第21話 お泊まりです。(3)

 ベランダでお菓子を楽しんだあと、フレイクさんはおやしきを案内してくれました。

 お庭やいろんなお部屋。彼の私室や執務室も。わたしが興味をしめすと、なにも隠そうとはせず見せてくれます。


 そのあとは夕食です。お菓子をたくさん食べたからでしょう、量は少なめでした。ありがたかったです。残すと無礼になると、礼儀作法の本に書いてありましたから。


 夕食を終えた瞬間。小さくあくびしてしまったのを、側に控えていた専属のメイドさんに見られてしまったようで、


「お嬢様、少しお休みになられますか。お風呂のご用意も整っておりますが」


 お風呂? お風呂っ!?

 それはあれ? お金持ちの家にあるという噂の、お湯がはられたバスタブ的な。

 わたしの家にお風呂はありません。大きめの桶にお湯をためて身体を濡らすことはできますが、それだって毎日ではないです。贅沢ぜいたくですからね。


「お風呂ですか。それはすてきです。ぜひいただきたいです」


「かしこまりました。ではすぐにご支度いたします」


 専属メイドさんが、フレイクさんの後ろに控えていた、見慣れたのっぽの執事さんになにかを伝えます。

 すると執事さんが、主人の耳元に顔を寄せてなにかを囁きました。フレイクさんは小さく頷いて、


「食事はどうでしたか。お口に合いましたか」


 わたしに問います。


「はい。とてもおいしくいただきました」


 実際美味しかったです。子ども向けの味つけに思えましたが、だからこそ美味しかったです。


「そうですか、よかったです」


 お皿が下げられていき、


「お嬢様、こちらへどうぞ」


 メイドさんが声をかけてきました。イスが引かれ、わたしは席を離れます。

 お風呂だよね? どうしよう? なにか声をかけたほうがいいよね。


「フレイクさま。また、あとで」


 これが正解かわかりませんでしたが、


「はい。また後でお会いしましょう」


 彼はそういってくれました。


     ◇


「わたくしどもが、お手伝いさせていただきます」


 お風呂くらい自分で入れます。そういおうと思いましたが、


(うわぁ……これは、ムリだ)


 お風呂がですね、とっても広いのです。そして、なにをどう使えばいいかわからないのです。

 ウチのお風呂桶とは、ユニットバスと温泉の大浴場ほどの差がありますよ。なにか壊しでもしたら、弁償べんしょうできませんっ!

 これはもう、メイドさんたちに手伝ってもらうしかないです。


「ぶさほうではずかしいのですが、おねがいしてもよろしいでしょうか」


「無作法などと、とんでもございません。お嬢様はとても作法がおできになられた、すてきなレディでございます」


 わたしは裸にひんむかれて髪を丸められると、メイドさんたちに丁寧に身体を拭かれたあと、湯船にどぼん。


(うわ〜、こんなにいっぱいのお湯に浸かるなんて、今世ではじめてだぁ〜♡)


 うわあぁ〜っ、めっちゃ気持ちいいです。


「お嬢様、髪をお湯につけないようになさってください」


「はっ、はい。ごめんなさい、このようなお風呂ははじめてですので、お湯をよごさないよう気をつけます」


「いえ、そういうことではございません。髪をお湯に入れてしまうと、乾かすのにお時間がかかりますので。公爵さまのところにお戻りになるのですよね」


 そういう意味でしたか。


「はい。もどります。わたくし、公爵さまとのじかんをすごすためにきたのですから、できるだけごいっしょしたいです」


 メイドさんたちが、クスッと笑う。


「へんでしょうか」


「いいえ、大変可愛らしくいらっしゃいます。そのお気持ちは、私どもでもわかります。女ですから」


 そう、だよね。同じ女なんだから。


「そうですよね。すきな人とはいっしょにいたいです。おんなですもの」


 好きな人。自然とそういってしまったことに、自分でも驚いた。メイドさんたちは、何も思わなかったようだけど。

 わたしがフレイクさんを好きなのは、当然だって思われてるんだろうな。


 湯船を上がると、再び身体を洗われます。そして泡をお湯で流されて、タオルで身体を拭かれて、髪にいい匂いのオイルのようなものをまぶされました。

 お風呂上がりのお着替えは、


(これ、シルクですよね。サラサラです)


 だけどこの服、なんでしょう? シルクのワンピースだと思うのですが、さすがに寝間着じゃないですよね? それにしては作りがしっかりしていますし、細やかな刺繍がふんだんに施されています。

 これ、ドレス並みのお値段がすると思うんですけど。


 ですがメイドさんたちがこれを着せたということは、フレイクさんと時間を過ごすのに適した服装なはずです。


「よくお似合いです。お嬢様はとてもお美しくございますので、どのようなお召し物でも着こなしてしまわれるでしょうけれど」


「ありがとうございます。ですがこのような高価なものをおかしいただくのは、きんちょうしてしまいます。よごしたらどうしようって思います」


 だってこれ、真っ白なんだもん。汚れが目立っちゃうよ。


「いえいえ、お嬢様がお召しになられるものは、すべてお嬢様のものでございます。汚れなどお気になさる必要はございません。汚れは落としますし、代わりのお召しものもございます」


 え? これ、わたしのなの!? 確かに女児用だけど。

 まぁ、深く考えないようにしよう。男爵家と公爵家では、財力が違うのでしょう。お金のことは、気にしないほうがいいのかもしれませんね。

 気にしだすと、身動きができなくなってしまいそうです。


 こうしてお風呂を満喫まんきつしたわたしは、フレイクさんが待つ談話ルームに移動しました。

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