第18話 手紙のお返事。

『会いにうかがっても、ご迷惑ではありませんでしょうか』


 手紙にしたためたのは、要約ようやくするとそれだけです。

 ですが手紙のチェックをお願いしたお母さまは、


「よく書かけていますよ。公爵さまにもお喜びいただけます」


 そうおっしゃってくださいました。


「このお手紙を、公爵さまにおわたしくださいませ」


 手紙を書いた翌日。いつものように(だいたい3日間隔で)公爵さまのお手紙と贈り物を配達してくれる背の高い執事さんに、わたしは公爵さまへのをおあずけしました。


(つぎの配達で、お返事もらえたらいいな)


 ですがフレイクさんからお返事は、その日のうちに届けられました。

 届けてくれたのは、またしても背の高い執事さん。今日だけで2往復ですね、ご苦労さまです。


 ですがわたしは、あまりに早く届いた彼からのお返事に期待と不安が混ざり合って、手紙を差し向ける執事さんの前で、地面にへたり込んでしまいました。

 身体が冷たい。変な汗が出る。顔色が悪くなっているだろうと、自分でもわかりました。


「お嬢様ッ!」


 執事さん、心配させてゴメンなさい。


「だいじょうぶ、です」


 なんとかそれだけを答えます。


「公からのお返事は、お嬢様の望むものでございます。公はお嬢様を慕っておられます。ご安心して、あるじの手紙をご確認くださいませ」


(この人、わたしがヘタった理由がわかってるの? 見た目のわりに、女の子の心情が理解できる人なんだな)


 席を外していたお母さまが、執事さんの声にか急いで玄関に走ってきました。


「ココネっ!」


 床に座ったままのわたしに寄りそい、執事さんにキツイ目を向けます。


「ちがい、ます……お母さま」


 わたしはお母さまの腕に触れ、首を横にふりました。


「あまりに早くおへんじをいただけたので、ふあんになってしまいまして。足から力がぬけてしまいました」


「不安にって。公爵さまはあなたを愛していますと、お母さまはいいましたでしょう?」


「はい。でも……わからない、から。こわくて」


 わたしは恐怖を感じている。彼からの手紙を怖がっている。

 お母さまにささえられて立ち上がると、執事さんから手紙を受け取りました。


 お母さま優しく頷き、いつも怖い顔の執事さんですら、無理に笑みを作ろうとしてくれています。無作法なのは理解していましたが、わたしはその場でふういて、手紙を開きました。


『今日、明日、というわけにはまいりませんが、明後日のお昼には必ず、私がお迎えにあがります。ココネとお会いできるのが楽しみです、会いたいと思っていただけて、幸せです』


 そういう、お返事でした。

 お母さまに見ていただくと、


「よかったですね」


 嬉しそうに笑ってくださいました。

 わたしも、きっとお母さまと同じような嬉しそうな顔で、


「はいっ!」


 そう、返しました。


     ◇


 2日後。約束通り、フレイクさんが迎えに来てれくれました。

 彼は馬車を降りると、


「すみません、不安にさせました」


 まずそういって頭を下げます。この前、わたしが不安でへたっちゃったことを、執事さんに聞いたのでしょうか。

 王家に連なる身分の公爵さまが、田舎男爵の娘に頭を下げるなどあってはならないことですが、御者の高身長の執事さんはなにもいいません。

 この人普段なら、主人のらしくない行動は止めそうなイメージなんですけど。


「詳しくはお話できませんが、六王家ルミナスが集まる会議がありまして、そちらに時間を取られていました」


 あっ、はい。わたしの相手をしている暇がないほど、忙しかったのですね。

 困ったようなお顔をするフレイクさん。どうしてですか? お仕事が忙しかったのですよね? 仕方ないじゃないですか。

 わかりました。安心しました。


こう、お言葉が足りておりません。お嬢様を安心させてあげてください。お嬢様の心労は、察するに余りあるものでございましょう」


 珍しく執事さんが、フレイクさんへと長ゼリフをしゃべった。

 って、別にいいよ! もうわかったから。わたし、納得した顔してるでしょ? してるよね!?


「そう……だな。男爵令嬢ならわかってくれると甘えてしまった。私がおもうほど、あなたが私を想ってくれているわけではないのに。傲慢ごうまんおろかだった、すまない」


 いろいろと思うところがある言葉だったけど、「私が想うほど、あなたが私を想ってくれているわけではない」も大概たいがいだけど、わたしが一番に引っかかったのは、


「男爵令嬢って? あなたって、誰? わたしはココネです。そんな他人たにんみたいによばないでください、求婚したくせに」


 やばっ! わたし『長く会えなかったこと』が結構頭にきてたみたいで、めっちゃ無礼なこといっちゃった。

 こういうことろなんだよな、前世の記憶が余計なことするの。

 他人みたいって、他人でしょ? 前世のわたし、なにいっちゃってるの。あなたさ、もう少し身分制度社会に馴染なじんでよ。


 でも名前で呼ばれなかったのが、すっごく不満に感じた。

 会いに来てくれるっていったから、会ったらすぐに名前を呼んで抱きしめてほしかった。


『ココネ』


 って、そう呼んでほしかった。フレイクさんに名前を呼んでもらえることを、ずっと待ち望んでいたの。


 慌てて言い訳しようとしたけど、彼はわたしの前に片膝をついて優しく抱きしめてくれると、


「ありがとう、ココネ。愛している」


 久しぶりの彼の香りと感触。そして初めて、「愛している」と声にしてもらえた。

 手紙では何度もいわれた言葉だけど、文字と声ではあまりに伝わり方が違っていて、


「……うれしい」


 ただそれだけの、子どもっぽい感情ばかりが溢れて、涙になった。

 前世の大人のわたしも、今世の子どものわたしも、結局は同じわたしだ。どちらも大した人間じゃないし、恋愛には弱い。

 わたしはフレイクさんに抱きついて、


「さみしかった、あいたかった!」


 凍らせていた感情をぶつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る