気丸出しなんですよね。

 確かに大切な旦那さまが、見た目がいいだけの男爵家の幼女ごときにいるようにも見えますからね、気にいらないのはわかります。


 ですが、結婚を申し込んできたのは、その旦那さまからですよ。

 男爵家の幼女が言い寄ってきたわけじゃありません。そんな気に食わない感じを出されると、さすがにイラっとくるんですけど。


 今にも舌打ちしそうなそのお顔。フレイクさんからは見えてないでしょうが、わたしからは丸見えですよ。

 ただの幼女だと思っているから、その顔を隠そうともしないのでしょうね。


「ではフレイクさま? こんどはわたくしのばんです。一番おいしそうなお菓子を、お口にいれてくださませ。あ〜ん、ですよ♡」


 甘えた声とにっこり笑顔のあと、わたしはお口を広げます。


(どうですか執事さん、旦那さまが幼女にコロコロ転がされてくやしいですかっ!)


 若い執事さんを挑発するようにフレイクさんに甘えてしまいましたが、これはこれでわたしにもデメリットがありました。

 思っていた以上に、彼との距離感が縮まってしまったのです。いつの間にかわたしの両手は彼の胸元にそえられて、身体はほぼ密着状態です。


(は、恥ずかしいんですけど……)


「今日はずいぶんと甘えていただけますね、嬉しいです」


 今さら、距離を取るのは不自然です。やばいです、調子に乗りすぎました。

 わたしってまだ子どもですので、感情のままにつっぱしってしまうことも、ままあるのです。

 これはですね、どうしようもありません。子どもとは、そういう生き物なのです。


「ご、ごめんなさい。わたくし、子どもみたいです……ね」


 照れ笑いを返すと、


「いいえ、嬉しいといいました」


 彼はわたしの腰に腕をまわし、顔を近づけてきます。


(か、顔、近いんですけどっ)


 目が覗かれる。つい顔を背けると、


「照れていますか?」


 は、はい、照れてます……よ?

 身体を引いて腕から逃れようとしましたが、腰を強く掴まれて固定されます。


「逃がしません。オレのです」


 あれ? 今、「オレ」っていった。いつもは「私」なのに。

 この人、一人称は「オレ」なんでしょうか。


「まだ、公爵さまのものではございませんわ」


「まだ、ですか。ではこれから、私のものになってくださると?」


 わたし、なんていった? 無意識でいっちゃったの!?

 フレイクさんの指が、わたしの前髪をなでます。顔を、見ようとしているの? 彼の手の動きにうながされるように顔を上げてしまうと、


「かわいいです」


 それは自分でもしってます、けど。


「それに……」


 そんなに見つめないで。目が、奪われちゃう。


「それ、に?」


いとおしい」


 囁くようにいった彼の顔が、


 ぶふおぉっ!


 と、真っ赤になりました。

 も、もう! なんなのこれっ。


「て、てれるならいわないでください。わたくしも、はずかしくなります」


 メイドさんたちに、めっちゃ見られてる。フレイクさん気にならないの? そういえば高位の貴族は、使用人は用を言いつけるとき以外は、いないものとして扱うっていうけれど。


「すみません、ですが本心ですよ。私は、あなたが愛おしいです。愛しています」


 今度は、真面目なお顔。


「ほら、照れずにいえました」


 そうして微笑む彼に、わたしも自然と笑みを返していました。

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