第3話 縁談がきました。(2)

 ……ん? これ以上の縁談は望めない?

 もしかしてこれって良縁りょうえんなの? 変態へんたいに売られるわけじゃない?


 お母さまに視線を向けると、彼女はそれでわたしの疑問を察したのでしょう。一度うなずいて、


「ほら。あなたこの前、アレク殿下でんか主催しゅさいのパーティーにおよばれしたでしょう?」


 およばれしたのはお父さまですが、お母さまとわたしもご一緒させていただきました。そして、大変美味しいお料理とお菓子をいただきました。

 さすがは王子殿下主催のパーティーです。田舎令嬢には夢見ゆめみ心地ごこちでしたよ、主に食べ物が。

 でも、ここでアレク王子の名前が出てくるということは、


「まさか、アレク王子なのですか!?」


 相手が王子なら正室せいしつ……ではないでしょうし、側室そくしつでもない。

 男爵令嬢という下っぱ貴族のわたしでは、正室でも側室でも王子さまと結婚は考えられません。

 わたしのおどろきに、


「違います」


 お母さまは冷静に答えます。


 ふー、よかった……。

 アレク王子は美形ですが、性格があまりよろしくないという噂です。

 先日のパーティーでおみかけしましたが、確かにちょっとイジワル系王子の雰囲気でした。

 はっきりいって彼は、わたしのこのみではありません。

 わたしは優しい貴公子な雰囲気ふいんきな人が好きで、前世での趣味だった乙女ゲームでは、そういうキャラをさきに攻略していました。


 アレク王子ではない。とりあえず安心したわたしですが、続くお母さまの言葉に、


「アレク殿下のご友人であられる、ヘッセンシャールしん公爵こうしゃくです」


 ふわぁ? と、間抜まぬけ顔をさらしてしまいした。


「すっ、すみせんが……お母さま?」


「あなたの驚きはわかります」


 そうですか。わかっていただけて、ありがとうございます。


「わがは、公爵家から縁談のお話がくるほどのお家柄いえがらなのでしょうか」


 そんな話、聞いたことないんですけど。

 驚きすぎて前世の大人なわたしが出てしまい、ひらがな表記じゃなくて会話文が漢字表記になっています。


「違います、普通の男爵家です。むしろ男爵家の中でもしたのほうです」


 ですよね? お父さまは王都おうとの東側に広がる森林地帯の開拓かいたくまかされた、下級貴族のひとりです。

 だからわたしたち家族が住んでいるのは、王都から馬車で2時間ほどの距離にある、お父さまが管理をまかされた開拓村かいたくむらです。

 一応いちおうこの土地は『わが家の領地』となっていますが、そんなのは名目めいもくだけ。なにかあれば、すぐに取り上げられてしまうでしょう。


 そういえば、この前わたしがお料理を食べにいったアレク王子主催のパーティーも、新しく公爵家を継かれたご友人をいわうものだったはず。

 そう、わたしの旦那さま候補だとつげられたばかりの、ヘッセンシャール新公爵をです。

 だからお母さまは、最初にパーティーの話を出したのでしょう。


(あのパーティーで、わたしを見かけた? それで縁談を? もしかして、幼女趣味なのかしら……)


 確かにわたしはまれにみる美幼女ですど、王子主催のパーティーで見かけたヘッセンシャール新公爵は、に思えませんでした。

 背が高くて色白。金髪碧眼の美形貴公子で、とても優しそうな人に見えました。

 正直にいいましょうか。好みのタイプでした。


 年齢は20歳そこそこでしょう。10代には思えませんが、25歳になっているとも思えません。20歳から22歳の間でしょうか。

 わたしとしては、


(すっごいイケメンがいるなー)


 くらいに思いながら、遠くからながめていましたよ。目の保養ほようです。


 ですが、それだけでした。

 パーティーには彼以上に魅力的なお料理とスイーツがありましたので、わたしとしてはそちらに力をそそぎたかったのです。


 というわけでして、ヘッセンシャール新公爵とはお話しどころか、挨拶あいさつすらしていません

 お父さまの身分的にもですけれど、新公爵がお言葉をかける必要があるほど、わたしは重要人物じゃありません。


「どうして、わたしなのですか……」


 その質問にお母さまは、


「さぁ、どうしてでしょう?」


 本当に不思議そうな顔をする。

 わたしも同じ疑問を感じてるから、それをしりたいんですけど。


「まぁ、あなたはしっかりした子ですから、そこを見初みそめられたのではないですか?」


 そんなわけないでしょ! 話してもないのに、どこをどう見初めたんですかっ。


「それに母親の私がいうのもなんですが、あなたはとてもあいらしい姿をしていますしね。見た目だけなら、10年後には公爵夫人のうつわです」


 見た目だけ良くても、幼女に人妻はつとまらないでしょ。うちと同列の田舎男爵家ならまだしも、公爵家なんですけど?

 それに10年後にはって……だったら、10年後にいってきてよ。


 お母さまはなぜ、開拓地を管理している程度の男爵家のひとり娘が、国政の中心にいる公爵さまの妻がつとまると思うんです。

 確かに10年後ならまだしも、今のわたしはそれほど高度な教育は受けておりません。身長は同年代の平均よりも低いくらいですし、体型だって幼児体型です。

 だって実際、幼女ですからね。


 なのでこのような身なりで、「わたくし、公爵夫人ですのよ?」とはいきません。社交界しゃこうかいデビューもまだですのに、ムリです。


 それに、その……。


 恥ずかしいですけど、旦那さまの夜の要求ようきゅうに応えられる身体じゃ……まだ、ありません……し。

 知識はありますよ? 前世での知識が。ですが経験はありません。今世は当然としても、前世を含めてもです。


 今世のわたしは、美男美女の両親から生まれて容姿ようし端麗たんれい。それに前世の記憶もありますので、ではないでしょう。

 気をつけてはいますが、つい大人びた言動をとってしまうことがあります。


 この村で野菜がよく育つのは、前世のわたしに野菜やさい栽培さいばいの基礎知識があって、それを利用したからです。

 野菜作りには、土、日光、水、風。それらが大切だと知っていたから。それぞれの野菜に向いた肥料がなんなのかを、理解していたからです。


 前世のわたしの職業は、地方公務員。

 もっと詳しくいうなら、町役場の農林課で5年ほど働いていましたので、農家の方々とお話しする機会も多かったですし、多少の農業知識はあるんです。

 いえ、本当に多少ですけど。農業系の学校に通ったわけでもないですから。


 とはいえ、縁談ですか。

 それも王子さまのご友人の、新公爵さまがお相手だと。


 うーん……これ、どうすればいいの?

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