第5話 おやしきに招待されました。

 わたしに縁談がきていると聞かされてから、10日目。

 今朝けさ、わたしとお母さまはすっごい豪華ごうかな馬車でのおむかえで、王都にあるヘッセンシャール新公爵のおやしきまねかれました。


 でもそのお邸は公爵家本邸ではなく、王都での住まいということです。

 ちなみに公爵さまからのお招きのご連絡は、5日前には届いていました。なのでここ数日は、準備に忙しかったです。特にお母さまが。


 わたしが暮らす開拓村から王都までは、馬車で2時間ほどでしょうか。

 意外と近いんですけど、開拓村がある王都の東側は山々が連なる未開拓地ばかりで、王都の住民にしてみれば『東壁の外は未開の大地』な状態です。

 なので、馬車での移動とはいえ道が凸凹でこぼこで揺れがきついんですけど、


(おしり、いたくないっ!)


 公爵さまが送ってくれた馬車はクッションが素晴らしく、おしりがいたくならないのです。


(すごいっ! こんなのはじめて)


 快適かいてきな馬車移動をて、大きなおやしきの玄関前で馬車から降ろされたわたしとお母さま。お母さまもおしりが痛まないようで、涼しいお顔でいらっしゃいます。

 いつもは馬車を降りてすぐは、「ぐぬぬっ……」とやせ我慢がまんしているのに。


「でっかい家ですねー、お母さま」


 わたしの感想に、


「たいそうご立派なお邸でございますこと。ですわっ!」


 即座そくざに入る訂正。言い直したほうがいいかを考えていると、


「おまねきにおうじていただき、こうは大変感謝しておられます」


 身なりの良い執事しつじさんが、馬車を降りたわたしとお母さまを出迎えて頭を下げました。


「おまねきありがとうございます。公爵さまにはしつれいのないよう、つとめさせていただきます」


 今日、お邸に招かれたのはわたしで、お母さまはただのつきそいです。執事さんの言葉はわたしに向けられたものだから、返答をするのはわたしの役目です。

 彼に返した言葉は、お母さまの指示通りのものですけれど。


「では、どうぞこちらへ。メックール男爵令嬢、メックール男爵夫人」


 身なりのいい執事さんの後ろには、若い執事さんとふたりのメイドさんがひかえていて、


(この子、なぜこんなににらんでくるんでしょう?)


 若い執事さん。15・6歳くらいでしょうか? 貴族的な雰囲気ですから、貴族のお坊ちゃんではあるんでしょうけど、やけにキツイ目で見られます。

 わたしって見た目は可愛らしい幼女ですので、このような敵意てきいを含んだ目で見られるのは初めてです。


 ですが、まぁ……いろいろあるんでしょうね、公爵家ですもん。

 家の人たちも公爵さまが突然、「この幼女をめとりたいっ!」と言い出したのは理解しているはず。

 それは、わたしをあやしむ人はいるでしょうし、警戒もされると思います。


 だっておかしいですもん。

 なぜ美形の若い新公爵さまが、下っぱ男爵令嬢を妻にしたいとなるですか? それもまだ幼女の。

 なにか「裏があるんじゃないか」とかんぐるのは、自然な流れです。わたしだってそうなりますよ。

 なので、


 にっこり♡


 警戒して怪しんでいる彼に、ハッピー幼女スマイルを投げつけました。

 領民のみなさんをとりこにする笑顔です。とくにお年寄りたちが、「めんこいなー、めんこいなー」と夢中になる笑顔ですよ。

 ですが、


 プイッ


 彼は顔をそらしました。

 あれ? いてない!? 照れてるという感じではありません。あえて無視、といったところでしょうか。


 ちょっとイラっとしました。この子とは仲良くできませんね。

 それ以降、彼がわたしを睨むことはありませんでしたし、わたしも意識して彼を無視しました。


 お邸の中は外観と同じく立派で、お母さまは緊張している様子ですが、わたしは「すっげぇ~高そうな物ばっかりだな。さわらないようにしよう」という感想でした。

 興味のあるものにはつい手を伸ばしてしまう幼児的感性が、まだ残ってますからね。


「こちらでおひかえください」


 執事さんの言葉にどう返事していいのかわかりませんでしたが、確か礼儀作法の本に案内役には、


「ごくろうさまです」


 とつたえるのが適切と書かれていたはずなので、わたしはそのよう返しました。

 なぜかお母さまがギョッとしたお顔をなさいましたが、見なかったことにします。

 執事さんは頭を下げて、


「ありがとうございます」


 と返してくれましたから、間違いではなかったと思います。

 いえ、思うことにしました。精神安定上の配慮はいりょです。


 お控えくださいと言われた部屋には、これでもかっていうほどの、色とりどりのお菓子が用意されていました。

 どうやらということは、理解できているっぽいです。


 執事さんふたりは下がり、部屋にはわたしとお母さま、そしてふたりのメイドさんが残されます。

 わたしはお母さまのお顔とお菓子に、交互に視線を移動させて、


(お菓子、たべたい)


 と、メッセージを送りましたが、その返答は凍えるような視線でした。

 どうやら食べちゃダメっぽいです。


(だったら用意してくれなくていいのに。あるから食べたくなるんでしょ!)


 わたしの公爵さまに対する評価が、3ポイント下がりました。


 しばらくの間、わたしとお母さまはソファーにおしりを埋めて沈黙タイム。メイドさんたちは立ったまま微動びどうだにしません。

 大変なお仕事ですね、楽にしてもらっていいんですけど。


(うぅ~……なんだか緊張してきた)


 わたしはまだ子どもですから、「たいていの無礼ぶれいは許される」とお母さまはおっしゃっていました。なので、「緊張でしゃべれなくなるのが、一番の心配」だと。


 お母さまが出された紅茶に口をつけます。お菓子はダメだけど、お茶はいいらしい。

 わたしも自分のカップに口をつけてみると、なんだか高級な味がしました(美味しいとはいってない)。

 そして、どれくらまったでしょうか。30分は経った頃。


「お待たせいたしました。メックール男爵令嬢ココネ様」


 めちゃくちゃ背が高いオジさん執事が、わたしを呼びにきました。

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