第17話 季節は進んで。

 季節は春を過ぎ、夏の香りが村を満たすころ。

 わたしは、生後2600日目を迎えました。


 田舎ですから、夏といっても夜はそこまでの暑さではありません。

 今夜、お父さまは村の会合で留守にしていて、家にはお母さまとわたしだけです。

 ふたりでの夕食を終えて、一緒に後片づけをして、することがなくなったのでソファーに腰を落とします。


「はぁ……」


 またため息。このところわたしは、すぐにため息が出てしまいます。


「気になるのでしたら、会いに行けばよろしいでしょう」


 ため息に返された、お母さまの声。

 お母さまは、わたしのため息の理由がわかっているようです。


「あいに? なんのことでしょう」


 強がり。わかってます。


「そういうところは、まだまだ子どもですね」


 苦笑するお母さま。そういうところだけでなく、


「わたし、まだまだ子どもですけど」


 だけど、いつまでも子どものままじゃない。


(もう、54日も会えてません。わかってますか、フレイクさん。わたし今日で、生後2600日なんです。記念日でもなんでもありませんけど、キリがいい数字ですよね)


 だから少し、期待していた。

 今日は朝から、「会いに来てくれるんじゃないか」ってワクワクしていたの。


「はぁー」


 正直わかりません。フレイクさんの気持ちが。

 公爵さまが弱小男爵の娘に求婚、それもわたしみたいな幼女に結婚を申し込むというのは、やっぱりおかしい。変です。


『彼の〈直感スキル〉が、わたしを妻にしろと囁いた』


 でしたよね。

 それにしても、納得はしにくいです。


(なぜ今なの? 10年後じゃいけないの?)


 いや、10年は遅いか。わたしはいいとしても、フレイクさんは30歳を超えてしまう。

 公爵さまがその年まで結婚していないというのは、無理が出てきますよね。


「ねぇ、お母さま?」


「なんですか」


「ヘッセンシャール公爵さまは、ほんとうにわたしとけっこんしたいのでしょうか」


 正直なところ、わたしにはわかりません。恋愛経験がありませんし、男性の考えかたも理解できません。

 わたしの疑問にお母さまは、


「したいのでしょうね。そうお見受けしますよ」


 即答しました。


「理由は、どのような理由がおありなのでしょう」


「理由ですか? あなたが愛らしく美しいからではないですか」


 そういうことじゃなくて……いや、それはそれで問題ありでしょ。こんな幼女に夢中になってメロっちゃうようなやつは変態です。


「でしたら、公爵さまは子どもをあいするかたなのですか? きいたことがあります、子どもしかあいせない人がいると。だとしたらわたしは、おとなになれば公爵さまにすてられるのですか?」


 だって、そういうことですよね。権力と財力を持った変態野郎がしそうなことです。

 わたしとしては真面目な疑問でしたが、お母さまは面白そうに笑いながら、


「そういうところではありませんか、公爵さまがあなたを見初めたのは」


 そういうとこと? どういうところでしょうか。小首を傾げるわたしに、


「普通の子どもは、そのような考えはしません。あなたが普通でないのは、お母さまもお父さまもわかっています。ですから、この婚姻には賛成しているのですよ」


 だから、最初の段階じゃ話したこともなかったんだって。見初めようがないでしょ。

 やっぱりフレイクさんは、〈スキル〉に従っているだけなの?


「あなたがなにに悩んでいるのか、お母さまにはわかりません。あなたほど、頭がよくないですから」


 お母さまはまっすぐにわたしを見て、


「ですが公爵さまは、あなたを求めています。ちゃんと、あなたが好きなのだと思いますよ。それにあの方は、子どもしか愛せない人ではありません。それはあなたを見るこうのお顔を拝見させていただければ、すぐにわかりました。私は子の母ですからね、そういう気配には敏感なのです」


 子の母でないわたしにはわからないけど、自信満々でいい切りました。


「公爵さまがすきなのは、わたしだけ?」


 子どもが好きがわけではない。幼い身体を愛する人ではない。それは安心です。幼女趣味の変態とはわかり合えません。

 言葉にはしませんでしたが、お母さまはわたしの気持ちを理解してくださったようで、


「そうです。あの方はあなたがあなただからこそ、求めていらっしゃいます。子どもの身体になど興味はありませんでしょう。そういうことを好むというお話も聞きません。結婚をしても、あなたの成長を待ってくださるかもしれませんよ」


 もしかしてお母さま、お父さまも、フレイクさんのこと調べたの?


「だったらなぜ、わたしをすきになったのでしょうか」


 〈スキル〉だ。彼の〈直感スキル〉が「わたしを妻とするよう」囁いた。

 それしかない。彼がいったように、それがなんだ。


「それは、公爵さまにしかわかりません」


 でもそれだと、彼が求めているはじゃない。

 彼が求めるのは、『スキルが指し示した女』だ。

 それは、わたしではない。


 ダメだ。これは考えちゃダメなやつだ。

 こういう恋愛には後ろ向きな性格で、前世では何度も嫌な思いをしたんじゃなかった?

 だからこれは、考えない方がいい。


 わたし最初は、「めんどくさいことになった」って思ってたはずなのに。

 だったら彼に嫌われたって、求婚の話がなくなったっていいじゃない。


 でも、なぜだろう? それは悲しいです。

 悲しくなっちゃう。涙が出そうになってしまう。


「……会いにうかがっても、めいわくではありませんでしょうか」


「大丈夫です。喜んでいただけますよ」


 お母さまの微笑みに、わたしは安心しました。


(どうなろうと、この人たちはわたしを愛してくれる。なにがあろうと、わたしはこの人たちの娘だ)


 この人たちがいるのなら、なにがあっても、わたしの幸せは失われない。


「お手紙をかいてみます。会いたいですと、かきます」


 お母さまは頷いて、


「それがよろしいでしょう。公はきっと、お喜びくださいますよ」


 わたしを安心させてくれました。

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