第19話 お泊まりです。(1)

 恥ずかしい……めっちゃ泣いちゃった。

 子どもだから許されるかもしれないけど、女としてはどうなの?

 彼は泣き止んだわたしをお姫さまだっこで抱き上げると、


「しばらく一緒にいましょう。やしきに来ていただけませんか」


 しばらくって、


「おとまり、ですか?」


「はい、お泊まりです。ココネが嫌でなければ」


 わたしは頭を横に動かして、お母さまに顔を向けると、


「フレイクさまのおうちにおとまりしてきます」


 宣言した。

 でも、


「なんにちでしょう? あまりながくは、村をあけておけません」


 卵製造機たちのお世話もあるし、子どもたちの勉強を見てあげる必要もある。


「ココネが満足するまで、でしょうか」


 わたしは少し考えて、


「それではお母さま、3回、フレイクさまのおやしきにおとまりします。きょうと、あしたと、あさってで、そのつぎの日にもどります」


 お母さま、困った顔をしています。「それは公爵さまがお決めになることでしょ、あなたが勝手に決めるな」という顔に見えます。なので無視します。


「たった3回だけですか?」


 フレイクさん、なぜそのようなガッカリ顔なのです。たったではありません。修学旅行レベルです、むしろそれ以上です。大イベントですよ。


「フレイクさまは、おしごとがおいそがしいのでしょ? それにわたくしにも、おしごとがあります」


 彼は苦笑して、


「あまりイジメないでください。反省しました」


 イジメたつもりはありませんでしたが、


「はんせいしたのでしたら、よろしいですわ」


 わたしはにっこり笑顔をさしあげます。怒ってはいません。会えて嬉しいです。来てくれてありがとう!


 そして馬車に乗ったわたしは、フレイクさんの隣にひっつくようにして座り、王都の彼のお邸まで運ばれました。

 そのあいだ、彼とはたくさんお話しました。

 といっても、大した話じゃありません。村の様子や家族のこと、そしてわたしのお仕事の内容などです。


 彼は話を聞いて楽しそうにしていましたが、ときおり、わたしの後ろというか頭の上というかに視線を向けるのが気になりました。

 だけど、彼がことはままあります。

 もしかしたら、彼の〈スキル〉が関係あるのかもしれません。なんとなく、そう感じます。


『うしろ、なにかありますか?』


 そう聞いてもいいんですけど、なぜでしょう? 気軽に聞いちゃダメな感じもするんですよね。

 〈スキル〉は繊細せんさいなもので、保有者の精神と結びついているとされていて、スキル持ちの人ってあまり自分の能力を話したがらないそうです。

 なので〈スキル〉には未知の部分が多いと、本に書いてありました。


 それに、彼がわたしの後ろを気にするのはまれです。ほとんどはわたしを見てくれているから、満足しています。


 馬車は王都に到着して、そのまま彼のおやしきへ。

 フレイクさんと並んでお邸に入るとそこには、


「おかえりなさいませ、旦那様」


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 お邸勤めの執事さんやメイドさんたちが、ズラッと並んでお出迎えです。


 いらっしゃいませじゃないの? そう思ったけど、「おかえりなさい」といわれたからには、


「は、はい。ただいまもどりました」


 そう答えるしかありません。フレイクさんは頷いただけですが、それが高位の貴族っぽくもありスマートでした。


「お嬢様は、こちらへお願いいたします」


 すっごい美人のメイドさんが、腕でわたしに進む方向を示します。フレイクさんを見ると、


「すみません。私も準備がありますので、ココネもお願いします」


 準備、ですか? なんの。


 スタスタと歩いていくフレイクさんと、


「こちらでございます。お嬢様」


 わたしをうながすメイドさん。ここは、メイドさんに従うしかないでしょう。歩き始めた彼女を追うと、えっと、何人? わたしの後を5人のメイドさんがくっついてきました。


(なに? これなに! 見張られてる!?)


 そして案内されたのは、明らかに『子ども部屋』でした。

 品よく豪華ではありますが、小さめの家具や全体の色使いが、幼い令嬢の部屋といったおもむきです。


(これ、いつから用意されてたの?)


 昨日今日じゃないよね。ベッドもカーテンも、室内の様相すべてが急ごしらえには見えません。この部屋は、以前からこうだった。そう思われます。

 ましてやお泊まりは急遽決まったことだから、『この数時間で整えた』はありえないでしょう。


「ここはお嬢様のお部屋になります。ご自由にお使いくださいませ」


 先導してくれたリーダー格のメイドさんは続けて、


「それからこの5人。これらはお嬢様専属のメイドとなります。これらも、ご自由にお使いくださいますよう」


 その恐ろしい言葉に対しての、「うそですよね?」という意味を含めたわたしの笑顔に、5人のメイドさんは一斉いっせいに頭を下げました。

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