第4話 縁談がきました。(3)

 衝撃しょうげき展開てんかい呆然ぼうぜんとなりつつ自室に戻ったわたしは、とりあえず勉強机について、


「結婚かー」


 ため息をこぼしました。


 わたしだって、いつかは結婚するでしょう。

 男爵家のひとりむすめですし、このまま弟が生まれなければ、お婿むこさんを迎える必要が出てきたはずです。


「でも、まだはやいよー」


 今世のわたしは、まだ生後2500日を迎えたばかりの、正真しょうしん正銘しょうめいの幼女です。身長なんて確実に、120cmはないほどの。

 前世で生きた27歳までの知識があるといっても、こんなちびっ子に人妻がつとまるとは思えません。10年とはいわないですが、結婚なんてまだ8年は早いです。


 だけど、縁談えんだんことわれる立場ではないっぽい。

 お相手は王子のご友人であられる、新公爵さまですもの。男爵令嬢ごときが、をいえるお相手じゃないです。

 それにお母さまだけじゃなく、お父さままで『結婚やむなし』なこの状況じょうきょうは、わたしには絶望的ぜつぼうてきでどうしようもない。


 ヘッセンシャール新公爵。

 公爵位を継いだばかりの、わたしを妻にと望んでいるらしいその人は20歳そこそこの貴公子で、はっきりいってめっちゃ好みのイケメンです。

 遠くからですが、見たことがあるのでしっています。


(だけど、いやだなー……)


 わたしを妻にしたいんでしょ?

 まだ、幼女のわたしを。


(うっわっ、変態ロリ野郎だったらどうしよう!?)


 お母さまから「頭に叩き込んでおきなさい」と渡された、淑女しゅくじょたしなみが書かれた本。広げてはみましたけど、内容がまったく頭に入ってきません。


(こんな本、わたしにはまだ早いよ)


殿方とのがたからのアプローチには、即決そっけつではなく、熟慮じゅくりょする態度をお見せすることが大切です』


 ですって。

 これ、幼女が読む本じゃないよね。お母さまもなんで、わたしがこの本を理解できると思ってるんだろう。

 どうせなら読み聞かせしてよ。むしろその年齢だよ。

 そうしてくれたら、


「なにいってるか、わっかんなーい。あはは」


 っていってやるのに。


 気分がしずんでいく。

 ……結婚なんてわたし、そんな覚悟できてないよ。


 この家から離れたくない。

 お父さまお母さまと、まだまだ一緒にいたい。


 なんだか泣きそうになってきた。

 わたしって心は大人びてるけど身体は子どもだからか、感情に流されやすいんだよね。感情をさぶられると、つい泣いちゃうことがある。

 肉体年齢的には、それでいいんだろうけど。


「ぐす……っ」


 やっぱり、ちょっと涙が出てきた。

 手でれた目元とほほをぬぐい、広げた本に視線を落とす。


(ちゃんとおぼえないと。公爵さまと会わないわけにはいかないよね。だったらメックール男爵家の未来は、わたしにかかってるかもしれないんだから)


 男爵家が公爵さまに逆らえるわけがない。立場が、身分が、権力が違いすぎる。

 それから3日間。お母さまが心配を始めるほど、わたしは淑女の嗜みや礼儀作法の本に集中した。


 本を読み、実践じっせんし、わからないところはお母さまに指導しどうしてもらう。実はお母さま、元は子爵ししゃく令嬢れいじょうなんですよね。『愛人の子』らしいけど。

 だけどちゃんと貴族の子女としての教育は受けているから、礼儀作法はお手の物だ……と思いたい。

 普段の家事や農作業に追われているお母さまからは、子爵令嬢だった過去は感じられないから。


(しなきゃいけないことは、やるしかない!)


 当たり前だけどね。やりたくないってうずくまるのは、わたしの性格に合ってない。

 家を、家族を、領民を守るために。

 わたしは本気を出したんだ。


 これでも前世のわたし、女子大でてるしね!

 卒論だって書いたんぞッ。

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